震えながら演出家をやってる。


恐怖のせいではない

稽古場が、寒いのだ


俳優は動き回るから暑いもんで、稽古場では彼らに合わせてクーラーをガンガンにする。しかし、こちとらは座りっぱなしだ。凍える。ほんとに凍える。


そうでなくても1年中長袖でいる寒がりの自分だ。長袖の上に長袖を重ねてる。


7月19日

じゅーくりーむの日。

シュークリームをたべる。

しょーこりーもなく、たべる。


7月20日

髪を切る。

けっこう切った。


いつもお願いしているひとがどうしても都合つかなく、それはそれは適当に決めたお店の初めましての方に切ってもらったのだが、「どうしますか?」と聞かれて、やっぱり答えられず、任せてしまった。


「自分で自分のことを決めるのが大人なんだ」と叱られたことがある。


そうありたいと思ったのに、自分の髪の毛のことさえ、どうでもいいなんて。食べ物にこだわりもないし、滅多なことでは「いやだ!」という気持ちにならない。なれない。


さすがに大人に見られないとかっこ悪いフェイズに突入しているもので、がんばって、何事も自分で決めたいフリをしてみたこともあるけれど、大人ごっこをしてるみたいで逆に幼い奴な気分になる。自分のことは自分で決めるべき、なんてことを他人に決められているようじゃまだまだである。


こだわらないことには胸を張って、こだわらない勇ましさを手に入れたい。


7月21日

また脚本を描いて提出してしまった。このひと月で3本目だ。どうしたんだ、こんなに締切を守れるだなんて。


基本的に、提出しました!みたいなことは公に言うこともない。脚本の進行てのはどうにもはやくて、まだ制作発表もされてないことが多いのだ。秘密裏に進めている。人知れず、独り、部屋にこもって。


7月23日

稽古前に、9月に出演する『パニックピッカー』のヴィジュアル撮影に行く。Clubドーシャとは打って変わって、この座組では下っ端でとても心地よい。いわゆるバイプレーヤーのお兄さんたちが手を組んでつくりだした劇団。


艶漢という何年もやっていたシリーズでの戦友、三上俊ちゃんとも久しぶりの共演。たまたま撮影の時間が被ったおかげでの再会できてうれしかった。

こういう誰かとの再会のときに、相手より喜びすぎてしまう癖が自分にはあることを最近では自覚していて、気を付けてる。


撮影のヘアメイクさんが「覚えていないと思いますけど、私、実は前にご一緒したんですよ」と話してくれた。マスクで最初は気付かなかったけど、言われて、あー!と思い出したので「あ、覚えてる!」と言ったのに、「いえいえ、そんなわけありません」となぜかそのまま押し切られ、その日に初めて会ったという設定になってしまった。本当に覚えてるのに!


なんなら、終演後にウィッグを外すのが遅くて怒られたことさえ思い出した。


あっちは、「袖水にリンゴジュースとカルピス置いてましたよね!?」と言っていた。人それぞれ、記憶している部分が違うっておもしろい。


7月25日

毎日、脚本演出をしているClubドーシャの稽古だ。昨年と同じメンバー。昨年は、初めましてから互いを知り、知ってもらい、好きになり信頼していくという「付き合いたて」のような心拍数でもって挑んでいたけれど、一年経ってみると、熟年夫婦みたいな関係になってておもしろい。遠距離恋愛に倦怠期はないと聞いたことがあると言うけどそんな感じで、1年たったら幼馴染劇団みたいな感じになってた。1年に1ヶ月だけ共同生活するみたいなこの感じ、今後も続いたらたのしいのにな、と思ったりする。



昨日の稽古後になぜかやたらと調子がでて、悩み続けていた脚本が一気に進んだ。締切の4日前に提出できてしまった。


難しいお題に思えて、解決案がないのではと頭を抱え悶え苦しんでいたのだが、突破口を見つけるや、筆が泳ぐように進んだ。依頼してくれた相手への贈り物、一生宝物にできる一本になりますようにと願うと自然、力が湧いてくる。だからこそ緊張すると言うのもあるけれど。


しっかし、脚本と言うのはふつうのひとには読むのが難しい。自分だってビルの設計図わコンピュータのプログラミングの数式を見せられたってちんぷんかんぷんなので何も言えないが、脚本を描いたところでにわかに内容を分かち合える人がまわりにもっといたらいいのになと思う。つくづく孤独な仕事だ。


。。。。


大事な時に連絡くれたのに、大事なときだったから返事できなかった人、というのがたくさんいる。


後悔に塗れて生きるのは苦しいので、いつか、きっと、いつか、と思い続ける。

。。。。


演出助手が3人もいて楽しい。まさき、あきひろ、みゆきという3人が華麗なトリオ体制で現場を回してくれている。贅沢だ。たのしい。

猫をみつけると嬉しいのはなんでだろう。

もっともっと、野良の動物が練り歩きまくっている世界ならいいのにな。もちろん、都市衛生と安全には感謝しているけれど。


今日もあなたがしあわせでありますように。

暑かったり雨が降ったり雷が鳴ったらするのだから、僕らも笑ったり泣いたり飛んだら跳ねたり寝転んだらして良いと言うことです。


えいえいおう







おしもおされぬ、パパの命日。決してアニバーサリーだイェーイて感じの日ではもちろんなくて、なんなら忘れたい日だよなと言う気持ちもありつつ、でも、誕生日と命日、年に2回パパ祭がある方が豊かな気がして、いちいち、大事にしてみる。なんなら父の日もこっそり父を讃えているので、パパは年に3日も記念日があって羨ましい。


3年目である。もう?て気持ちと、まだ?て気持ちが入り混じる。父の不在に慣れたわけではないのだけれど、喪失感とはほどよい関係を築けてきた気はする。フと夢で当たり前に会話してたりもするのはおもしろい。「パパ!?パパなんだね!会いたかったよ!」みたいなドラマチックな感じは特になく、なんならほのかに叱られてムッとする夢をみたりもする。ちなみに母は、父を夢に呼び出すために寝る直前に線香あげるという技を編み出したらしい。無理矢理に魔法のアイテムに仕立て上げられて線香も迷惑してると思う。


それにしても、亡くなって2年目が3回忌という抜群の紛らわしさをどうにかして欲しい。そして3年目の今日は特にスルーと言うのも不思議だ。いいんだけどね。


母と何か特別なことをしようかとも考えたけど、別にわざわざどこかに行ったり誰かに何かを頼んでお祈りするのも妙だよな、と言う結論。毎日父のために祈ってるし、やはりあまりに親しいのだ。オフィシャル感を出してしまうとちょっと他人行儀で不自然な気がする。

 

命日。命の日。死ぬのと生まれるのは似たようなものだよなと最近は思えるようになった。どうも僕ら、命にあんまり緊張するのは良くない。死ぬのに緊張するよりは生きるのに緊張して毎日過ごした方がよっぽど費用対効果がいいよと思うのだ。


おぼんろ最新作公演の聖ダジュメリ曲芸団と言う作品ではテーマの一つとして命のことがあった。圧倒的なる命の軽さ。みんな、最後の最後でものすごく何かを成し遂げられたりしないし、夢半ばで、あまりにあっけなく命は終わるし、周りの人も、一番伝えたかったことを最後に伝えられたりもしない。でも、いいのである。どうやら、いいのだと思ったのである。命なんてあまりにあっけなく消える、そこに問題なんてあるか?ないと思う。さらに、その死というものがドラマチックでロマンティックでないといけないわけでもない。


「あの頃はよかったよなあ、良かったよなあ。あの頃で良かったんだよなあ」


あの頃があったいいのよ、それでもう、全部いいの


物語の中で人間と猫が交わす会話だ。


父の息子として、最高だった「あの頃」がありすぎる自分は、いくら父の死で泣いたにせよ、あまりに儲けもんな人生を送っている。


そう、ようやく音楽を聴けるようになった。父がいなくなって以来、音楽というものが自分にとって恐ろしいものに変わってしまった。音楽を聞くたびに


音楽をきく→テンションあがる→よし、次のサントラはこんな感じにしようとパパと話そう!


ということが成し遂げられないことを思い出してしまうのであった。もちろん、この3年の間にもライブをやったりだとか公演をやったりだとかはしたのだが、父がいないのに父とやっていたことをやる自分、という、なんならレクイエム方面の色に染まった時間だったりしたのだ。


だけれど、ようやくだ、ようやく、ダジュメリで父の仲間と共に自分主導の音楽を創ったことにより、なんか、パパとは融合したからもう寂しくないもんねー、ていう気持ちだ。本当に、文字通り生まれた時から音楽に囲まれていた自分にとって、人生に音楽が舞い戻ってきてくれたことは大きい。


3年前のこの時期のブログなんかを読み返すと、思えば元気になったのだなと思う。同時に、もう昔の自分には戻らないんだな、と思う。


まあ、良いのだ。私は生きるのだ。


ロックギターリストのパパの息子であることをこれからもことあるごとに自慢し続け、いつまでも超えられない父という壁に挑み続けながら、生きてやる。そう言えば「こんな大人になれ」みたいなことは明確に言われたことがないように思うので、しっかり者のようでめちゃくちゃだったパパのようにがんばります。


父の音楽がいまでもあちこちで愛され続けていることを誇りに思います。サブスクなんかでも聴けるようになってるので、yasushi sueharaなり末原康志なりで探してみてくださいな。


これからも末原康志とその音楽をよろしくです。



6月20日

毎月19日はシュークリームの日らしいのだ。じゅーくりーむだ。バレンタインチョコや恵方巻きよろしく、企業に仕掛けられた巨大な陰謀であることなど百も千も承知だけれど、受けて立とうじゃないか。シュークリームはハッキリ言って大好きだ。



公演期間中に食べ物の差し入れが許されていた頃が懐かしい。シュークリームが大量に来てしまって、みんなで食べなくちゃ!となっていたあのころ。


そう言えば昔、父が19という2人組の仕事をしていた。彼らは19歳だったから19だったのだろうか。いまはいくつなのだろう。年齢に合わせて名前を変えていても素敵だし、変えていなくても素敵だ。


6月27日

今朝、多分だけど寒いせいで悪夢を見た。寒がりなもので半袖で寝るのが苦手だし一年のなるべく長い期間を長袖を着て分厚い冬布団の中で眠っていたい。そう言うあれこれをついうっかり無視して眠ったところ、まんまと悪魔を見たのだ。


ふと思う。夢では体験したことないことを目撃する。飛行機が墜落するとか、動物が喋るとか、血だらけの人とか、信じられない光景。


これら、実体験でないものを夢の中で映像として目撃できているのは不思議で、おそらく映画やテレビ、アニメ、漫画で観たことあるから夢で見れるんだろう。


そう言ったものを一切観たことが無かったら、僕らはどんな夢を見るんだ?


僕らの想像力はどこまで自由なんだろう。


見たことないものを思いつくこと、僕らはどれくらいできるんだろう。


なんつって遠い目をしている場合じゃなく、あー......悪魔こわかった。


。。。。。


コロナから数年、ようやく、リモート会議は集合時間の5分前に入ってカメラとマイクをミュートして待ってれば良いんだということ知った。


おびただしい数の遅刻を供物として、ようやく辿り着いた。


オンタイムで入ろうとして、だけど通信トラブルなどで遅刻することがこれまで本当に多かったのだ。


生まれてこの方、遅刻常習犯として生きてきたけれど、したくてするんじゃない。本当に、遅れてる時ほど心が壊れそうになることはないのである。


。。。。

ペン先が潰れて作業ができぬ。締切直前。徹夜も厭わぬつもりの深夜一時半、ペン先が潰れた。一本200円の高級さにビビり、買い溜めする勇気がなかったのだ。仕事道具に関してだけは金に糸目はつけないと決めているのに、フと貧乏癖が頭をもたげることが多い。10万円のものなら「買っちまえ!」となるのに、数百円のものだと尻込みするから不思議だ。


朝起きてから、仕方ないのでいそいそと買いに行く。少しだけ特殊なお絵描き用のものなのでコンビニなんかには置いていないもので、地元だと駅前の老舗文房具屋にだけある。創業何十年で、ちかくに大きな店も多いので潰れていないのが不思議なのだけど、この店が好き。


。。。。。


小学生の頃に、コバが「アイスクリームの天ぷらをたべた」と話した。そしたらクラスの何人かは、私も俺も、と食べたことがあると言った。


ははぁ、これは嘘だな。と思った。しかし、一向に「うっそぴょーん」と種明かしをしないコバたち。あれ...これは?そこから私は信頼おける大人に会うたびに「アイスクリームの天ぷらは存在するか?」と、まるで哲学者への質問というかオクスフォードの受験論文のようなことを尋ねる日々を送った。


ものすごく食べてみたかったのである。


どうも、アイスクリームの天ぷらは存在するらしかった。いまだに、それがどんなものなのかあんまり想像はつかないのだが。


あんなに憧れていたのにいまだに出会っていないもの、というのが人生にはいくつもある。こうなってくると、もはや出会うのが怖い。「出会っていない憧れのもの」としての付き合いが長くなってしまったのだ。出会ってからも同じ関係でいられるわけはないし、さすがに、憧れ想像したよりも素敵な存在である可能性が低いことはなんとなくわかってる。


ちなみに同じ頃、「豆腐の味噌漬け」というものの噂も聞いた。胸が踊った。


。。。

さあ、とにかく脚本執筆だ。いくつかの締め切りを潜り抜けたものの、わんこ蕎麦じゃないんだから...という塩梅で次から次に別の締切だ。会いたい人に会いに行けないのはちとつらい。まあでも、充実はしている。

さあ、ここのところだ。高橋監督と共にダジュメリの映像編集を行ったり、


同じくダジュメリの、作詞作曲した音楽のレコーディングをしたりした。自分の音楽を録音するためにスタジオ入りと言うのはなんだか特別な意味合いもあった。

七夕が過ぎ、

当たり前だけど、誕生日がきた。

偶然なんだけど、稽古でもないのに打ち合わせがどうしてもこの日で、誕生日を劇団員と過ごした。2日後に誕生日のりんちゃんのこともお祝いできた。

脚本と演出をつとめるClubドーシャの稽古も始まった。稽古場でもお祝いしてもらった。ゆうたというヒッピーみたいな俳優がいるのだけど、ゆうたと一緒に祝ってもらった。

ちなみになんだが、稽古のスタジオで偶然別のカンパニーに参加してるしんのすけに会った。去年ヘンリー四世で共演したのだ。


あれ、この海賊みたいな風貌の男は誰だっけ?と思ったらしんのすけだったんだが、聞いたらまさしく海賊役の真っ最中だった。ネバーランド、いいなあ。


。。。。。

さあ、わざと写真をたくさん載せてみたのだけれど、お気づきだろうか。


髪が、長い。


いつから切ってないのかも覚えていない。伸びていた自覚もあまりなく、最近、撮られた写真を見て驚いた。


......こんなに長いのか。


こだわって伸ばしているのではなく、こだわっていないから切っていないのだ。こだわっていないことに、絶妙なこだわりがあったりはする。


父はロックミューシャンだったので、自分が知る限り生涯長髪だった。パーマもかけていたし、なんなら染めていた。今でこそそんな大人もあちこちにいるけれど、わたくしの小学生の時分、運動会でビデオを回す金髪のパパは目立っていた。


Mr.Bigと言うバンドがあり、エリックマーティンというヴォーカルが長髪だったのだが、ある時、短髪にした。エクストリームのゲイリーシェローンが短髪にしたときのことも鮮明に覚えてる。パパのリアクションが、とてもとても批判的だったのだ。あーあ、あいつも終わったな、みたいな残念そうな感じ。


せっかく伸びてるし、切らなくてもいいか?とわたくしが考えがちになる癖はこう言うところに起因してるかも知れない。


が、さすがに夏だし、いつかは髪を切りたい。もはや、毎日ヘアゴムで縛りちょんまげだ。


だがしかし、長らくそばにいたものを捨てられなくなると言う癖があるのだ。


「なんかこれ、ずった部屋にあるし」と言う理由で、昔のメモ書きを捨てられなくなってたりする。付喪神的にと言うか、なんか、ヴィンテージになったらもはや貴重な尊きものでない?みたいな。断捨離的な思考の真逆に位置しているのが自分だと思う。


なので、あまりに切らなさすぎて、いまさら切りがたい髪だ。いや、切れよな。


最後に切ったのはいつか。前回美容院に行った時も「もう○月ぶりですよ」みたいに言われ、「これからは頻繁にくる。」と宣言した。


いくいくさぎだ。


。。。。

7月13日

高校の時の仲の良かった友人の定期券が7月13日までだった。「ナイサの日までさ!」とそいつが言ってた。


だから、7月13日なんて別になんでもないんだけど、毎年、「あ、ないさのひだ」と思う。


なにが、ないのさ。

なんでもないのさ?


。。。。


気付けば、暦的には堂々たる夏ですね。


暑さにも気をつけてほしいし、クーラーの寒さにもどうか気をつけて欲しい。


良いことも悪いこともあるかと思うけれど、どうかあなたが幸せでありますように。