東照宮・奥宮+本地堂(薬師堂) | (又)おだわらぐらし はじめました

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 背広を脱いだ夫と 結婚以来ずっと専業主婦の私との
「新しい日常」を綴って参ります

では 坂下門を潜って 奥宮へ向かうところから~



てくてくてくてくてくてく...

左手に社殿。

更に てくてくてくてく...

↓何だろう 説明板があるよ?

↑へー「(前略)階段は一段ごとに一枚石が用いられ、傾斜の部分の石柵は笠も柱も土台も一枚の石をくり抜いて作られている。寒さの厳しい日光の冬の凍て上がり防止をも考慮したものと思われる。」ですって。
↓そう、と知ってから見ると 凄い!

(↑別の場所でプレハブ工法で作られた物を ここへ運んで「はめ込んだ」のかな? この場で石をくり抜いたのかな? どっちにしてもスゴイ・・・)

鳥居が見えてきました。


↑扁額には「東照大権現」の文字。(後水尾天皇の御宸筆、との事。(そういえば久能山東照宮の扁額の文字も 揮毫は後水尾天皇でしたね?字体は違いますが。)

上がった先に 又石段。そのたもとに二匹の狛犬。


↓そばの説明板によるとこの二匹は~

↑「松平右衛門大夫正綱・秋元但馬守泰人朝 よりの寄進。両者は家康公の遺臣であり (家光による)寛永造替(1636年に完成)の際に造営奉行を務めたことから、特に奉納を許された。」_だそうです。

↓石段の上に「奥社拝殿」。


↓説明板。


裏へ回ります。



↑奥都城を守る 最後のゲイト_「唐門(鋳抜門)」。
↓説明板。

↓その先に「奥社宝塔」。


↑手前から亀趺に乗る鶴の「燭台」。その向こうは「唐獅子の香炉」。一番奥は「花瓶」。

↓これが「宝塔」。

↓説明板。


奥津城を一回り_。

(↓門を内側から見ています。)






いやー 日光は奥津城まで 本当に素晴らしい。(昔の皆さん いい仕事をしています。そしてそれが大切に守られています。)

下りて参りましょう。



(↑社殿の屋根が見えてきました。)
↓眠り猫の裏側、「雀」。


拝殿前の透かし彫りの壁の前を 西へ進むと、かつての「薬師堂」があります。


東照宮的には「本地堂」。(←神君家康-東照大権現の本地仏が薬師如来とされたため、拝殿の西側に薬師如来を祀るお堂が建てられた、のです。ちなみにこのお堂は 東照宮敷地内で一番大きな建屋だそう。ですが 隣のお寺(輪王寺)の管轄で チケットも分かれていました。(色々ややこしいですね^^;))

ここで「鳴き龍」を聞かせて貰いましょう。


靴を脱ぎ 本堂へ~。
 - - - 撮影不可 - - -

おー!すばらしい鳴き龍でした。(今まで聞いた内では一等賞)
ありがとうございました。


おしまい。

続いては日光二荒山神社(フタラサンジンジャ)へ。