果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語
ー⑨ー
にゃんく
リーベリは深呼吸をして、戸口を叩きました。しばらくすると、中から女の人が出て来ました。
その女性は不審そうにリーベリを見ていました。ミーシャの家は此処じゃなかったんだわ。リーベリはがっかりしました。けれどもこの女性が、ミーシャの家について何か手掛かりを教えてくれるかもしれないと思い、「この近くにミーシャという男の子の家はありませんか?」とリーベリは訊いてみました。すると、女性はするりと家の中へ這入って行って、代わりに戸口にもうひとりの靴音が近付いて来ました。やがて姿を現したのは、男の子でした。目を凝らして見ると、それは紛れもないミーシャでした。リーベリは嬉しくて、声を出すことも出来ないほどでした。けれども、ミーシャの方は、いったい誰がやって来たのか、すぐには飲み込めないみたいです。仕方もありません。それほどの時間がふたりの間には流れていたのです。
「リーベリかい?」やがて雷にでも打たれたみたいにミーシャは云いました。「リーベリじゃないか? いったいどうしたんだい?」
リーベリは何も云えずに黙って立っていました。
ミーシャは、「とにかく中に入りな」と云って、リーベリの肩を抱いて家の中に優しく導き入れてくれました。
リーベリは手に持っていた箒を戸口に立てかけて、家の中へ這入りました。ミーシャの腕のぬくもりに接していると、何もかもが昔のままのように思えました。ミーシャと過ごした日々のことが思い出されました。
卓子に腰掛けると、さっきの女の子がキッチンに立って紅茶を淹れてくれました。ちっちゃくて、かわいらしい目をくりくりさせている、金色の髪を持ったきれいな女の子でした。歳はリーベリと同じくらいに見えました。
卓子の上には、パンやシチューの入った皿が並んでいました。どうやらミーシャはリーベリの突然の訪問のために食事を中断されてしまった様子でした。
リーベリは紅茶の入ったカップを口へ持っていきました。疲労した身体の内側から癒しのあたたかさが広がっていくようでした。リーベリの向かい側にミーシャが腰掛け、その隣の椅子に金髪の女の子が坐りました。
「この子は、昔、ぼくの家にお手伝いさんとして来てくれていたリーベリっていう子だよ。とてもかわいそうな子なんだ。この子の母親がまだ若いのに亡くなって、かわりに意地悪な継母が来てしまったんだ」
「ふうん」とその女の子は云いました。
「こっちはぼくの恋人のエミリだよ」とミーシャはその女の子をリーベリに紹介しました。
エミリは「よろしくね」とリーベリに云いました。リーベリも挨拶しました。
リーベリはすぐに紅茶を飲み干してしまいました。テーブルの上の食事が目の中に飛び込んで来るようでした。お腹がぐうっと大きな音を立てて鳴りました。
ミーシャと女の子が顔を見合わせました。「そうだ、お腹すいているだろう? これ、僕の分だけど、食べていいよ。来るなら来るって前もって云っておいてくれれば、夕食だって用意しておいたんだけどね」
そう云ってミーシャはお皿を移動させてリーベリの前に置きました。リーベリは昼食も食べていませんでした。お腹の虫がぐうぐう立て続けに鳴りました。エミリというミーシャの恋人がこの夕食を準備したのだと思いました。
「どうしたんだい? リーベリ、ひどく顔色が悪いんじゃないかい?」
リーベリは気持ちの中では笑顔でいたいと思っているのに、顔は引き攣って、額からはねっとりとした汗が溢れ出してくるのでした。
ー⑨ーにつづく