あ、この感情忘れたくないな!みたいなことがたまにはあるもので、そんな日々のよしなしごとを備忘録的に綴っておきたいなと思いブログを描こうと思う。
のだけれど、描きかけて更新にまで至ってないブログ下書きがありすぎて躊躇する。
年末に「2024年にやった仕事のまとめ」という壮大なブログを書いていたのだけれど、それも更新まだ辿り着かずそのままだ。そして1月から4月に起きたことを日々綴っていた描きかけもあるんだけど、そのまんまだ。
まあいいや、それはいつか投稿するとして、なんだか今は今起きていることを記す。思い切ったとってもかっこいい決断である。
8月6日
携帯電話の会社から速度制限の連絡がきた!!!
まだ6日なのに!そしてそんなに使ってないのに!
半年くらいずっとこんな塩梅なのだ。明らかに何かしらのトラブルが起きていることは間違いないのに、電話屋さんにいくのがおっくうでずっと放っておいてる。
そもそもいきなり電源が切れて眠ってしまったり、カメラも割れているから、周りのスタッフからも「お願いだから新しいのに買い替えて!」と言われている、これは一年以上言われている気もする。仕事の資料のほとんどがスマホでみれないと困るというのに・・・こんなに、こんなに困っているのに、あぁ、おっくう、てすごい。億劫。億だもんな・・・千や万じゃないんだ仕方ない
8月7日
数日前、たまたまカズー(楽器)の宣伝広告がSNSで現れて、それがあまりに素敵に思えた。
でも簡単には買わない。通販てほとんどしないから怖いってのが実は主な理由でもあるんだけど、僕はとにかく買い物というものに対して臆病だ。
ましてや楽器、一度仲間になったらよほどのことがない限り生涯ずっと一緒にいることになる。カズー自体は決して高いものじゃなくて、数百円で買えちゃったりするのだけど、それでも悩む。このときは、いったん踏みとどまった。
ネット広告、あれって、一度でもクリックするとだめなんですね・・・その日から、パソコンで仕事をしようとするだけでも何度も何度もおすすめしてくる。よし、商売道具なのだし、買うか!とサイトに飛んでみる。外国のサイトらしく、45ドルだったかな、日本円にして7000円くらいだった。7000円のカズー!!???
ただ、わからなくもないのだ。広告動画で演奏されるそのカズーの音色は、これまでに聴いたどれとも違いすぎる音で、もうほとんどサックスだった。これはとっても特別なカズーだから、それくらいの値段がしてもおかしくないのかも知れない。ただ、あまりに音が良すぎるから、ちょっと怖くなってきた。
これ、もしかしてふつうにサックスの音じゃない・・・? 考えてみたら、動画だから編集で音をすり替えることなんてなんとでもなるのである。人を疑うことは嫌いなのだけれど、一応と思い、それで、そのメーカーのカズーの名前で調べたら他の動画出てこないかなとおもって調べてみた。のだけど、どこにも動画がない。えええぇぇぇぇ
それともう一つ気になったことがある。もしかしてカズーそのもののが名器というのではなく、演奏者がとてつもない技巧の持ち主なのかも知れない。
て言うか、悩みすぎて頭痛くなってきた。
吹いてみたい。とりあえず、どんなカズーでもいいから吹いてみたい!
悩み倒して、楽器屋さんにいくことに。
買った!!!!!
木製のをと思ったけれど、アルミのしかなかったのでまずはそれを。
最高!!!!!!
ものすごく気に入って、時間を忘れてずっと吹き続けた。
時間を忘れすぎて打ち合わせに30分遅刻するという失態も犯した。
もちろん、「カズー吹いてて遅れました」とは言えない。甘んじて怒られた。
ああ、この調子だと他の種類のカズーも買ってしまうのだろうな。。。
でもとりあえず、この第一号を親友と任命し、行動をともにしている。
そしていまだに、あのサイトのカズーが気になっている。
※後日談だけれど、そのサイトを知人スタッフに見せたところ「あ、これ詐欺サイトですよ」とあっさり言われた。危なかった!!!
8月12日
劇団員みんなで永田さんに会いに行く。
思えば13年来の仲だ。
癌の闘病中で入院しているってんでちょっくら遊びに行こう!ってんで劇団員みんなで最寄りの駅に集合ってことになったのだけれど、めぐみさんは純粋な5分遅れ。りんちゃんとさひがしさんは、同じ駅名だけど線が違う駅に行ってしまい、遅れ。俺は名前の違う駅にいて遅れ。全員揃ったのは集合時間の40分後という有り様だった。シッカリシロ!
永田さんと、写真家の麻旅子さんと写真集を出すことにしている。
芝居を除く世界の殆どのことをよくわからないで生きているもので、当然病気のこともよくわからない。
こんなときにテンパって毎日を悲しみ色に染めてしまうのはトンマのやる愚の骨頂だと父のときも思ったもので、いまはとりあえず、遊べるだけ遊ぼうってことに徹してる。病気ごときで不幸になってたら人間生まれてくるだけ損ということになる。こう言っちゃなんだが、へっちゃらである。
ゲラゲラと大笑いで喋り続けて解散!
それにしても永田光枝はかっこよくて粋な人間である。
『ビョードロ』という公演で初めて一緒にやったんだけれど、娘さんたちと手作りの本格カレーを創ってきてくれた。みんなが辛い辛い!と大喜びで食べている中、「たくまくんはこっち」とヨーグルト入りの辛くないカレーをくれた。わざわざ用意してくれたのである。依頼、なんか本格っぽいカレーの看板とかを見ると永田さんを思い出す。いや、どうでもいい話すぎるか。
そのあと数時間りんちゃんと散歩した。久しぶりで超楽しかったけどりんちゃん千葉に帰ろうとして寝過ごしてなぜか高尾に行きついてしまい、仕方がないから明け方に高尾山登って帰ってきたって。へんすぎる。
ポケットに何でもかんでも突っ込んでる。
ノート、ペン、鉛筆、お金、石(どうも夜中に気に入った石を拾っているらしい)、楽器、石筆、などなど。日による。カバンもカバンで大きいのだけど、ポッケには、なんだかすぐ取り出せたらいいものというか、相棒と呼べそうなものが入りがちだ。
なんだけど、何が入ってるかをぜんぶ把握しているかというとそうでもない。夜は道端に座っていることが多いのだけど、ドサクサに紛れてけっこういろいろ落としているような気がする。
もしかしたら落としたことにすら気づいていないものもたくさんあると思うのだが、いつ入れたのかも、存在すらも忘れかけてる大切なそのそれが、「大切なものがポッケにはいっているんだ」という安心でもって自分を守ってくれてる気がする。ポッケに夢詰め込んで、なんていうけれど、そのメリットは、無くしても気づかないことなのかもしれない。
ちなみに、この前は買い物でお金を支払おうとしてポッケを探ったら小石と小銭が一緒に手のひらに乗って、「同列なんですね。ちなみに狐か狸じゃありませんよね」なんて小粋なことを言われた。
5月14日
目覚めたら目がひどい腫れ方!
泣き腫らしたせいなのか、お酒にむくんだのか、汚い手でこすったバチがあたってのものもらいなのか。思い当たるフシがありすぎてまぶたに申し訳が立たない。それにしても一年の何割かはまぶたにトラブルが起きてる気がする。俳優のくせに顔に事件が起きがちだなんて、同業者の風上にも置けない!バカ!
そんなことより今日はねねの誕生日。ちいさい頃から何をプレゼントするか毎年とっても悩んできた。アクセサリーとか服、ぬいぐるみ、絵本、小物......様々なものを探し回ってプレゼントしてきたけど、大人になるとなかなか、難しい。おとなになってからのいつだったか、物語をプレゼントしたことがあって、後にも先にも一番喜んでくれたのはそれだった気がする。
おぼんろ第27回本公演の打ち合わせ。本多劇場だ。
「下北沢でだんだん大きな劇場に進出する」という小劇場すごろくという夢からまったく無縁でやってきたおぼんろだが、あるとき急に本多でやろう!と思い立ったのだ。さひがしさんとめぐみさんへのプレゼントという意味合いも実はつよい。
それにしても、第26回本公演の執筆やら何やらが大変だってときに、その次の公演の打ち合わせだなんて・・・そして帰り道には制作とそのまた次の公演の話もした。山積みの宿題に終止符を打たぬまま、次から次に新しい作品の宿題が増える。いいことだ。がんばれ未来の末原くん。
恵比寿でドイツ在住のトルコ人に道を聞かれる。押しも押されぬ方向音痴だからドキドキしながら道案内をする。これだけ迷子になりやすいわけだから口頭での説明は自信がなく、こういうときはたいてい一緒に現地まで行く。ずっと前に新宿で道案内をしたもののたどり着けず、アメリカからきた男性と30分散歩をしただけになってしまったこともあった。昨日はふつうに成功。よかった。
どうやら外国のひとから話しかけやすい雰囲気を放っているらしく、驚くことなかれ、この前の『オリーブのたね』が終わってから今日までの二週間くらいで、街なかで外国の人に話しかけられるのは8人目だ。「おすすめの店ありますか?」「この機械どうやってつかうの?」「日比谷線はどこ?」「ここにいきたいんだけど・・・」「何飲んでるの?」「一緒に写真撮っていい?」この前なんかなぜか下北沢で缶のハイボールを買ってもらってしまった。ひととして、フリーコンテンツな感じがするのかも知れない。
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今読み返して気づいたけど、なんで日付が8月なんだろう。5月である。
記念に、そのままにしておく。
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あなたがしあわせでありますように。
なんだかとてもとてもそんなことをおもいます。
いろんなことがあるし、
あるからこそいいんだし、
あるからこそいやなんだけれど、
そういうのぜんぶまるごと、
いいことだったとあなたがおもえますように。
あなたがこれまでどおりでいられますように。
でも、あなたがあたらしいあなたになることをあなたがこわがらないでもいられますように。
どんなあなたでもいいから、あなたがしあわせでいられますように。
































