10月10日
母が誕生日だったので酒を飲んだ。
近年珍しくスケジュールを調整できてよかった。昔は体育の日だったけど、今はなかなか体育の日にはなれない日だ。
鹿児島出身のせいか、うちは両親ともに大酒飲みで、しっかりとその2人の息子らしくあろうと拓馬も努めてアルカホリックめいた人生をお送りしている。
末原家は家族でわざわざ外食と言う文化は小さい頃からあんまりなかった。外でお酒は?となると、さらにちっともない。
父とは何度か、外で一緒に何かを観たり、ライブなど一緒に仕事した帰りなんかに飲んだことはあるが、数えるほど。「今日、飲み行こうぜ!」なんて誘ってみたらよかったのになあ、と今更ながらに思うけど、そもそもわざわざ居酒屋に行くと言う文化があまりない我が人生だったもので仕方がない。
母とは、となると、更に回数は少ない。そもそも母は生まれてこの方、居酒屋に行ったことがあまりないらしい。常に育てるものがいる人生だったからな気もする。行きたいのに行けない、という以前に、行ったことがなかったのだ。
て、わけで、誕生日を言い訳にというか、居酒屋に誘うことにしてみた。基本、何に誘っても、自分がもてなされたり贈られたりに対してリアクションの悪い母で、喜ばせ方の難しさに家族みんな手を焼いてきたんだが、この日は誘ったら乗り気になってくれた。
で、まあ、飲む、飲む。息子よりも、飲む。
で、この度(たぶん)初めて知った衝撃の事実があって、
母方の家系の苗字、つまり、ひいじいちゃんの苗字、「サコウ」であるのは知っていたんだが、漢字で
酒匂
と書くらしい。なんだそりゃ
調べてみたら、川の名前に由来するらしいんだが、ヤマトタケルがその川に神酒を注いで龍神に祈念したら、その匂いがしばらく止まらなかった、みたいな神話に基づくらしい。
以前に龍呼ばわりされていたことがあったせいか、龍はなんか親近感の湧く存在だから、龍がらみてのも、いい。
母は物欲もない人なのでプレゼントも悩みつつ、今年はミモザの木を贈ってみたんだが、怒られた。何年も前にソメイヨシノを贈って怒られたことがあったんだが、やっぱ、無理か。うち一軒家じゃないからな。
。。。。
寝ても覚めても居ても立っても居られないコンディションで、とにかく夜中に歩き回ることが多い今日この頃。
ハロウィンぽいゴミ箱を目撃。極めてゴースティだ。目は目としてこのままにしといて、缶を飲み込む口は別に作ってあげたい。
深夜にタヌキも見かけた。ニュースによると最近じゃ猿もあちこちの街中に出るらしい。どうせ世界がディストピアみたいになってくなら動物が出まくる感じがいい。将来の展望として、動物に食われるのは悪くない。
。。。
台湾料理!と、どんっと背中に書かれた自動販売機を見つけたので、果たしてどんな物を売ってるんだ?と思って正面に回ったら......
元祖名古屋名物!
名古屋なの?台湾なの?と混乱しかけるが、大らかっていいなあ、と思った。
「失ってから大切さに気づく」
という概念はそこかしこで聞くが、とっても真理だ。
ドラえもんに「ありがたみわかり機」という道具がある。例えば、靴のありがたみを知りたい!と頼むと、靴が身の回りから消えるのだ。そうすることによって、自分が日頃いかに靴から恩恵を授かっていたか、靴を愛していたか、なんてことを実感できるのだ。
これは素晴らしい道具だが、実際には、「これについて、ありがたみわかり機を使おう!」と思えた時点で問題はほとんど片付いていることが多い。そのものを「当たり前に思ってしまっているし、煩わしいと思っているが、もしかして、自分にとって大切なものなんじゃないか?」と薄々気付いているわけだから。
実際は、ありがたさに気づいていないまま大切にし損ねて失うものが人生にはそれなりに多い。
どうも、「まさかなくなるわけはない」という思い込みは全てにおいて持つべきではないようだ。僕らは平家物語を熟読する必要があるわけで、永遠に続くものなど存在しないのだ。
すべてのものが死に絶え、消え去り、変化していくことを心から信じて、僕らは大切なものを大切にしなくてはいけない。だが、この「大切にする」というのは技術が必要で、難しい。
みんながんばろう。みんなに幸あれ、と祈る次第である。
脚本、演出、出演のGRAVITY on STAGEの稽古が挟まる日々。
末原拓馬がまだ何者でもない頃から目を掛けて助けてくれたデザイナーこうづなかば氏の活動40周年を記念して行われるこの公演だって言うものだから、「出世払いね!」と言ってなんでも頼んでいたあの頃の恩返しをようやく、という気持ちで全力を注いでいる。
そもそも、ウクライナのアーティストとコラボと言うコンセプトがあった。ウクライナのバレエダンサーのマトヴィエンコ氏と現代音楽家のヘイナリさんと作品を創ろう、って。
本当は来日していただく予定だったものの諸々の残念な事情でそれは果たせなかったのだが、音と映像で、作品の大切な部分を担ってくださる。この公演はバレエと演劇のミクスチャー。バレエと言えばロシアである。ロシアやらウクライナやら......こちとら日本だし、テーマは宇宙だしだ。
なんと言うか、芸術家同士、文化の繋がりは、国境だの世界情勢だのは洒落臭ぇと蹴飛ばさせていただき勝手にやらせてもらうぜよ、という気持ちの表明が根底にある。
宇宙コロニーに住む、なぜか迫害を受けて育った青年ネイカヴァが、食べ物を盗んで処刑されるところから物語は始まる。死刑に際してのネイカヴァのスタンスは「別にどうでもいい」だ。
そこに、彗星が墜落してきて人形に姿を変え、ネイカヴァを旅へと誘う。2人は「探索者」アツサイと出会い、もはや滅びかけてる全宇宙の生物の悲願である「祈り」を探すことになる。
ていう、SFみたいな童話みたいな物語を描いた。
テーマは、祈り。
ホルストの組曲「惑星」をモチーフにしたスペースオペラ。太陽系を旅する。ホルストは生誕150周年であるが、それにしても楽曲のすごさたるや、である。中学校の時にアルバムを手に入れて爆音で聴き倒したのだけれど、まさか作品を創ることになるとは人生って奇遇なものである。
マトヴィエンコ氏とヘイナリ氏の作品、それから、こうづさんの親友の後藤健二氏からのインスピレーションで物語を描いた。
稽古は今のところ日程が飛び飛びだ。HYヴォーカルのヒデくんが沖縄在住なので、全国ツアーで東の方に来たついでに東京まで足を伸ばしてもらい、稽古、というシステム。演技初挑戦のヒデくんなのだけれど、感受性の鋭さと純粋さたるや目を見張るものがあり、公演そのものに注入してくれるエネルギーがとてつもない。美しい人間だ。良き友人を得たと心から思ってる。
立川ステージガーデン。初めて足を踏み入れたけれど、素敵な場所。場所にはいつも霊的なものを感じるところがあって、インスピレーションをもらう。どんなに新しい建物でも、何か棲んでる。まあ、その場所自体は地球ができた時からあるんだから、当たり前と言えば当たり前。
立川は大切な思い出のある場所。やれることが嬉しい。
オリジナルのバレエを創りたいと2年前に思ったのだけれど、今回ようやく叶った。振り付けは元Kバレエソリストの篠宮佑一氏。
死んじゃった大好きな親戚のしのぶ姉ちゃんというのがバレエの先生で、小さい頃から拓馬が鹿児島に帰るたびに「拓馬バレエやれバレエやれ」とビール飲みながら絡んできてた。変なストレッチもさせられた。ちょっとだけレッスン受けたこともある。生きてたら喜んでくれたろうなあ、とおもう。死んでても喜んでくれてたらいいなあ、とおもう。
客席はもう全席埋まりそうとのことだけれど、まだ間に合うと思うので、よかったら、ぜひ。
これはリュックに入れていたマックの充電器なのだが、いまカフェで充電しようとしたら大切な部分がなくなってる。どこかにあってくれ、とドキドキ願う。
果実に蟻も夢中なのをしばらく見ていて、良い気持ちになった。人間が美味しいと思うものもしょせんは他の動物や昆虫も美味しいと思ってるものだってのが小気味いい。人間がたかだか哺乳類に過ぎないと実感できる瞬間は好きだ。
AIやクローンなんぞは、毛嫌いもしないけど、アナログ人間としてはあんまり興味ないよというスタンスを貫きたい自分だが、自分の複製つくれたら本当はいいのになあ、とほんのり思う。
自分の親友をやってくれる自分がいたらいいのにな、だ。俺も親友のためならがんばれるし、親友も、俺のためなら、口酸っぱくアドバイスや注意をしてくれると思う。やりたいのにやっていない、自分の心が喜ぶようなもろもろも、「一緒にやろうよ!」と誘い出してくれる気がする。
以前、あれはなんの後だったか、目黒の路上で劇団員のさひがしさんに、たくまはもっとモノを創るべきだ、描くべきだ、と諭されたことがあった。孤独で辛くてのぉ、たまには外部出演なんかもしたいのよぉ、と泣き言を言ったら「孤独との向き合い方が人生のコツだ」みたいに言われた。わからなくはない。わからなくはないが、実際、人といる時の方が圧倒的に能力値が上がる自分がいるのも事実だ。自分のために何かをできるほど強くない自分だが、良くない、と言うのはわかっている。周りが案外に迷惑するのだ。変わらねば。
それにしても完膚なきまでにPASMOを落とした。世のほとんどの人が交通系ICを用いるようになっても結構長いあいだ頑なに切符購入を続けたわたしだが、ひとと行動しているといちいち切符購入で待たせるのが忍びない、てわけで、用いるようになった。そっから先はもう、ほとんどの日常をPASMO頼みにしてきた。
だもんで、なくなると、かなりめんどい。そして、切符をいちいち現金で買ってみると、まさか毎日こんなに交通費を使っているとは!!と驚く。
駅の改札も、もはやほとんどICで、切符で通れるところなんて一個とかだ。現金なんか使う奴はもはや迫害されてる状態で、券売機も見当たらない始末だ。
挙げ句、さっきはカフェに入ろうとしたら現金は使えないと言われて、コーヒーを注文した後なのに慌てて謝って店を出た。ちなみにクレジットカードは持ち歩かない、落とすと怖いから。
駅で聞いても交番で聞いても見つからない。かと言って、新たに作るのも面倒だしシャクだ。なんなら本当はうちにもう何枚かある気もするが、探す気力もない。こんなところに駄文を書き込む暇があれば探せよと思うのだが。
(スマホのカメラがずっとひび割れている)
実は今いちばん必死でやってて特筆すべきは、独り芝居の『カスタネット』だ。なんだけど、どうでもいい文章描き続けているうちに長くなっちゃったから、一旦ここでおしまい。長くて疲れたでしょ。ごめんごめん。
おやすみなさい。
あなたがどうかしあわせであれと、しょうこりもなくいっぽうてきにねがいつづけています。
かなしいこともたくさんあるけれど
どうにもならないこともたくそんあるけれど
しあわせになろうとおもうことこそが、
むずかしいのだろうけれど
すくなくともこちら、
ねがっています
あなたがしあわせでありますように
おやすみなさい















































