弟君の影を取られた日常 ノンフィクション
自分は、日常を失ってから、もう十数年、私は、当時、学生時代に、気功や様々なスポーツだけでなく、宗教の本やヨガの本以外にも、あらゆる本を突き詰めてから、自分はおかしくなりました。修行や稽古や訓練や技法や操法や能力や意識や仕事が出来てから、いつも通りの日常を失ってしまいました。日常生活を失う代償は、大きいです。家事や仕事や町内が出来ていますが、良い意でも悪い意味でも、重度の精神障害で苦しんでいるからです。日常生活は失ってしまいましたが、いくつか良い意味でも悪い意味でも大きな人生が変化しました。それは、信じ合える家族や親族や町内の住人が損得や善悪にせず暖かく大切に接してくれます。友達と知り合いと再会してから、もう一つは、過去の傷が治ってきています。ただ治ってから、痛覚や疲労を感じるのはあと数十年かかるかもしれません。この内容を読んでいる人へ私のようなマネはしないように独学が良い意味でも悪い意味でも自分も他人も狂わしてしまう。それにいつか近い将来、国内も国外も、変革するほどの自分の厳しい宿命とお役目も背負い、大きな試練が現れる時がくるかもしれません。忘れていました。大事な事は・学校は楽しく学び合い。・社会にでたら厳しいけど 心優しく助けったり。・家族が出来たらゆっくり育てたり独身な人生で生きたらそのまま前に仕事はボチボチ出来る事をして働いてりこれは、私からのメッセージです。答えは日常あふれている。気づくか気づかないは己次第です。