『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー⑩ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー⑩ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 部屋の中は掃除が行き届いていて、すべてがあるべき処に収まっていて、しかも清潔でした。塵ひとつ落ちていませんでした。腕白な昔のミーシャのイメージから考えると、それは意外な感じがしました。恋人のエミリさんがいつもこの家に入り浸っていて、何から何まできれいに片付けているのだろうか。
 ミーシャは「元気にやっているのかい?」とか「今は何の仕事をしているの?」などと、しきりと話しかけてきてくれましたけれど、リーベリはただ頷いてばかりで、終いには、ミーシャも無口なリーベリの前に沈黙してしまいました。
 リーベリは自分が何しに此処まで苦労して飛んで来たのか分からなくなってしまいました。
 ミーシャにはミーシャの生活があるのだ。あたしはただのお邪魔虫だわ。あたしはミーシャにずっと会いたいと思い続けて来たのに、ミーシャはあたしが来るのを待っていてくれたわけじゃないんだわ。
 リーベリはパンに齧り付きました。
「泊まっていきなよ」とミーシャが云ってくれました。「ねえ、いいだろう? エミリ。友達がはるばる遠いところからぼくに会いに来てくれたんだ。今日はもう遅いし、これから帰ることも出来ないよ。泊まって行ってもらってもいいだろう?」
 エミリは戸惑っているふうでしたけれど、しばらくすると、「いいわよ」という短い答えが聞こえて来ました。でもそれはミーシャが強く提案したために仕方なくそう答えただけのようにも聞こえました。
 リーベリは涙がこぼれ落ちそうになりましたので、口の中のものをいそいで飲み下すと、出し抜けに立ち上がりました。「ありがとう。顔を見られて良かったわ。近くまで来たついでに寄ってみただけなの。また来るわ」なるべく冷静な口調でそう云うと、あっけに取られているふたりを残して戸口の方に向かい、立てかけてあった箒を手にしました。
 リーベリは後も見ずに家を出るとずんずん歩いて行きました。後ろでミーシャが呼んでいる声が聞こえて来ました。
 リーベリ! リーベリ!
「さよなら」とリーベリは云ったつもりでしたが、声が掠れて、うまく発音することが出来ませんでした。
 リーベリ! リーベリ!
 次第に小さくなるミーシャの声がリーベリを追いかけて来ましたが、リーベリは振り返らずに、一心に歩いて行きました。振り返ってはいけないと思いました。忘れよう。自分はミーシャのことは忘れなきゃならないわ。あそこにあたしなんて、はじめからいるべきじゃなかったんだわ。さよなら。愛しいミーシャ。
 でもリーベリは最後に一度だけ振り返りました。小さくなったミーシャとエミリの姿がぼんやり見えました。もうほんとうに会うこともないかもしれないと思うと、リーベリの目から涙が出て来ました。リーベリは、泣きながら、空に舞い上がりました。

 

 夜は底なしに暗さを増していました。
 リーベリ! リーベリ!
 ミーシャの姿はとうに見えなくなっている筈なのに、リーベリを呼ぶミーシャの声だけがいつまでも聞こえているのでした。
 月の光に照らされて、涙がきらきらと流れ星のように落ちました。
 空は見たこともないほどたくさんの星々の輝きで満ちていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー⑪ーにつづく

 

 

 

 

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