『まんが日本昔ばなし劇場』

お陰様で、全公演終演することができました。応援してくださったみなさま、関わってくださったすべての方々のおかげです。駆け抜けた!という気持ちではありますが、生涯残る思い出になるだろうなとも思うのでした。

 

お話をいただいた時、とにかくなにがなんでもやりたい!とお返事したのがついこの前のように思い出されます。1400本の中から数本を選ぶということになって、それはそれは悩みました。なにせ、そのすべてが日本の各地方で大昔から語り継がれてきたものたち。どれを見ても面白く魅力的で、舞台化したときのことを想像するだけで心が踊ってしまう。悩みすぎた結果、最終的には、「どれを選んでも正解だよね」と腹を決めて、今回は4編を選んだのでした。うまくいけば続編も続けられるだろうから、とりあえず、一旦の4本。残りはまた今度、なんて自分を焚き付けたりしながら。

 

それにしても夢のような公演でした。稽古から打ち合わせから、すべての毎日が本当に幸せで楽しみで仕方がなかったのでした。

 

僕は、「物語」は、物語るほうにも、物語られる方にも大切な日常があって初めて意味のあるものになると考えています。実際、僕らには僕らで、物語を準備するというとても大切な物語があったのでした。そして本番日。あの空間に何百人が集まって共に笑って踊って歌ったというあの時間もまた、僕らにとって大切な物語。さらには、劇場をでた後に、あなたが、ぼくたちがどんな毎日に帰っていくかというのも、大切な物語に違いないのです。

 

僕はかねてから、物語は世界を変えると信じて活動しています。「世界」というものは人間の集合体のことであり、では人間の本質はというと、肉体や経歴なんかではなく、「心」だと思っています。僕らは、心でできている。そしてその心を構成するものは、生きていくうえで触れてきた多くの物語だと思うのです。

 

同じ物語を信じ愛した者同士は憎み合えるわけがない、とも僕は思うのです。おそらく古代日本、いや、日本に限らずですが、僕ら人類は、火を囲んだりしながら物語を共有しあい、村や国を作ってきた。このSNS時代、僕らは改めて「物語り」をする場所を創って、つながっていくべきなんじゃないかと思います。そういう意味で、僕は演劇という媒体に命をかけて生きてきたし、これからもそのつもりです。だって、劇場内に渦巻くあの時間ほどに豊かな時間を、僕は知らないから。

 

どの物語も、作者不明。だけれど、ずっと語られ続けてきた物語。僕はそれぞれの物語が生まれた瞬間のことを想像します。ある日、ある晩にたまたま語られたその話がまた別の場所で、別の人の口から語られる、それを繰り返していくうちに、すこしずつ変化し、そして、今に至る。それを受け取り、また新たに自分たちが語り部として次のひとたちにつなぐ役割をさせていただけたことの光栄さに、大きな感動を抱いています。

 

この世界の殆どのものは、残そうとわざわざ努力しない限り、消えてしまうものばかり。とくに、物語なんて本来はとてつもなく脆弱なものです。だけれど、残り続けてきた。それは、そうであるべきだったからなのでしょう。これからも、残し続けていきたいと思うのです。

 

すべての昔話は、哀しみや苦しみを乗り越えるため、そして、喜びを忘れないために生まれたように思います。この、御守りというか、祈りは、繰り返し語られることでより強い力を持つようになり、世界をすこしずつ美しいものにしていくのだと思っています。

 

ほんとうにたくさんの方々の愛情と熱意で成功した公演でした。製作委員会、主催者の方々、スポンサーのみなさま、クリエイティヴに共に遊び続けてくれた多くのスタッフ。感謝がつきません。

 

そしてキャストたち。村方乃々佳ちゃん、坂本澪香さん、おぼんろのメンバー、オーディションで選ばれた8人の子役たち。全員の信念と感性が奇跡的に絡まりあって作品が完成しました。


(この状態で一緒にすんでたら暖房代やばいよね、とはなしたやつ)


藤原紀香さん、お仕事をするのは初めてでしたが、作品についてたくさん話し合い、この公演の魂を一緒に掘り当てることができたと思っています。現場を愛で包み、光のエネルギーを無尽蔵に注ぎ続けてくださった。太陽みたいな紀香さんに雪女をやっていただくとどうなるのかと思ってワクワクしていましたが、哀しみと、その裏側にある優しい愛の両方を見事に表現してくださり、素晴らしい演目になりました。劇団員たちともう意気投合してくださり、舞台裏で本番中一緒にケラケラ笑えたのは幸せな時間でした。こんなにあったかい雪女は、なかなか出会えない。

 



そして村方乃々佳ちゃん。初対面での会話は「私は、頭を坊主にしなくちゃいけないの?」という不安そうな質問でしたが、あの日はもう懐かしく。いまでは、大切な演劇仲間としてこれからずっと付き合っていきたい思いです。僕らはのんちゃんという奇跡を目撃しながら、いろいろなことに気付いた。千穐楽が終わったあと、抱きついてきたと思ったら「離れない!絶対に離れないんだから!」と言いながら大泣きし始めた、のんちゃん。つられて泣き出す座組一同。のんちゃんもまた、この公演の重大な原動力だったのでした。再会を約束して別れたけれど、ほんとうに、早く再会したい。

 

坂本澪香との出会いもありがたかった。作品のためならなんでもやるという意思をずっと持っていてくれて、最後の方は劇団員と同じ扱いでした。一緒に創作をするうえで重要なパートナーでしたし、素晴らしい才能だと思ったのでした。そして8人の子役オーディションメンバー。井上花恋 金井 晶 小紫すず華 柴田華怜、高橋杏奈、中井理人、深谷柊太、松井茉里亞。さまざまなバランスや役との兼ね合いでの決定でしたが、全員が、「この子がいなかったら、作品がこうはならなかった」と思える重要なひとりでした。ほんとうに、長く友人でい続けたい。

 

そして手前味噌ですが、おぼんろメンバー。もう、ずっと、ずっと一緒にやってきた仲間です。でも案外に、こうやって外部で共に創作をできることは初めてで。僕は、仲間の魅力を世に知ってもらいたいという思いと、そのことへの緊張をどちらも持ちながらの現場入りでしたが、我が仲間たちは瞬く間に現場の方々の心を掴み、そして、十分すぎるほどに作品に貢献してくれたのでした。仲間を誇らしく思えるほど幸せな瞬間というのはありません。舞台袖で仲間たちとアイコンタクトをしながらなぜか涙ぐみ、「ああ、この幸せな時間を自分は走馬灯でみるのだろう」なんて思ったりもしたのでした。どうか、以後お見知りおき痛だたければ幸いです。







そして観客の皆さん。「演劇創りの最後のピースは観客だ」というのは僕らの常套句ではありますが、今回はまさにそれ。笑いや悲鳴、歌声、そして共に踊ったりというあの時間は、何にも代えがたい尊いものでした。

 

僕らは、こういった時間をこれからも続けていきたいなと心から思いますし、どうか、その場にみなさんもどうか参加し続けてくださればこんなにうれしいことはありません。『漫画日本昔ばなし劇場』が、これから、多くの人の集える場所へと育っていきますようにと祈ります。

 

ああ、だめです。。。。「公演ありがとうございました!」とだけ書きたかったつもりが、いくらでもとりとめない言葉が出てきてしまいます。

 

またお会いできますように。

本当に、ありがとうございました!



 

海外3都市ツアーにいってきたわけなのだ。韓国のチュンチョン、モルドバ共和国のキシナウ、そしてフランスのパリ。このことについてはちゃんとちゃんと丁寧に描きたいけど、ちゃんと描こうとしすぎるといつまでも描けずに描かずじまいになるから、いったん、ちょちょちょいと、ひらりと描く。


みんなと海外行けてたのしいいいいぃぃぃぃぃ!と思わぬよう、思わぬよう、努めた日々だった。なんだか、才能はタダじゃないに違いないという妙な宗教観を幼い頃から持っていて、なにかを捧げないとうまくいかない気がして生きてきたのだ。だもんで、「これは仕事なのだ!」とがんばった。

なんだけど、どうしても、たのしい。


仲間といると「じんわり」した気持ちになってくる。はしゃぐというよりは「あぁぁ、これ、走馬灯で見るんだろうなあ」とか「出逢った頃はこんな仲になるなんておもわなかったよなあ」とか、感傷に浸りそうになる。いかんいかん、浸るな!目を覚ませ!と自分の心に往復ビンタ食らわしながら、仲間よりも現地の方々と話す!芝居、芝居!と心に決めて旅をした。幸いにして長年のストイック癖の成果なのか景色や食べ物にへの興味はあまり湧かない。でも、「仲間とどっかにいく」はなんだかんだ大好きなのかも知れないとちょっと思ったりもし、なんだかんだ行動もなるべく共にした。かつて地方公演のとき「独りだけ別の宿にして」などと言っていた自分からしたら大いなる変化だ。よいのかわるいのかはともかくとして。

 

にしても、うちの人たち、猛獣すぎ!統制取れない!動物園かよ!動物園だよ。


なんだか、人間を描きたいとここ数年思い続けている。というか、人生の出来事が作品の種になったりする。まあ、動物とか虫なんですけどね、キャラクターたちは。でも、描きたいのは、人間。日常生活に目を向けないことを貫こうとするのはもしかしてそろそろ自分の悪いところなのか?と思ったりもするようになったのでした。


 

シンプルに、作風が海外に向いているのだなと思った。これは収穫だ。べつに海の向こう側だからすごいというわけでは全然なくて、海外にも凡人はいるし、日本にも天才はいる。「どこの国の人」みたいな縛りはあんまりしたくないけど、ただまあ、求められてるのがエンタメかアートか、て違いはある。これでもロックギタリストの息子なので感性はポップだ。でもこれでもロックギタリストの息子なもんで、ちょっとギザギザはしてる。そのあたりの塩梅が、どうも、外国にはちょうどよさそう。

もちろん、みんなぜんぜん違う。見た目も違うし、まあもちろんノリも違うしなにより言葉が笑っちゃうくらい違う。英語がすこしはわかるから大体はなんとかなるだろうと思いきや、韓国語なんて聴いてももうなにも検討もつかないし、ルーマニア語もフランス語も、耳馴染みがない。それでも、なんかずっと喋っるうちになんとなく、何言ってるのかわかる。ぜんぜんちがうひとたちに会ったことで、「ああ、人間てしょせんはみんなおんなじなんだああ」と気付く。


自分探しの旅、なんて言葉あるけど、僕らは「おぼんろってなんだ?」てのを、本拠地から遠く離れて探し当てたような気もする。もちろん、海外公演中はとっても大変だし、2週間朝から晩まで一緒という毎日は初めてだ。もーーー、猛獣たち!!うすうす気付いていたけど集団行動が一切できない獣たち!そして、どうにかまとめあげねば!!と仕切ろうとするも、俺だって、俺だって、情けない・・・ぜんぜん上手にそんなことできるわけもないポンコツぶりなのでした。ノアよろしく、壊れに壊れた世界で方舟に乗って世界を旅するおぼんろでありたかったけれど、もう、沈没寸前、木の穴だらけなところを枝とかゴミを用いて船の修繕に修繕を繰り返し、どうにか帰国した感じ。で、「なんだったんだこの旅!?」なんて、羽田に戻ってきた時は混乱していたのだけれど、何日かしてみるとものすごく有意義な時間だったことがじわじわわかってくる。

 

自分たちがどうなりたいのか、どうはなりたくないのか、どうなれるのか。そんなことがちょっとずつはっきりくっきり頭の中で整理されていく。


とにかくお金がなかった!ヂャスヴュラで、そもそも「儲けなんていらねえぜ!投げ銭、さいこう!!!宵越の金なんか持ってたら恥だぜ!!!」みたいなことをやったわけだけど、ダメだな、旅立ちの朝を迎えるには、必要だ、宵越しのお金。


実はおぼんろは路上時代からずっと、「なぜかうまくいきつづけてきた」という奇跡の団体なのである。だけれど、今回は団体存続の危機だった。だけど話し合った結果、クラファンもしたくない、と僕らは思ってた。結果、たくさんの参加者から様々な形で助けてもらうことになってしまった。これに関しては、実はちょっとちゃんと悔しい。こっちが救いたいのに、救われるだなんて、嬉しく幸せな気持ちになりつつも、猛烈に、悔しいのだ。もっと強くなってやる、と心に誓う。でもそれはともかく、本当にありがとう。大丈夫。無事です。続けられる。これからも。


なんてったって、予算組みしてていやんなっちゃうけど最近じゃ1万円を超えるチケット代とか取らないと普通に赤字だ。金持ちになりたくなんかないけど赤字じゃ困る。誰が困るかって言うと、スタッフとか演者たちだ。タダ働きってのは、エグい。みんな心持ち的には「タダでもいいよ」と言ってくれるのだけれど、そんなこと長くは続けられない。作品のクオリティも下がる。そうすると、物語で世界を変えられない。

そんなこんなで、がんばってお金を稼ごうと心を入れ替えている末原拓馬なのですぜ。やっぱり、最終的にやりたいのは、弱い人達も救うことのできる場所だ。弱いってなんだ。そんなのいろいろだ。かつての自分が圧倒的にそうだったように、何も持たず、貧しく、心も落ち着かず、居場所もないような人間も、ふらっと等しくやってこれて、仲間になれる、そういう場所。「お金を稼ぐ」は本来であればその人間の数えきれないほどある個性、能力、魅力のうちのひとつの要素でしかない。お金のあるなしなんかがその人の価値を決めるということに対する拭えない違和感の正体はたぶんこれだ。物語に参加する権利をそこでわけるというのはやっぱりどうにも、僕らがやりたいことからするとチグハグな気がほんとうはしている。


だから、ほんとうはほんとうに、ほんとうは、無料で公演を打てるようになりたい。そういう意味で、いまやっぱり猛烈に路上公演こそ我が生きる道なんじゃないか?と思い始めたりしている。

HYのヒデくんのライブに行く。脚本演出した舞台で共演して以来、仲良しなのだ。たまに明け方に沖縄の海の動画がヒデくんの解説付きで送られてくる。嬉しいけれど、どうしたらいいのかわからない。どうしたらいいのかわからないけれど、うれしい。なんか、人と人のコミュニケーションてこういうことでいいんじゃないかと強く思う。オチと意味合いがつかないとだめだ、と思ってしまうクセをなくしたい。


ソロツアーだ。いいなあ、すごいなあ。Jポップなるものからはぜんぜん離れて生きてきた自分だけれど、これが、まあよかったのだ。明るく優しく素朴で、あたたかい。訪れる人達にとって、よろこびの場所になっている感じがとてもよくて、光に満ちていた。ちょっと、海外ツアーのあとで「いろいろなことを真剣に考えないといけないぞ」などと眉間にシワを寄せてやる!!!!という思いだった僕ぁ、なんだか毒気を抜かれて反省し、やっぱり、笑顔こそを武器に生きるべきだな、そう生きてきたじゃないか、などと思ったのでした。

 

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凱旋公演の稽古。うそみたいに幸せで大笑いし続けている。旅から生きて帰った仲間たちとの再会ってこんなに幸せなの?と。芝居に関する共通言語、共通の思い出、それらがあまりに宝物で、おおはしゃぎで稽古をしたのだった。


はしゃいでいたいよね、笑っていたい。人生、いつまで続くのかわからないのだ。いまってのは、未来のための材料じゃない、今のための今でいいのだ。そして、今のための今を笑って過ごすと、それは未来に思い出したときに宝物の記憶になっているのだ。たぶんきっと。

藤原紀香さんの舞台『罠』を見に行く。50年前?隨分と昔に海外で描かれた戯曲なのだけれど、これがまあ、よくできていた。噂には聞いていたし、出演者のみなさんとても誇らしげに話していて、「お手並み拝見」というような気持ちで馳せ参じたのだが、悔しいくらいに面白く。ええい、おれもがんばって執筆するぞという気持ちになった。財木琢磨も出ていた。たくまとたくまだ。「たくま!」と呼んでいるしあっちは「たくまさん!」と呼んでくるが、ちとややこしい。そこまで積極的に名前を呼べない事態が発生している。今後、もっと仲良くなってしまったらどうしたらいいのだろう。ちなみに、ばったり高橋大輔くんと村元哉中ちゃんに遭遇する。会う予定のないひとに図らずも遭遇するというのはなんか得した気分だ。

 



凱旋公演。倉庫を改造した劇場。はっきりいって、ものすごく懐かしい感じもするし、ワクワクとしながら創った。三カ国回って、それぞれまったく劇場のサイズも雰囲気も違って、その都度演出を考え直して創り変えてきた。物語の核の部分を、言葉さえ用いずに伝えるためにはどうするべきかを試行錯誤し続けてきたおかげで、物語の強度が驚くほど高まった。

 

パリの劇場が、とても狭い地下室だったのだ。照明もほとんど吊れないという。で、我々はむしろ、「いや、こういうところが俺等一番得意じゃね?」なんていいながら、かつて路上時代の野生みでもって『ラルスコット・ギグの動物園』を上演したのでした。客生の間を通り、暗がりから現れ暗がりに消える、という。そしてついに思った。

 

「そろそろ東京でも、こっちでやるか」

そんなこんなで、凱旋公演は、素舞台上等!のステゴロ感でお贈りした。とても満足している。旅の果てに、自分たちの昔を見つけるってのは、面白い。


SUGIZOさんのニコ生チャンネルに出演させていただいた。僕はニコ生にはあまり触れて生きてこなかった人間なので、「わあ、ほんとうに文字が流れてる!」と感動したのでした。それにしてもこの日は、ものもらいだった。めばちこ。目が、というか、まぶたが弱い。すぐ、何かしらのトラブルが巻き起こる。くやしい。


この日は衣装家永田光枝さんの命日だったもので、永田さんの服を着て出演した。永田さんデザインのものはたくさんもっているのだけれど、実際に永田さんが来ててお下がりでくれたやつを着ることにした。ちょっと短かったけど、エネルギーもらった感じで、よし。


ちなみにSUGIZOさんとはとても話が合う。世界への考え方、表現によってそこにどうアプローチしたいかの考え方、とてもとても尊敬していて、そして一緒にアルバムをつくれたことはたまらなく嬉しい。そして、我々は誕生日が同じだ。嬉しい。

 

氷艷の現場ってほんとうにあたかかくて、けっこう、他に類を見ないんじゃ?と思うくらいに、優しい。超一流が集まるとこうなるのかという感じだ。誰もに余裕と思いやりがあり、そして、明るい。これは、座長大ちゃんの人間性が原因である可能性も高い。自分に厳しくとも、他人のことに関しては寛容。笑ってる。とにかく、笑ってる。

 

配信が終わってから、堤監督と食事に行ったのだが、渋谷め!渋谷の分際で、22時を過ぎたくらいでほとんどの店が閉店なのである。情けない!!流浪の民となった我らは、なぜか深夜にすしざんまいに入ったのだった。「すしざんまい!」というのは堤さんと集合写真を取るとなぜかみんなあの、すしざんまいさんのポーズをさせられるのだ。手を広げたやつ。みんなで「すしざんまい!」と叫びながら写真を取ったことのなんと多いことか。監督は店内に入ると、貼ってある写真を見ながらひたすらポーズの研究をしていた。


18日
  髪が長すぎる。もう切らなきゃ!と言い始めてから何ヶ月が経っているのだろう。忙しいのと、何かの予約を取るのがものすごく苦手なのと、なんかもうここまで伸びちゃうといつ切っていいのかわかんないのである。ただ伸ばしきってるだけ、というとてつもないこだわりのなさゆえに伸びてるのに、なんだか「髪は僕の命さ」みたいな人間だと誤解されてる気がして、地味に恥ずかしい。


でも今日はママに編み込みにしてもらった。憧れていたのだ、幼い頃、ねねが学校行く前のやってもらってるのをみて。


三つ編みにしてもらって、るんるんと打ち合わせに繰り出す。


昔から意識の何%かは、ママの娘でありねねの妹であるつもりで生きてきた。我が親族ながら、綺麗なひとたちだ。ヒラヒラした服を衣装にしがちなのはそのせいなのかもだ。下にボリュームのある服を着がちなのは、おそらく母のロングスカート姿が好きだったからだ。

 

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締切4本に追われてる。どれも、頭の中に答えはある。書き出すだけだ。なのに書き出せていない。忘れるのが怖い。書き出したい。掻き出したい。気持ち悪い。にゅ。


今月出演するラビトンという朗読劇の稽古にゆく。脚本演出の川本成くんは何を隠そう、父がかつてずーーとバンドをやってた『小堺クンのおすましでSHOW』の出演者で、まだ演劇も始めていない子供の頃に楽屋でぶらぶらしては遊んでもらっていたお兄さんなのだ。初めてお仕事いっしょにできるの、うれしい!!しかも成くんにギターを教えたのはパパということなのである。成くんにギターを教えてることをパパが嬉しそうに語っていた記憶もある。本編中、成くんはたくさんギターを弾く。なんか、じんわりとした幸せに包まれるのだ。とてもとてもあったかくて優しくて楽しい演目。紀伊國屋劇場だ。ぜひ遊びにどうぞ。


実は6月は予定していた演出現場が一件なくなった。なので関係はスケジュール余裕!と思ってたが、ちゃんと忙しい。演出する朗読劇の稽古や準備をしたり、

来月にやるWSプロジェクトの準備、執筆、打ち合わせをしたり、

昔ばなしの準備をしたり。


そしておぼんろの次のスケジュールについての会議も繰り返してる。いろいろ、いろいろだ。なんかそれぞれのプロジェクトに仲間がいて、とても楽しい。

なんか、長々と書いてしまった。


雨ばかりの毎日ですが、どうかお身体に気をつけてくださいね。夏が来ます。夏は暑いです。暑くなったら暑くなったできっと僕らちょっと文句言うのだし、寒くなっても、そう。


今は、雨の素敵さについてたくさんたくさん語りたい気持ちです。


あなたの今日がどうか素敵でありますように。



5月20日

永田さんとのコラボ写真集『粋様〜永田光枝コレクション〜』をステージナタリーとYahooニュースが記事に取り上げてくださった。ステージナタリーさん、過去にどれほどの記事でお世話になったのだろう。自分でも忘れてしまうような記憶が記録として残されていることに感謝を抱く。命の欠片を保存してもらっているような感覚だ。




さっそく永田さんに連絡してみたら大いに喜んでくれた。嬉しい。

 

「パターンナー」という言葉が衣装業界にはあるが、初めてそれを名乗ったのは永田さんなのだそうだ。山本寛斎氏が、永田さんをそう名付けたのだって。

 

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演出で入る『のだめカンタービレ』のストーリーパートのレコーディングに赴く日々。スタッフの方々から「監督」と呼ばれる。業界の違いだ。舞台における「監督」とは舞台監督という人であり、映画やアニメにおける「監督」は舞台業界では「演出」と呼ばれる。面白い。

 

前に何かの事件があったときに「◯◯という舞台の監督がわるいことした」とニュースになっていたけれど、これは本当は悪いことをしたのは演出家だったのだ。舞台監督の方、濡れ衣着せられてみたいになって不憫だな、などと思った。

 

のだめはアニメでもやってらした方々が今回も声を当ててくださるわけだけど、何年経とうともご自身の中にその役がいらっしゃるという感じがとても素敵だと思ったのでした。

 

松風雅也さんは『武士とジェントルマン』という舞台で演出して以来で、あれやこれやと雑談を久しぶりにして楽しかった。のだめカンタービレにまつわる様々な話を聞いて楽しむなどする。


関さんは『瓶詰めの海は寝室でリュズタンの夢をうたった』の朗読劇にでてくださって以来。その時はおじいちゃんと小学生の役だったわけだけど、なるほど、かっこいい役をやると本当にかっこいいんだなと仰天する(今さら)

 

5月22日

朝から有楽町で仕事。この街ではいつもほんとうにうまくやれなくて、絶対に迷う。駅から3分という目的地に20分もかけてたどり着いたという絶望。半泣きになりながら得意じゃない地図アプリなんかを見てみるのだけれど余計に迷う。余計に迷うがしかし、どうしようもない。スタッフと連絡を取り合い目印などを教えてもらいながらようやく辿り着く。半泣きで着いたけれどスタッフ10人ほどに囲まれてわいわいしているうちにとっても楽しい気持ちになる。

 

打ち合わせが終わってカフェを探すのだけれど見つからず1時間も歩き回る。最近気付いたが、カフェ探しが苦手だ。というか、独りで店に入るという習慣がほとんどないので、入ろうと思っても緊張して歩き続けてしまう。ましてや有楽町、やっぱりこの街は難しい。歩いているうちに有楽町と日比谷と銀座がごちゃまぜになっていて混乱する。あーもーやだと思っていたら、湯山玲子さんに会う。街で遭遇するのは2度目だ。なんでだ。不思議だ。まあこのために1時間もカフェが見つからなかったのかと思ってみたりする。

 

玲子さんは一昨年パシフィックフィルハーモニア東京との最高に楽しい仕事を繋いでくださった方である。フルオーケストラと共に様々な県の小中学校を回った。

僕はビョノと言う名前の音楽の妖精として、独り芝居形式で演奏会を進行していくというやつなんだけど、こどもたちと大騒ぎする日々は楽しすぎた。「ロックコンサートのようなクラシックコンサートでした」と標をもらえて嬉しかった。一生あれをやって生きてくでもいいなとちょっと思ったくらいだ。

それにしても、当時は想像だにしていなかったけれど、このオーケストラと過ごした日々が多少なりとも「のだめカンタービレ」に活きてくるのだから、人生わからないもんだ。

 

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 永田さんと電話。ほとんど毎日話している。「げんき?」と訪ねてみるんだが「最悪!!全身痛いし眠れない!!」と元気に返事してくれるから助かる。「あんまり先が長くはないんだけどつまんないからリハビリするわ〜」と言われて笑う。動かないではいられない人間なのに寝たきりで我慢がならないらしい。「運命だから仕方ないんだけどね〜」なんて言いながら笑う声に元気になってしまう。独り芝居の衣装を創ってくれとせがんでいるが鉛筆が持てないらしい。

 


今年はなんだかどの町にいてもドクダミをたくさん目撃する。体に良いからとしきりにドクダミ茶を飲ませてくれたじいちゃんを懐かしんでみたり。ドクダミと言う名前の主人公の物語を描こうと思ったり。


深夜に何かを投稿して翌朝覚えてなくて慌てて消すということよくあって恥ずかしいのだけど、この夜は短歌を詠んでた。消してはみたものの後で見返したら別に消されるほどの罪は犯していない短歌だった。スクショしておいてよかった。


「音として光としては消えたとて生まれたわたしの永久(とわ)の輝き」


自分のものではない猫に見惚れて話しかけてはみるもののどんなに仲よかろうと遠いけど、未来など考えなければ完璧な時間。


おぼんろ次回本公演の打ち合わせ。カメラマンの家でワンを抱く。


。。。。


今日もあなたが幸せでありますように。

なんか、なんとなく

今日こそがついに今日だ!と毎日あなたが思えますように。