自転車のカゴの網目にカゲロウがひっかかって出てこれなくなってて僕はどう助けようかと迷った。カゴに乗せてそのままどこかに連れて行くのも申し訳なくて、試しにふうっと息を吹いて飛ばそうとしてみたけどカゲロウびっくりするくらいにその風くらって下手したら足くらいもげちまいそうだ。とは言え、指で翅か足(とても長く細い)を掴んでみても、これまたもげちまいそうだ。成虫になってからの命が嘘みたいに短いと言うのは知ってるよ。どうしたい。どうなりたい。どこに行きたい。こいつなど何も考えていないんだと想像した方が気持ちが楽だけど、そんなわけもないと思う。自転車を真っ逆さまにひっくり返してカゲロウを手のひらの上に落とし、近くの木や草の生えてるところまで連れて行った。
そのあと自転車に乗りながら、もしかしてあいつは遠くに行きたくてカゴに忍び込んだのではと考え始めて、猛烈な後悔に襲われた。
金木犀は雨に濡れたときの方が匂いが強い気がする。それがなんだか、妙に残酷なことのような気がしてる。
いよいよもって『カスタネット』の本番間近だってんで、準備にいそしむ日々。同じ芸術祭に参加する他のカンパニーが賑やかに稽古場での集合写真をアップする中、こちとら独りぼっちだ。
なんて思っていたら、俳優仲間やスタッフの屈強な男たちから連絡が来て、アトリエに押し掛けて手伝いをしてくれたりする。ありがたい。芸術家たるもの孤高でありたいところだが寂しいのはちゃんと苦手だ。
写真家の三浦麻旅子さんも来てくれた。俳優を始めて最初に写真を撮ってくれたひと。父の知り合いづての紹介で出会ったが、かれこれ随分な月日だ。何せ芝居を始めた頃からの付き合いなので、外部の仕事はともかくとして我がクリエイティブキャリアのほぼすべてを目撃してくれてそしてフィルムに焼き付けてくれてる。自分でさえ忘れ続ける時間を、遺してくれる人がいるのは嬉しい。フィルムじゃないか、今は。
独り芝居をやるほどに、独りじゃないと実感する。ひとに守られ助けられてばかり。よいことだと思う。情けないなとも思う。
僕らの世界は、野生動物に餌やりをしてはいけないことになっている。
それは結局、動物たちにとって不幸なことになるんだ!と。
心がぐにゃぐにゃする世界だ。お腹が減っている生物を見たら何かを食べさせてあげたいと言う超本能的な心の動きを封鎖しなくてはいけないとは。これは、合ってるんか。
アジア諸国を歩くときは子供に付いてこられたら逃げた方がいいと言う、彼らは物乞いで、物や金をあげ始めたらキリがないからと言う。理解はできる、でも、合ってるんか。
いろいろなことは、わかっちゃわないこともなくて、簡単な支援が相手の自立心を奪うだとか、病気の蔓延がどうだとか、糞害だとか、こちらの身を守るためだとか、わかるのだけど、めちゃくちゃシンプルに、困ってる人がいることがまあまあ我慢ならないのもホントのことで、見て見ぬふりの心的ストレスたるや食品添加物くらいには体にも悪そうだ。
世界を丸ごと変えていかないとこのモヤモヤから逃れられないのだと思うと頭を抱えてしまう。世界と向き合う時、ほとんどの行動は焼け石に水だ。でも、水がかかった瞬間は焼け石も一瞬ヒヤッとできるよね、と思うし、海ほどの圧倒的水量の中にぶち込めば焼け石もさすがに冷えるよな、という希望もある。
。。。
お酒をやめて毎日走り倒して独り稽古をしまくりながら思いつくがままに脚本を描いておる、みたいな毎日。本来の自分が戻ってきたなと言う感じがする。まあ、人間、何を持って「本来」なのかはよう知らんし、本来に戻りすぎたら赤ん坊だぞもっと言うと無だぞとも思うのだけど、とにかく最近なんだか自らの野生感にしっくりきてる。そもそも、デスクワーク業になるとは微塵も思ってなかった人生で執筆と打ち合わせばかりと言う昨今が不思議なのだもの。打ち合わせを散歩形式にしたり、公園や駐車場で話させてもらったり工夫をしてるけど、走り回って泣いたり笑ったり大声張り上げてるのが性に合うし、そうしないと生きていけないからそれらをやってたんだなと顧みる。
モテようとして喋りかけてくる人の言葉というのは基本的に信じがたい。選挙の話だ。相手に好かれたい一心で、口説き落としたい一心で喋るとなると、当然、相手が欲しい言葉を吐こうと努力してしまうわけなのだけど、話された側としては、果たして、どこまで本当の言葉なのか?というジャッジがすごく難しい。
選挙期間のエンタメ演説よりも、なんか、日常の中でみんなに問題とほんのちょっとの資金を渡して、「次の選挙までに具体的にこの問題をどんな風にいい感じにできるか」みたいなテストをしたらいいのに。付き合う相手は言葉より行動をみて判断せよ、というのは恋愛の基礎らしいよ。
カスタネット本番直前。来る人来る人に順番に物語をみせていたらなんだかんだ稽古はできてしまったのだけど、ステージ上に乗るものに絵を描こうとここらに決めてみた。決めるのが直前だったもので、あー、寝不足。アトリエは退館時間ないもんで危ない。
ちなみにこのテーブルは、俳優仲間のゆうじさんが作ってくれた。話し相手になろうか?と連絡くれたから遊びに来てもらったら、話の中でテーブル作ってくれることになった。元は宮大工だったという経歴を持つ男。か、かっけぇ。感謝。
段ボールとガムテープで創り上げた花のオブジェ。「末原さんの呪物」と呼ばれてる。絵といい、創るものといい、入り組めば入り組むほど念が強くなる気は確かにしてる。
衣装は前日の夜から描き始め、大変だった。
日が変わってから帰宅するも、そこから、本編で使う音楽の録音。毎晩楽しくなって弾き続けていたのに、録るのを先延ばしにしていたのだ。
。。。
本番当日、朝。
いつになったら余裕を持って行動できる人間になるんだろう。事前に送るはずだった稽古映像も音源も送ってない。朝9時から超特急で打ち合わせて場当たりして13時開演だ。大変だ。大変だ、と思いながら、出発はギリギリだわ、なんとまさかの電車を2回も間違え、さらに、赤坂で変な出口からでてしまい迷子。大遅刻をした。
やっぱり、みんなで想像力巡らせて物語を進んでいくのがとっても神聖で、泥臭くて、好き。
地方公演や海外公演の準備を始めています。この物語がもっともっと広まっていき、たくさんのひとの集合場所になったらと思います。
翌朝からグラヴィティ稽古。「千秋楽翌朝10時から稽古」というパターンがここ三公演続いているんだが、なんて健康的なんだ。
千秋楽翌朝に「そうか......今日は劇場にも稽古にもいかなくていいんだ。終わった...んだな......」と寝転がりながら天井を見つめる時間というのはなかなかにエモーショナルなんだが、そんな余韻一才なしで数珠繋ぎに物語が繋がっていく。息なんかついてる場合じゃない。それで良い。
なんだけど、ちゃんと、ものもらいができた。免疫がさがってるよー!!と身体が全力でお知らせしてくる。
さて、本番までいっしゅうかんというスリル爆発な状況でいきなりクライマックス。HYヒデくんも沖縄から離れて1週間東京人。純真無垢さたるや天使すぎて相当大好きだ。短期決戦ながら、映像あるしバレエあるし、てんやわんやではある。座組のみんながとてもいい。東山義久さんとというひとがいるんだが、兄貴ぽさたるや半端じゃなく、イタズラな悪大将でとてもいい。かつて対談したハニーエルデイズのみっちゃんの実の兄ときき驚いた。宝塚のレジェンド姿月あさとさんもこれまたずっと面白い。義久さんとあさとさん、どちらも関西で、仲良しとのことでずっと漫才みたいなことやってる。小南光司はいつも柔らかい笑顔を振り撒きながら、ちゃんとめちゃくちゃ変なやつでおもしろかった。
さあ、本番だ。がんばります。
きょうもあなたがあなたらしくいられますように。あなたのたいせつなものが、いつまでもたいせつなものであれますように。


























































