『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー⑥ー』にゃんく~構想と執筆に一年以上かけた渾身作 | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー⑥ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 

Ⅲ 再会

 

 

 いちにち一日を懸命に乗り切っていくうちに、いつしか季節は移り変わっていました。
 夏は夏で村の年老いた驢馬が目を回して倒れ込み、二度と起き上がって来られないくらいの暑さでした。リーベリは隣町で水浴びをして遊んでいる子供たちを見かけるたび、ミーシャとふたりできれいな小川で遊んだことを思い出しました。
 冬は冬で井戸の水まですべて凍り付いてしまうほどの厳しい寒さです。吹雪が容赦なく吹き付ける寒い夜には、暖炉のある部屋でミーシャと一緒に卓子を囲んだ記憶が脳裏に呼び覚まされるのでした。
 リーベリは隙間風が這入って来る部屋の中で、薄い布切れ一枚に包まりながら、自力で魔法を使って灯した蝋燭の炎を見つめていました。もしも自分に魔法が使えなかったら、多分生きる気力すら失って死のうと思っていたかもしれない。橙色の蝋燭の炎は、亡くなったママのようにリーベリの冷えきった心も身体も優しく温めてくれるような気がしました。
 居間からミミとケイの笑い声が聞こえて来ました。
 日々の食事ですら、ケイはリーベリの食べる物とミミの食べる物を区別していました。
 ケイは、リーベリには粗末な食事しか与えなかったのに、新鮮な魚や肉があればいつでもミミの前に差し出していたのです。
 いつか妙な臭いのする食事の前で、リーベリがナイフとフォークも持たずに卓子の前に坐って自分の前にある皿の上の粗末な食事を見つめていると、
「食べないの?」
 とミミがリーベリに訊ねました。
 リーベリは自分の笑顔が歪むのを感じながらも、「ちょっと食欲がないのだけれど」と答えました。
 それでもリーベリが我慢をしながら、フォークを手に取り、萎びた野菜の端っこを時間をかけて咀嚼していると、それを見ていたケイが、
「リーベリさん。そんなに不味そうに食べるんだったら、無理して食べなくてもいいのよ」と云いました。
 リーベリは愕いて、「ごめんなさい」と急いで謝りましたけれど、謝ったことが余計いけなかったらしく、ケイは意地の悪い微笑を口の端に浮かべてこう云うのでした。
「あなたの顔には、私の料理が不味いって書いてあるわよ」

 

 たった今も、リーベリは自分の部屋に逃げ込むようにして這入ると、後ろ手で戸を閉め、溜息をついたばかりでした。
 居間でリーベリは魔法の教科書の勉強をしていたのです。
 魔法の教科書の中で一箇所読み方の分からない単語があり、リーベリは長い時間ひとりで首をひねって悩んでいました。
 その様子を見ていたミミがつかつかとリーベリの元にやって来て、「どうかした?」と声をかけて来ました。
 リーベリが魔法の教科書の一文を手で示しながら、「この単語の読み方が分からなくて」と話してみると、しばらくその文章に目を落としていたミミがごくあっさりと、「ああ、これはね、花崗岩って読むのよ。岩の名前よ」とすぐに教えてくれたのでした。
 そこへケイがやって来て(そもそもケイは、リーベリとミミがふたりで話をするのをあまり好まないらしく、ふたりが会話をしているとすぐにやって来て間に割って入って来る傾向があるのでした)、「何してるの? ミミちゃん」
 優しそうな声をかけるのでした。
 ミミが無邪気な笑顔を浮かべて、
「この言葉の読み方を教えてあげていたの」と答えると、
「偉いわねえ、ミミちゃん」とケイがまた大袈裟に褒めました。「学習所のおじいちゃん先生も、ミミちゃんの成績がいちばんだって、感心していたわ」
 ケイはミミに笑顔をふりまきながら、横目で一度リーベリの様子をちらっと窺うと、
「それに比べてリーベリさんは……ミミちゃんよりも年上なのにねえ……」
 こころから軽蔑したように云うのでした。
 リーベリは居たたまれない気持ちになりました。これからは居間で魔法の勉強をするのは止めようと思いました。
 すべてがその調子でした。
 何かと云うと、ケイはリーベリとミミを比較したがりました。ケイはミミのことを褒めないことはありませんでしたし、その埋め合わせに必ずリーベリのことを貶しました。
 ケイは口癖のように、「家族なんだから、仲良くしないとね」とか、「お姉ちゃんなんだから、妹を可愛がってあげてね」などとリーベリに云いました。その癖リーベリがケイに何か話し掛けても、ケイはリーベリの言葉を最後まで聴いてなどいませんでしたし、ろくに目を見て話をしようともしてくれませんでした。
 子供の頃のリーベリは、ケイの言葉を真に受けて、「あたしにも妹が出来たのだから、しっかりしないといけないわ」と自分に云い聞かせて仕事や家事に精を出していましたが、時間が経つにつれてだんだんとケイの腹の内というものが分かって来るようになりました。つまり、ケイは実の娘であるミミには無条件で両手を広げて抱きしめるような態度を示すのに、血の繋がっていないリーベリが如何に献身的に行動したとしても、ケイは自分のことを愛してくれることはないということでした。
 その結論に至ると、リーベリは自分の置かれた境遇を詛わずにはいられませんでした。
 けれども、いくら詛ってもケイと自分の関係が改善することはなさそうでしたし、その詛われたような関係が、今の自分の生活の大部分を規定するすべてなのでした。
 そこから逃れるためには、大人になるしかありませんでした。大人になりさえすれば、理不尽な扱いを受けることから自由になることが出来るのです。

 

 

 

 

 

ー⑦ーにつづく

 


 

 

 

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