今の心境
「人生ってね、公園を散歩しているようなもんなの。
ああ、きれいな花があるなぁ。ああ、こっちにもきれいな花が咲いてるなぁ・・・
あ、犬のクソがあった。」
「この10年間の間には、あなたに親切にしてくれた人がいたはずだよね
あなたに優しくしてくれた人もいたはずだよね。
それなのに、そういうことはいっさい忘れちゃって、この犬のクソのことだけをずっと考えて・・・。」
「あのうんこ、こういう色してたのよ・・・
こう言う形だったのよ・・・。 色・ツヤ・形・・・
詳しく説明されても、聞いてる人もつらいんです。
だから、やめよう。
大切な時間を、嫌いな人間に捧げるのはよそう。
自分のことを優しくしてくれた人に捧げよう。」
WADA CAFE
最近Macを手に入れた関係で、同僚から無理矢理iPodを譲ってもらった私。
Windows版もありますが、やっぱりMac版のiTune+iPodの相性は抜群です。
iPodが欲しかった一番の理由。それはPodcastを聞くことです。
Podcastとは、iTune上でダウンロードして聞くことが出来るラジオ番組のようなもの。
音楽系からお笑い・ビジネス・英会話など幅広く番組を聞くことができます。しかもそのほとんどが「無料」なのだからタマりません!
以前から存在は知っていたのですが、iPodを持っていないとなかなか不便なので利用していませんでした(iPodがなくても聞くことはできますよ)。
iPodを手に入れた今、水を得た魚のように夜な夜なiTuneStoreを漁っている私なのです。
ちなみに普段持ち歩いているのは・・・。
・英会話勉強用のpodcast「エイゴの時間」
・昔からひそかに好きだった落語。それが毎週タダで聞けちゃうんです! 「フジポッド お台場寄席」
http://fujitv.cocolog-nifty.com/yose/・マーケティングと英語のお勉強、両方を兼ねて 「ゲリラ・マーケティング」
http://www.gmarketing.com/落語とかちょっと渋いでしょ?タダなんだからとりあえず入れておけばいいんです!
そんな中、つい最近出会ったのが、あの有名な世界No2セールスウーマン・和田裕美さんのPodcast「WADA CAFE」です。
WADA CAFE
http://www.interfm.co.jp/n03_pro/wcafe.cgi
http://perievoice.cocolog-nifty.com/blog/
和田裕美さんに関しては、本が沢山出版されているので今さら説明するまでもないでしょう。
外資系教育会社のセールスウーマン時代、驚異的なセールスパワーを発揮され、世界No2の座を勝ち取ったスーパーレディです。
といいつつも、私自身は立ち読みでしか出会ったことはなく・・・。申し訳ありませんm( _ _ )m
まあともかく、この和田裕美さんのPodcastに出会ったわけです。
「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」の著者、山田真哉さんとの対談ということで、大変興味を惹かれました。
いつも通り、通勤時間にiPodに耳を傾けていると・・・。おぉ、なかなかいいじゃないですか!
耳障りの良い癒し系のボイスと、柔らかで繊細なトーク。
そんな心地よいサウンドの中から、キラリと光るフレーズが次々に飛び出してくる!
まるで和田裕美さんのセールストークを想像させるようです。
あぁ、この人だったら買ってもいいかな・・・おぉっと!もはや術中にハマってますか?!!
正直、このPodcastでお声を聞くまでは、チョーできる系のスーパーウーマンを想像してました。
少し片意地はったような感じの人?とか、勝手に想像してしまい、本を手に取るのを遠慮していたかも知れません。
でも声を聞いて、トークの柔らかさに耳を傾けていたら、それは全然間違いだったことに気がつきました。
実はすごく普通の人。そして、さわやかで喜びに満ちた人。
当たり前のことを当たり前にやって、それをトコトン楽しめる人。
こんな社会であっても、結局はそういう人がトップの道を上っているんだな。
そう思うと、とてもうれしい気持ちになりました!
自然体で、日々感謝の気持ちを持って、さわやかに目標を一歩ずつ達成していく。
そんなスタイルもあるのだなぁと思いました。
しかーし!
ようやく出会えたのもつかの間、この番組はまもなく最終回を迎えてしまうのです!!!
ショーック!!
でも2年間も続けられたのですね!忙しい合間を縫っての収録は大変だったでしょう。お疲れさまでした。
またぜひ機会がありましたら、素敵なトークをPodcastでまた聞かせてください!
勇気と蛮勇は違うのだよ
起業に向けてのアクションですが、ここ数ヶ月で大きな変化があり非常に楽しい状況にあります。
自分の思いと周囲の期待感が一致するような事業プランが、今まさに「タマゴ」となってインキュベーターに入っている状態です。
この事業がカタチになれば、間違いなく自分の持てる100%の力を注ぎ込める自信があります。
もちろん自分の力なんてちっぽけなものですが、100%のモチベーションで周囲を巻き込んで「台風の目」として活動する自信があります。
でも、このビジネスは本当に「タマゴ」な状態。
事業内容はお客様からは熱狂的に支持されるメドは立っているし、誰からも必要性を認められている。
しかし、リスクが大きい。前例がない。ビジネスモデルが確立されていない。
「誰に対して利益があって、結局誰からお金をもらうか?」というところが詰め切れていない。
もちろん、完璧なプランがあったって結局はその通りに進むことはほとんど無いだろうし、清水の舞台から飛び降りたモン勝ちだろうなと思うのです。
自分としては、リスクを負ってでも早く駆けだしたい気持ちが強いのだが、一方で「勇気と蛮勇とは違うのだよ」というセリフも頭をよぎる。
燃えさかる火に虫が飛びこんでいく。これは勇気ではない。ただの蛮勇だ。
本当の勇気とは、自分の弱さを認めた上でそれを乗り越えていく力だと。
たしかこれ、「ジョジョの奇妙な冒険」第一部で、ツェッペリさんがジョナサン・ジョースターに言った言葉だったような・・・。
ここ数週間はやや足踏み状態だったのですが、今月末に一度会合を持つこととし、関係者の意識同期とビジネスプランの検討を行うこととなっています。
今自分ができるベストを尽くす!
関心の輪ではなく、影響の輪に集中する!
この足踏みの期間が、自分を大きく成長させる時だと信じて、いまはじっと我慢の子・・・。
イライラが頂点に達した理由と、その対処法
この数週間、ずーーーーっとモヤモヤしてました。
10年後の自分に手紙を書いたり、もう一度気合いを入れ直したりしたわけですが、どーーーーにもイライラが消えない。
どういう症状かというと・・・
・人の電話に出るのも、折り返し電話するのも面倒くさい。
・メールを受け取るのも、回答するのもおっくう。
・仕事を依頼されるのも、打ち合わせの日程を入れるのも辛い。
・事務処理なんか絶対にやりたくない。
・自分が楽しいと思えることだけやりたい。楽しくないことはやりたくない。
・自分の机にいたくない。
・ひとから話しかけられたくない。
・自分の周囲1メートルに人が入ってきて欲しくない。
・人に笑顔を掛ける余裕がない。
文字にしてみるとスゴイですね(笑)。公開するのも恥ずかしい状態です。
社会人として、ましてや経営者を目指すモノとしては、まったくけしからんマインドです。
でもこれは事実、今日の午前中に書いた日記の抜粋です。
逆にやりたいことは
・友人とのメールやり取り
・インターネット
・新事業についての活動
という状況。
つまり、やりたいことをやりたい。やりたくないことはやりたくない。そういう心境でした。
皆さんは、こんな風になることありませんか?
私はどうやら1年に1回、こんな状態になるようです。しかも夏の暮れごろに。
去年の日記を見ると、どうも同じ時期に同じように苦しんで、9月の中頃に「このままじゃいけない!」と思い立ち、様々なことを試したようです。そのときも、9月末には心機一転、やる気を取り戻してリスタートできたようです。
そう考えると、毎年必ず訪れる「産みの苦しみ」の時期と言えるかも知れません。
こうした期間があることによって、次のステップに飛び立てるのかも知れません。
さて、この時期を乗り越えるために私がしたこと。それは「オフィスの整理整頓」です。
基本ですよね。オフィスが汚れていると気持ちも散漫になる。
まさに机の上の状況が、自分の精神状況を表すバロメータになっています。
今日まで本当に酷い状況でした。
机の上に会議資料が散乱し、作業するスペースもない状態でした。
片付けられなかった理由もありました。
会議資料は定期的にファイリングしているのですが、バインダーがいっぱいになってしまった。
しかも、ファイリングする分類を変える必要が生じた。
おまけに穴開けするパンチも大きいものが撤去されてしまい、小さいパンチしかなくなってしまった。
バインダーを置く場所もいっぱいで、次にしまう場所もない・・・・
えーいうるさーい!!!!
ずっと頭の中でこのことが渦巻いていたのです。
それに気づいたのは、「自分が何にイライラしているのか」を日記に書き付けたからでした。
頭の中に渦巻いていた言葉を、文字にして目で確認してみました。
「なんだよ、たいしたことないじゃん。
何くだらないことで悩んでんの?」
もし自分が友人だったら、こういってバカにしていたかもしれません。
でも、肝心の自分自身は気づかない。困ったモンですね。
そこで、お昼休みを使って片付けをすることに。
・使っていないバインダーを見つけて、タイトルを書く。
・分類に悩んでいたけど、「とりあえず紙をストアするんだ」と割り切り、そのままにする。
・穴あきパンチは、すぐ隣で作業しているお客様に借りる。
・バインダーを置く場所は、他の場所との効率化を図り、スペースを確保する。
わずか30~40分で、机はキレイに片付きました。そして、気持ちもスッキリ晴れやかになりました。
プロジェクトメンバーから「これ、どうしますか?」と問いかけられましたが、まったくストレスなくいつも通りに対応できました。
掃除の効果、恐るべし!!
みなさま、机はキレイにしましょうね。
「イロモネア」のウッチャンに見たプロ根性
今日の夜7時からTBS系で放映された「イロモネア」です。
有名なお笑い番組なので詳細は割愛しますが、お笑い芸人が「ショートコント」「一発ギャグ」「サイレント」「モノボケ」「ものまね」の5種類それぞれ1分間で観客の笑いを取れるかを競う番組です。
若手お笑い芸人が続々と挑戦する中、最後に登場したのはウッチャンナンチャンの内村光良、こと「ザ・テルヨシ」でした。大ベテランが、たった一人でイロモネアの舞台に立ったのです。
見ているこちら側にも分かるくらい緊張していました。
ファーストチャレンジを終えたウッチャンの手は、緊張で震えていました。
さすがウッチャン、安定した笑いで最終ステージまで勝ち上がります。
しかしながら、最終ステージの「モノボケ」で敢え無く敗退してしまいました(最後も凄く面白かったと思いましたが・・・)。
そして最後、感想を聞かれたウッチャンは
「やってよかった!若手芸人たちがどれだけ苦しんでいるかが分かった。君らよくやってるよ!」
とコメントしました。
これ、普通に考えると物凄いチャレンジですよ!
ベテランの中のベテラン、お笑い芸人の頂点に立つウッチャンが、なぜ若手と同じ舞台で挑戦するのか?
下手すると崖から突き落とされるようなショックを残すかもしれない厳しい舞台に、なぜベテラン自ら立つのか?
番組を盛り上げるための企画とはいえ、本当によくチャレンジしたな!と深く感じ入りました。
振り返って、普段の私はどうだろう?
「後輩に仕事を任せるため」と称して、自分から率先して問題解決の現場を避けていないだろうか?ITの勉強を怠ってはいないだろうか?後輩たちと同じレベルで、システムの詳細仕様やプログラミングが出来るだろうか?
今回のウッチャン、傍目に見ればかなり泥臭い動きでした。緊張で顔はこわばり、動きもあたふたし、言葉もしどろもどろになっていました。
それでも、彼は格好良かった。
格好つけずに真っ正面からぶつかっていった姿に、プロとしての根性を見ました。
ちょうど自分自身も、もう一回足下を見つめて堅実にやり直そうと思い始めたところだったので、ウッチャンの姿が余計神々しく見えました。
良い勉強させていただきました。内村光良さん有り難うございます!
10年後の自分への手紙
友人から、「10年後の自分に手紙を書く」ことを教わりました。
子供の頃、校庭にタイムカプセルを埋めたりした人、いますよね?
カプセルの中に手紙を書いて入れたように、今から10年後の自分にあてて手紙を書くのです。
試しにやってみました。
話を聞いた瞬間「これは楽しそう!」と思い、取りかかろうとするも・・・・なかなか筆が進まない。
どういう観点で書いたらいいのか?何を書いたらいいのか?
自分の中でなかなか考えが定まらなかったのです。
でもとまどっていてもしゃーない。とりあえず試しに数行書いてみました。
すると・・・
出てくるわ出てくるわ、10年後の自分に伝えたいことが沢山出てきました!
・生き生きと、毎日を楽しく笑って過ごしています。
・仲間達と笑いながら、建設的な仕事をしています。
・世界中・日本各地を飛び回り、友人達のために命がけで活動しています。
・オンリーワンの存在になっています。
・・・など。
いま自分が夢見ている「なりたい自分」がはっきりとイメージできるようになりました。
基本的に、書いた後はノリ付けして机の隅っこらへんにしまっておくらしい。
そして10年後、実際に開封してみるということのようです。
10年後が待ちきれないあなたは、半年後・1年後の自分にあてて手紙を書いてみましょう。
職場の目標管理でイヤイヤ目標を作らされているあなたも、半年後の自分にあてて手紙を書くのは容易に、しかも素直にできるはず。
ぜひ皆様もお試しを~。
気軽に書く
ブログを書くのに結構時間を掛けているようだけど、もう少し気楽に書いても良いんじゃない?と。
毛利先生は、日々感じたことや気づき、ビジネスに関するアドバイスを毎日欠かさず更新されています。
私は毎朝必ず携帯でチェックし、その日一日のやる気を奮い起こしています。
私はというと、週一回更新するかどうかという何とも情けないペース。
毎日書けばいいじゃないか。「今日は○○を食べて、テレビで○○の番組を見ました」くらいしか更新してないヤツだってゴロゴロいるんだから、何だって書けるよ!
毛利先生にそう言っていただけると、そうだよなぁ、なぜ書けないんだろう??と疑問に思えてきました。
決して書くのが苦になる訳ではありません。
むしろ、キータッチしだすと止まらないタチで、余計なことばっかり書いてしまうのでいつも校正で削っているくらいですから。
いろいろ考えてみましたが、おそらく以下の2つが理由だと思います。
一つは、日々の気づきになるようなネタが少ない。というよりは収集できていない。
もう一つは、ネタを盛り上げなきゃという思いが強すぎる。
前者については、無意識で生活しているために感受性が鈍っていることが原因かと。
毎日食べ物を書いている人だって、例えば・・・
・今日は○○という店のケーキを食べて、最高に幸せ!!
とか、
・今日のお昼は○○定食でした。久々に食べられてサイコー!!
とか、日々の暮らしの中に気づきがあれば、どんなネタであろうが書こうと思えるはずです。
今日を昨日の延長のように生きていて、感じる力が弱くなっているのかもしれません。
もう一点については、ネタを仕込もうと思わず、日々感じた些細なことでもネタにすればいいということです。
奇抜なネタ、珍しいネタでなくても、その文章が誰かの目に触れることによって新たな気づきの輪が生まれるかもしれない。
そんなに片意地はる必要ないのかもしれません。
ということで、なるべく毎日楽しんで書けるように、日々のセンサーを磨いて行きます!
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
実は二年前から日記を付けています。
今年で三年目なので、過去二年分の自分の日記が読めて楽しいです。
そんな中で気づいたことは、夏は必ずモチベーションがダウンし、9月に最低のピークを迎えること。そして10月に再び上昇を見せ、翌年の6月ごろまでモチベーションが維持されること。
毎年このような波があるので、ほぼ一定リズムでそうなっているのでしょう。
また、家族の状態(妻の機嫌・子供のグズリ具合)が自分の仕事のパフォーマンスに大きく影響していることも良くわかりました。
日記をつけていると、こういうデータが毎年積み上がっていくので楽しいですよ。
例年通り、実は今仕事へのモチベーションが低い状態にあります。
しかし今の低調さは、実りの秋に向けた助走期間なのです。
こういう時の自分も楽しんで、足場固めをしっかりして行きたいと思います。
以上、気楽に書けたかな?
無駄なことも大事だと悟る
んで、久々に臨時収入が入ったため本屋をうろつくと・・・
こんな本に目が行ってしまいました。
- 理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書 (1948))/高橋 昌一郎
- ¥777
- Amazon.co.jp
この本の帯にはこうあります。
ゲーデル、アイゼンベルク、アロウ
知的刺激にあふれる論理学ディベート
囚人のジレンマから 神の非存在論まで
あ~、こういうのすっげー懐かしい!
学生時代の思い出たちが蘇ってきました。
手に取ってパラパラとめくって確信。うん、オレぜったいこの本好き!
でも、レジに持って行くまでに、この本の前を5回以上ウロウロしてました(^^ゞ
だって、この本読んで何か意味があるの?
理性の限界を知って、実際の仕事にどう生かせるの?何かの役に立つの?
学生時代、私は哲学・倫理学を専攻していました。
当時、社会はオウム心理教問題で大きく揺れ動いていました。
漠然とした不安。先行きが見えない将来。社会への不信感。
確かなものなんて何もないのではないか。正しいと思うことをやって、なぜ人は間違うのか?
そんな青臭いことを真剣に考えて眠れなくなるほどの時期がありました。
大学に入学し、社会学や心理学ものぞいてみましたが、いまいち自分の求めるものとは出会えず。
唯一自分の心に留まった学問。それが「倫理学」でした。
倫理学は、人と人との間にあるルールを探求する学問。
社会正義や善悪といった言葉が歪みつつある現代、倫理学の道を歩むことには何らかの意味があるはず。
純朴な私はそう思ったわけです。
大学の授業は割と楽しく、倫理学の世界は自分に合っていると感じました。
本当に確かな「足場」を求めて、緻密に慎重に論理を展開して、周到に世界を明らかにして行く。パズルを解くような感覚が楽しくて、その世界に魅せられる自分がいました。
でも大学も三年を過ぎる頃、自分が属するコミュニティを客観的に見て(「客観的」なんて言葉、とても使えませんでしたが)、ふと思ってしまったのです。
「あれ?オレのやってることって意味あるんだっけ??」
議論を積み重ね、批判を繰り返すごとに自分の理解は深まって行きましたが、もっとも肝心な「この時代を生き抜く」ってことについては何のトレーニングもしてないんじゃねーの??
それに皆集まって議論してるけどさ、どうやって食ってくのよこれから?
小さい声でボソボソと講義してるけど、それが誰に取って意味ある議論なの?
などと、大それたことを思ってしまったわけです。
結局、ほかの学生と同様に私も就職活動を始め、無事就職先も決まり、4年間の長いモラトリアムは幕を閉じました。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
閑話休題。
そういったわけで学生時代に哲学・倫理学を学んだ私に取って、この本を手に取ることは「無駄なことに時間を使う」ということと同義だったのです。
でもこの本、本当に掛け値なしに面白いんです!
科学や数学はこの世のすべてを解明するものなのか?
人間は完全にこの世界を理解し得るのか?
そもそもこの世界は何らかの矛盾を内包しているのではないか?
こういったテーマに対して、論理学者・科学主義者・数理学者を始め、哲学史家・ロマン主義者・カント主義者・国粋主義者・会社員・運動選手など多種多様な人々が対談する形式で進行します。
時にユーモアを交えながら、身近な例を挙げつつ高度な議論が展開されていきます。その対話のみずみずしさ、楽しさと言ったら!
倫理学の学生としてはカント主義者がオチに使われている点に苦笑しながらも(笑)、非常に楽しく読み勧められます。
本を読んだ感想。
この世界には、科学でも数学でも論理学でも解き明かされないパラドックスがいくつも隠されており、これからも人類はその謎を解き明かすために血眼になっていくだろう。
でも私としては、パラドックスを含んだ泥臭い社会がちょうどいいと思う。
全てがある一つの理論で解き明かされるなんて、気持ち悪くて仕方がない。
理性を一歩超えたところに真実があるとしたら、その真実をつかめるのもまた人間なんだと思う。
だから生きている意味があるし、命が輝くのだと思う。
そして今回思い出した。私の卒業論文テーマは「倫理学的相対主義」だった。
倫理の世界にだって矛盾はあるはず、と信じて選んだテーマだった。
カント主義者の教授にはケチョンケチョンだったが、経験主義者の教授はやさしかったな。
大学時代の私と、今の私が一直線につながっている気がして、なんだかほっとした。
結局のところ、大学時代のモラトリアムが全くの無駄だったかといえば、良くわからない。
でも、大人になってもこうした議論を楽しめるのは大学時代の積み重ねのおかげだろう。
そういう意味では、全くの無駄では、ないかも。
Mac、そしてAppleを愛でる日記
毎日新しい発見が次々にあって驚かされます。
平日の仕事ではWindows。
そしてプライベートではMac。
日々、Windowsがヘボく感じられてきてしまい、本業にも支障を来しそう。
なぜここまで私がMacに感心するか。
製品を貫く「コンセプト」に深く感心するのです。
Macは隅々まで「ユーザーがどうやって目的を達成するか」に気を配っているのです。
ユーザビリティへの配慮が非常に行き届いているということです。
製品コンセプトが徹底されているので、利用者はそれぞれの製品仕様を覚えることに抵抗を感じません。一度コツを覚えてしまえば、別の製品を使うときにもそのコツが生かされるからです。
ユーザビリティへの配慮によって、いかに利用者のストレスが軽減されるか。
Macに触れることによって、改めて認識させられました。
私は業務アプリケーション開発に携わっています。
業務アプリも、いまや時代は「パッケージソフト」。
多種多様な機能を一つにまとめ、お客様にはいどうぞと提供するのです。
でも、パッケージソフトと名乗っていながら個々のコンセプトが統一されていない製品がいかに多いことか!!!
ボタン名称からして統一できていない。
ある画面では「確定」、ある画面では「実行」、はたまたある画面では「OK」。
システム間の連動もそう。
全体が連動して動作します、と言っておきながら、実態はただ単につながっているだけ。
お客様がどう使うかなんて考えられていない。
結果として使うユーザ側が混乱し、日々の業務にストレスを生じさせる。
Macのように、コンセプトが細部まで統一された製品というのは非常に珍しいと思います。
製品コンセプトを細部まで徹底するためには、大変なパワーと神経を使います。しつこさが要求されます。
そして何より、デザインセンスが要求されます。
Apple創始者のスティーブ・ジョブスは、かつて大学で文字書体について学んでいました。
文字の組み合わせによって文字間のスペースを変えることで、文章の見やすさが格段に変わるということを学んでいました。
そして、世界初のパーソナルコンピュータを作ったときに、その経験が生きたと語っています。
このような人がAppleという会社を作り、Macintoshを作り上げたわけですから、やはりこれはAppleという会社しか作り得ない芸術品だということになるのかもしれません。
以上、「にわか」信者からのレポートでした。
かちがわ大學 「顧客満足」
勝川駅に早めに到着し、前から行こうと思っていて行けなかったパン屋さん「モンシェル」へ!
モンシェル
http://www.moncher.co.jp/
勝川に住む方が皆「美味しい」と太鼓判を押す人気店です。
人気ナンバーワンという「めんたいフランス」、新製品の「マンゴーとホワイトチョコのリュスティック」、これまた人気という「クリームパン」をお土産として購入。
かちがわ大學受講前に食べるために、めんたい味のパンを購入(名前を忘れてしまいました)。
これがまた旨かった!柔らかいパンの中に、しっかりした味のめんたいこ!思わぬ柔らかさにほっぺが落ちそうでした。お腹が空いているときにガツガツ食べるには最高です。
そして今回のかちがわ大學では、このモンシェルさんの試作品「夕張メロンパン」が無料で参加者に配られました!
前回も配られたとのことですが、前回遅刻した私はひとかけらしか頂けず(涙)。今回、まるまる一個いただいちゃいました。社本社長、ありがとうございます!
お味はというと、北海道小麦を使ったふんわり柔らかな生地と、表面にほのかに甘いメロン風味。そして何と言っても、パンの中にはトロトロのメロンペーストが!美味しゅうゴザイマス!
「お味はいかがでしたか?」「これ、いくらだったら買いますか?」
という品評会もありまして、モンシェルさんにとっても有意義なかちがわ大學でございました(笑)
さて、今回も講義録をお届けします。
一番前の席で毛利先生の話を聞きましたので、パワーをたっぷりといただきました!
サービス・マナーについて
・敬語の使い方を改めてチェック。
行く・来る・食べる・いる・する・いう・見る・聞く・・・・
これらを「尊敬語」と「謙譲語」でそれぞれ言えますか?
・ヴォイストレーニングも有効
・・・「アエイウエオアオ」の発音練習。毎朝続ければ必ず効果がある。
・接客用語
・・・店の外で大声出して練習している飲食店は繁盛しています。小さい企業でもなぜやらないのか?
いざ言おうとすると噛んでしまったり、スムーズに出なくなる。
・立ち姿・振る舞い、お辞儀、名刺の授受の仕方・・・あらためて自己チェック。
エレベーターから降りるとき、「あと、よろしくお願いいたします」の一言。
オフィスで知らない人とすれ違ったときの「こんにちは」。
簡単なことだが、これをやるだけで周りが一目置く。
・6ヶ条
・自分を褒める・・・朝は必ず「今日は一つでも良い仕事をしよう」と考える。
職場に入る前、必ず一礼する、など。
・人や物を大切にする・・・モノを粗雑に扱う人は、仕事も雑になっている
・人の目を気にしない。普段の自分より大きく見せようとするから緊張する。
・友達を大事にすること。人は、意見してもらいたいのではない。誰もが聞いてもらいたいのだ。
・人のせいにしないこと。自分が惨めになるから。
・「ありがとう」と感謝すること。
顧客満足
・モノを作れば売れる時代は終わった。現代は少ないパイの奪い合い。
どの企業も、「いかに自分の顧客を逃がさないか」「リピーターを手放さないか」という戦略に切り替えている。
リピーターを逃さない戦略は、新規顧客獲得の10分の1のコストで済む。
・サービスを提供する側(企業)と、サービスを受ける側(客)のレベルによって、顧客がついてくるか離れていくかが変わってくる。
・60:40の法則・・・100人が来店したら、40人は不満を持つ。その内、96%は何も言わないが、4%の人は悪い口コミを流していく。満足している60%の人も、何もしなければ顧客にはならない。
顧客とは「顧みる客」、つまりリピーターのことである。
苦情処理についての「グッドマンの法則」
{5人×(苦情の数×苦情処理に大変満足した人の割合)+6人×(苦情の数×満足していないが納得した人の割合)}÷(2×10人)×(苦情の数×苦情処理に満足していない人の割合)
=新規顧客の獲得数
1.0以上であれば、口コミによって顧客が増えている可能性が高い。
1.0以下であれば、顧客をどんどん失っている可能性が高い。
クロネコヤマトのスキー宅急便の話。
昭和59年の豪雪時、クロネコヤマトの宅配がストップ。スキーを運べなくなった。
お客様にお詫びをする手配をしようとしたが、社長が「バカヤロー!」と一喝!
全国のスキー場のレンタルスキーを「クロネコヤマト」名義で借り上げ、スキーが届かなかった人にレンタルスキーを貸し出した。
クロネコヤマトにとっては大きな出費となったが、その話が伝わり「スキー宅急便ならクロネコヤマト」という信頼を得た。
→サービスに限界はないという好例。
ディズニーランドを訪れた夫婦の話。
ある若い夫婦がディズニーランドにある料理店に入った。
彼らは大人の食事2つと、お子様ランチ1つを注文した。
ディズニーランドのマニュアルでは、大人がお子様ランチを注文したときには「大人の料理に比べて少量なのでご遠慮下さい」と断るマニュアルがあった。
しかし、その店員は一歩踏み込んでこう聞いた。
「お子様ランチを注文されるには、何か理由があるのですか?」
するとカップルはこう答えた。
「実は昨年、私たちは子供を亡くしてしまった。子供を亡くしてから、私たちは立ち直ることができなかった。でも、今日はあの子の誕生日。私たちも元気を振り絞って、あの子が大好きだったディズニーランドで一緒に食事をしようと思い、今日ここに来たのです。」
すると、店員はこう答えた。
「かしこまりました。ではお子様ランチをご用意いたします。」
そして彼らをテーブルに案内した。
そしてそこには、子供用の椅子も添えられていた。
その夫婦は2つの大人用の食事と、1つのお子様ランチを囲んで、涙を流しながら食事をした。
後日、その夫婦からディズニーランド宛に手紙が届いた。
「私たちはそのような心温まる素晴らしいサービスを、今まで受けたことがなかった。ありがとう。毎年必ず訪れたいと思います。」
→お客様を満足させたい、喜ばせたいという奉仕の精神があるか?
このエピソードから学んでもらいたい。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
最後の話は有名ですが、何度聞いても涙が溢れてきます。
今自分でブログを書いていても涙ぐむくらい。毛利先生もウルウルきていたことをご報告しておきます(笑)