果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語
ー②ー
にゃんく
同居して十ヵ月ほどが経つと、リーベリは様々な家事をケイに云い付けられるようになりました。まずは毎日の食器洗いでした。
冬の凍てつくような寒さの中、凍るような水で食器を洗っていると、手が罅割れてあかぎれが出来ました。余りの冷たさに立ち竦んでいると、「何もたもたしているの?」と罵声が飛んで来ましたし、貴重な水をすこしでも無駄に使うと叱責を受けました。慣れない作業に、うっかり食器を取り落として割ってしまう事もありました。そんな時ケイは、「ほんとにこの子は何をやらせても役に立たないねえ」と心の底から呆れたように云うのでした。
それでもリーベリはケイから愛されたいがために、一生懸命家事をこなしました。井戸の水汲み、洗濯、料理の手伝い、家のお掃除など、同じ年代の子供が外で遊んでいるのを見ながら、リーベリはあらゆる仕事をこなしました。けれどもケイに褒められたことはただの一度もありませんでした。
「うちは家計が苦しいんだから」がケイの口癖でした。その癖、ケイは隣町まで足を伸ばして、アイドリにおねだりして新しい服を買って来るのでした。
ケイは初めて家にやって来た頃とは別人のようになっていきました。
同じ母親と云っても、ケイとジュリアとでは随分様子が違っているとリーベリは思いました。何だか、自分とミミに対する扱いに差があるように思えたのです。
リーベリはケイに冷たくされるたびに、優しかったママ、ジュリアのことを思い出しました。
ジュリアは村はじまって以来の偉大な魔女で、使えない魔法はないほどの実力の持ち主でした。
けれども、ジュリアは全然尊大なところはなく、村人思いで優しく、例えば不治の病が進行した老人たちの家を訪れては彼らに魔法をかけ、その痛みを和らげてあげていましたし、風邪を引いた病人ならその場で額に手をかざすだけで治すことが出来ました。また、飛んでいる鳥の羽に金縛りをかけたりして、村人たちがひもじい思いをしないように常に心を砕いていました。
そのため、ジュリアは村人達からの信望も篤く、皆から慕われていました。
はじめてリーベリがジュリアから魔法の手ほどきを受けたのは、まだ五歳の頃でしたけれど、
「修行に励めば、あなたは私より立派な魔女になれるわ」とリーベリはジュリアからその素質を褒められました。
リーベリとしてはただ、忠実にママの云うとおりにやっただけでしたが、この時褒められたことが嬉しくて、リーベリは将来ジュリアのような魔女になることを心に誓いました。
ママから魔法を教わった期間はそれほど長くはありませんでしたけれど、リーベリはママから魔法を教わるのを楽しみにしていました。時には魔法をひとつ覚えるにしても血の滲むような苦しい我慢が必要でした。それでもリーベリは途中で投げ出したりしませんでした。
まだ若いジュリアが亡くなると、村の広場でジュリアの死因について井戸端会議を開催している村人たちの噂話がリーベリの耳にも入りました。何でも魔法の世界には禁止されている呪文があって、その魔法を使うと一日より長くは生きられないという話でした。そして、ジュリアはその禁止されている魔法を使ってしまったのではないか、ということでした。リーベリの姿を見ると村人たちはその話題について口を噤んでしまったので詳しいことはそれ以上は分かりませんでした。
その噂話については真偽のほどはよく分かりませんでしたけれど、たしかに村人たちの病の治療をした後は、普段は快活なジュリアも家に帰って死んだネズミのように布団の中で眠りこけていることがありました。後になってリーベリが思ったのは、やはりそのような病気を治す魔法を多く使うことにより、ジュリアの寿命の方が縮んでしまったのではないかということでした。後々リーベリの頭の中に、人の治療に関する魔法についてはより慎重であるべきだという考えが生まれたのは、自らの母親を亡くした経験があったからかもしれませんでした。