果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語
ー①ー
にゃんく
第Ⅰ章 新しいママと新しい妹
Ⅰ ミミとメメ
新しいママとなるケイがやって来た日は気持ちのよい春の風が吹いていました。
「今日から、よろしくね」とケイはリーベリに云いました。それから、かたえの幼い女の子の頭に手を添えてお辞儀をさせました。「ミミちゃん。仲良くして下さいね、ってご挨拶するのよ。この子があなたのお姉ちゃんになる人なんだからね」
ミミは、ちっちゃくて、金色に光るきれいな髪をした、大きな瞳をくりくりさせている可愛らしい女の子でした。
「仲良くして下さい!」とミミは子供らしい元気な声で云いました。
「よく云えたねえ」ケイがすこし大袈裟に褒めました。
ミミは、女の子の人形を胸の前に抱えていました。
「この子、メメって云うのよ」とミミは薄い金色の髪を持った人形をリーベリに紹介しました。「ミミのお誕生日にね、お婆ちゃんがね、プレゼントしてくれたの」
リーベリは鼻先を人形に近付けて、しばらく見つめていました。
「かわいらしいお人形ね」
リーベリにそのように褒められて、ミミは幸せこの上ないような笑顔をこぼしました。
ケイが笑って、「このあいだのミミの五歳の誕生日に、お婆ちゃんがプレゼントでくれたんだけど、それからすぐお婆ちゃん、亡くなっちゃったのよね」とミミの話を補足しました。
ミミはこのお人形をとても大事にしていて、何時どんな時でも、メメと行動を共にしているのでした。
夕食には父のアイドリが隣町で手に入れて来たガチョウを焼いて食べました。父の隣には新しい妻であるケイが座り、卓子(テーブル)を挟んで向かい側にリーベリとミミが座りました。アイドリとケイは、顔をつき合わせて長い時間話し込んでいました。大人にしか分かってはいけない話みたいにふたりは低い声で囁き合っていました。
アイドリもケイもミミと同じく金髪の髪を持っていました。ひとりだけ違っているのはリーベリでした。リーベリの髪は亡くなった母親の髪の色を受け継いで黒色なのでした。
それから一ヶ月もしない頃、リーベリはミミに魔法のかけ方を教えてあげました。ミミは新しくできたお姉ちゃんにはじめて魔法を教わったこの日のことを一生忘れませんでした。
或る日のこと、母親のケイがキッチンに立っていて、誤って包丁で指の先をほんのすこし切ってしまいました。ケイがあっと声を出して指を押さえていると、ミミがやって来てケイの負傷した指を自分の小さな掌で包みました。ミミの掌からは、金色の優しい光が漏れ出ているように見えます。ケイはこの子はいったい何をしているのだろうと訝しみましたが、やがてミミが手品でも披露するように掌をパッと離しました。すると不思議なことに切れていた筈のケイの指先が元通りに治っているのです。
ケイが驚いて、
「ミミちゃん、いったいどうしたの?」と訳を訊ねると、
「お姉ちゃんに魔法のかけ方を教わったの」とミミが答えました。
それを聞くとケイは目の色を変えて、「あんまり変なこと、教わらないほうがいいわよ」と刺のある言い方をしました。
実際ミミは一生懸命、その魔法をかけたのでした。それはほんのかすり傷でしたが、それ以上の怪我なら、当時のミミには手に負えなかったに違いありませんでした。もっと喜んでくれてもいいのに、どうして母親が突然不機嫌になったのか、ミミは子供心に理解できず、ずっと後々までこの出来事を覚えていました。
それから二ヶ月もしない頃でしょうか、居間の暖炉の前で、リーベリとミミが遊んでいました。はじめは仲良くしていたふたりですが、ひょんなことからブロンド髪の人形をお姉ちゃんが盗ったと云ってミミが泣き出してしまいました。リーベリも七歳になる今までひとりっ子だったのに突然妹ができて、妹の扱い方にいまいち慣れていませんでした。
「返して」「ちょっと待って」「返してよ。それ、わたしのだよ」「今返すから」
しばらくふたりは人形の奪い合いをしていましたが、そのうちミミが泣き出してしまいました。ケイが吃驚してやって来ますと、ミミは、「お姉ちゃんがわたしの人形を盗った」と云って泣きじゃくっています。
「リーベリさん。どうして妹をかわいがってあげないの? あなたお姉さんじゃないの?」
とケイは云いました。
リーベリは、「あたし、盗ったりなんかしていないわ」と弁解しましたけれど、ケイはほとんどリーベリの話を聞いていませんでした。その間にもミミは泣き続けています。ケイは眉間に皺を寄せて、
「リーベリさん、ちょっとお外に行っててもらえるかしら? リーベリさんがいると、ミミちゃんがいつまでも泣き止まないで困るわ」
と云いました。
リーベリはそれ以上家にいることも出来ずに、半ば追い出されるように戸口に向かいました。
「もう泣かないでいいわよ、わたしのかわいいミミちゃん。これからは、リーベリさんに大事なものを渡してはいけませんよ」
家を出る時に、居間の方でケイがそう云っている声が聞こえて来たような気がしました。リーベリは聞き間違いだと思って深く考えないようにしました。
何となく家に帰ることも出来ずに、リーベリは外の小道を何度も行ったり来たりしていました。あたしは盗ったりなんかしていないのに、とリーベリは思いました。ただ、ミミがいつも大事そうに抱えているから、すこし触ってみたかっただけなの。だけど、新しいママはあたしの話を最後まで聴いてくれなかったわ……。
村の通りがかりのおじさんから、「どうしたい? お嬢ちゃん、困ったことでもあったのかい?」と声をかけられましたが、リーベリは、「何でもないの」と答えると、おじさんに泣いていることを悟らせないように脇目もふらず家から五十メートルほど離れたところにある、今は涸れてしまった川の跡に沿ってただ真っ直ぐに歩いて行きました。何故泣いているのを隠したかというと、おじさんに知れたら、おじさんが心配してケイに、「お宅のリーベリちゃんが泣きながら何処かに歩いて行ったよ」と相談に行ってしまうかもしれないと思ったからでした。四十軒ほどの農家が点在するこの村では、お互いが顔見知りでした。
その日、リーベリが家に帰り着いたのは陽が暮れてからでした。リーベリの頬に涙の跡が残っていても、ケイはそんなことには気が付きませんでした。リーベリが「ただいま」と云っても、返事をしてくれる人すら、そこには誰もいませんでした。
ー②ーにつづく