日曜日のキジバト -31ページ目

日曜日のキジバト

生成AI/創発/しごでき(にあこがれる)/うまくいく単純なアルゴリズム/読書/職場のストレス

昨年ですが、昔住んでいた街を35年ぶりに訪れてみました。
いろいろ変化がありました。

パン屋は有名になりどこかに移転したようでした。

通っていた幼稚園も移転したようでした。
中華料理屋は蕎麦屋に業態転換していました。
当時市内で勢力を誇っていたスーパーは1店舗を残して別の企業グループに売却されることが分かりました。

一方変化が少なかったのは医療機関で、35年前と同じ病院が同じ場所に存在していました。

上記の話から、ビジネス的な意味で35年後も生き残るにはどうすればいいのかいろいろ考えました。

すでに世の中で答えが出ているような話かと思いますが、一応書いてみたいと思います。

 

以下のうちどれかをやるのがいいのではないかと思いました。

 

(1)需要が安定していることをやる

医療機関がこれに該当するかと思います。人口減などを除き、人間の体はそう短期間で変化するものではないので、需要は安定しているのではないかと思います。

 

(2)圧倒的に質を高める

その町には新幹線が通っているのですが、他の町への到達時分の面でオンリーワンの存在といえると思います(その町に空港がない限りは)。また、パン屋はパンの缶詰を作る技術を開発し、NASAに納品するまでになりました。一方で店舗は以前の場所には無くなりました。

 

(3)質はそれほど高くないが、需要の変化に俊敏に追従する

スーパーなどの小売業がそれに該当するのではないかと思います。ただ俊敏に追従した結果、見た目上消えてしまったように見えることはあると思います。ちなみに生まれて初めて行ったコンビニは35年前と同じ場所で営業していました。ただ当時はシェーキやカセットテープを売っていましたが、今は売っていないなど、商品は需要の変化に俊敏に追従していると思います。

 

 

いろいろ書きましたが、そもそも「生き残る」というのがどういうことなのかについても考えさせられますね
 

社会人になってからずっと、条件が整えば品質の高い成果物が作れるのではないかと

思っていました。しかし最近になってやっと、

それは実はできないのではないかということに気づきました。

 

今の日本は資本主義で、自由競争の社会だと思います。

そのためみんなギリギリまで力を出しあうので、ある意味最後はやっつけ仕事のような感じになっていくと思います。

それが普通だし合理的なことなのではないかと気づきました。

 

なので、自分の仕事の仕上がりを卑下することについて慎重になる必要があるなと気づきました。

 

アイゼンハワーマトリクス」というのを時々本やネット記事で見かけます。

「緊急で重要なこと」や「緊急で重要でないこと」が優先されてしまいがちであるが、「緊急でないが重要なことを」を優先すべきだという話です。

私も20年以上前に「7つの習慣」で知りました。なるほどと思いつつもあまり実践できているとは言いにくい状況です。

 

いろいろ理由はあると思いますが、「緊急で重要なこと」には、生活の基盤となるようなことが結構含まれているからなのではないかと思います。たとえばスマホが壊れて緊急で機種変更する必要があったり、電気温水器が壊れたので修理する必要がある等です。スマホで自動改札が通れなかったり、入浴できない状況下で、「緊急でないが重要なことを」を優先するのはなかなか難しいと思います。

 

また、「重要でないが緊急なこと」としては、音楽ライブの配信を視聴したり等があると思います(だいたい配信ライブは公演後一週間程度で視聴できなくなる)。ライブを見ないという選択肢もあるかと思いますが、そうすると特に社会人は週末に娯楽が無くなってしまい、メンタルが回復できなくなるかもしれません。メンタルを正常に保つのも、日々の生活の基盤の一つといえると思われます。

 

そういう意味で、自然と日々の生活で「基盤」となることの維持が自然と優先されるようになるのではないかと思います。

もちろんいいこととは思っていませんが、今のやり方に至っているのにはそれなりに理由があるのかなと思います。