時折ある場所から
ココへ繋がる

なんとも言えない
気持ちに成る

その時に逢いにゆく

過去でありながらも
続いている今でもある

もしもということは
決して無いのだと
想っているのに...
本当はそう想いたいだけなのだと...
いうことに否応無しに気付かされる...

言い聞かす言葉が
徐々に剥がれ落ちる...

そこに何があるというのだろう
別に何も無い筈なのに
自分の描く幻想でしかない筈なのに
何かを求めてる自分がいる

人とはカタチではないのだろう
生きるとは時ではないのだろう
そんな言葉が 頭に浮かぶ

それは真義か?
それとも そのことも
私の中で作り上げた
幻想に過ぎないのだろうか?
何を持って人の死となるのか

自分自身 脳死となれば
私というモノが存在しなくなる
だから どうぞ使ってください
というスタンスだが

脳死を人の死とするかは
残された人の感情に左右される

本人の意図とは違う

本当に子を愛す人は
例え息をしなくても 腐敗しなければ
永遠に側に置いておきたい人もいるだろう

脳死状態でも
鼓動が聞こえる限り
生きていると信じたい人もいる

一つの方向だけで見るなら
移植の高額化や外国の医療拒否など
助かる生命をということからすると
脳死により家族の同意での移植というのは
待ち望んでいることだろう

情と論理

どちらが正しいというモノでも無く
どちらが悪いというモノでも無い

ただ 言えるのは
どちらを選択しても良いということ

この法案が通って
脳死で家族の承諾により移植が認められたら
私たちがするとこがある

それは 偏見を無くすこと

例え 移植拒否しても
その価値観を受け入れること
そういう社会になってなければ成らない

拒否した人たちを
批難するような風潮は決して有っては成らない

常に バランスだ
論理と情のバランスの取れた社会が
本当の豊かさのある社会と言える

単に感情や自分の価値観だけの世界ではなく
様々な価値観が共栄することが大切なのだから
NH

私個人とすれば
恋愛対象ではないが
だからと言って
そのことを否定することは可笑しい

自分の世界観だけが
正しいなどという価値観を
否定するべきだろう

NHというのは
実際 差別されていると思う

TVに出る人も
物珍しさという部分が大きいだろう
単にキャラでしかないのだと

実際にNHとの交流もある
昔は 遊びに行ったり 酒呑んだり

私自身 男女としての交流より
人としての交流の方が多いからだろうか
違和感は然程無い

確かに 全く無いとは言えない

ほー わからんねぇ~とか
全然女の子だなぁ~とか

でも 別にいいんじゃないかなぁ~
自分が自分で居られること
それが一番いいのだろうと
人に迷惑さえかけなきゃ
それが良い

基本は男女というよりも
人ってことだろうから

人として
どう生きるのが良いのか?
そのことが最も重要だろう

人生楽しいじゃん!
って思えたら良いのでは?

確かに
いろんなことで
不安や怖さを感じているのかも知れない

でも 自分でない人生ほど
つまらないモノはないでしょう

HotaruさんのBlog
拝見させていただきました

なんか切ないような
でも
すっごく良い感じの今なのでしょうね

どうか 自分を裏切らずに
自分らしく 生きてくださいねっ

ん~ 答えになってるだろうか?
違ってたら 違うんじゃボケ!
とひと言入れといてくださいなっ

では これからも
好きなように書きますんで
暇つぶしに覗いてくださいねっ

Hotaruさんにとって
笑顔多き人生でありますように☆
繋がるというモノは
これ程までに強いモノなのだと
最近想う

不思議なモノだ

これからの世界は
言葉の世界と成るだろう
いや もうすでに成っているかも知れない

言葉の力は
私たちが想う以上に
巨大なモノ

良く使えば 幸せとなり
悪く使えば 破壊となる

言葉でどれだけのことができるのか?
私自体 よく分かっていない
っが 昨今 途轍も無い力なのだと感じる

素晴らしくも有り
怖くも有る

実際に逢って話すことのできない
言葉だけの繋がりでできること
そんなことを昨今切に想う
人それぞれに
苦しみというモノを抱えている

見せることが辛くて
見せることが格好悪くて
見せることが弱くするようで

そんな想いが
ノイズを強くする

ノイズにかき消される
心地良いはずの音

そこに触れると
心の中まで染み入るようで
しばし 耳を傾ける

君の心の音は
弱く
すぐに消えそうなだけど

決して 消えないだろう

何故なら それが
君なのだから

せっかくの心地良い音が
ノイズでかき消されているなんて
勿体ない

その君本来の音は
素敵な音なのに

今 少しづつで良いから
ノイズを消していこう

ゆっくりゆっくり
生きてく中で
人は 様々なモノを求める


モノ

能力

気持ち

求める気持ちと現実
そのギャップに苛立ちを感じたり

手にしたとしても
また 新たな欲望に駆られる

人は その繰り返し
そのことが原動力でもあり
停止させるモノでもある

手にしたいモノ
常に拳を握りしめている

手を開いてゆく
零れ落ちる欲望たち

ゆっくりと開き
手を完全に開き切った時
手の平には何も残らない

何も無い

それは
立ち止まっている状態

その状態に心地良さを感じる

それが
私の贅沢な時
求めるモノ
求められるモノ
完全にリンクするというのは
皆無に等しい

バランスを如何に取るか
というのが重要なのだろう

欲は 限りなく広がる

上を見れば 切りがなく
下を見れば 切りがない

何を持ってバランスというのか

どうあるべきというモノ
その理想と現実をしっかり云う他無い

致し方無いということが
この世に反乱し過ぎる
その一方
理想論も反乱し過ぎている

この世は
バランスを欠いている状態

皆そのことに気付いてる筈なのに
逃れられないのは何故だろう

誰もが 可笑しいと思い
誰もが 致し方無いと諦める
その苛立ちが 外へと向かい
悪循環の渦となる

誰もが 自分に火の粉がかからぬよう
致し方無いというシートに身を潜めている

そんな世界なのだと
つくづく思う

だから どうする?
致し方無いから どうする?
致し方無いけど どうする?

ん~
まぁ~ どうせ致し方無いのだから
やっても やらなくても 同じなんだから
やってみる方が面白いか

ってことで
お気楽に前に進みますかねぇ~
民主党代表選に対し
物を言う小沢氏

国民的には
表立って応援すればする程
受けが悪くなるように思えるんだけど...

ということは
単に
世論や党内の反発という辞任ではない
と考えるのが良いだろう

後任を示す形となれば
当然 影響力保持

しかし
いくら影響力を保持しても
政権を取れなければ意味が無い

選挙までに
民主党に優位な状況が
生まれるということなのだろうか

その鍵は 特捜

あの秘書逮捕後
これと動きが無いような...

そう 動いてない
これを動かす為の辞任

同じ罪状で
自民党議員に痛手を負わす
その為に 今の辞任

ふ~ん
何でしょねぇ~

結局 選挙
政治家はホント選挙しか
考えてないのだろうか

もっとさぁ~
こーいーのでなくてさぁ~
政治で闘って欲しいんだけどなぁ~

マイナス評価での闘いじゃなくてさぁ~
プラス評価での闘いじゃなきゃなぁ~

特捜動かすことより
景気動かすことの方が重要でしょ
その論議を分かり易くすることが必要でしょ

50%だよ50%
減っちゃたんだよ...

まぁ~
政権取らないと始まらない
っていうのも分かるけど

政権の取り方が何でも有り的なのがねぇ~
それが政治です なんて言う人も居るけど
それ認めたら 理想的な政治なんて産まれないでしょ

まぁ~ ねぇ~
なんでもかんでもお堅いのは
如何なものかとは思うけどねっ

なんかねぇ~
次の選挙 盛り上がらなそう...と
思うのは私だけだろうか?

閉塞感の加速が止まらない...
放置が金になる
放置が大金に化ける

なんだろうねぇ~
減反政策

いろんな人が
農業に手を出しているのだなぁ~

しかし
容易くできないらしい
その壁が減反政策

農業を守るとは
一体何なんだろう

かなり問題だらけの減反政策
価格維持も確かに必要

しかし 国土は国の財産
生産性の無い土地は
ただ捨ててると同じ

減反政策の為に
年間何千億もの税金が使われている
ただ荒れ地にしているだけで

しかし 今すぐ
減反政策を廃止すれば
確かに リスクがある

難しいね
政治

国民がもっと議論し
考えて欲しいんだって
そうだね
国は国民の為にあるわけだからねっ

って
そうなのか?

そのことを議論し 考え
案を提示するのが
政治家の仕事だろう

そのやったことで評価する
本来は そうあるべきだろう

国民は 実績に対して判断する

マニフェストも重要だが
誰が どういう政治をしたのか
どういう政治を目指したのか

このことが
選挙の判断材料であるべきだ

会社とて同じ
実績と目指すモノで社員を判断すべき

情報社会 実力主義などという言葉を
聞くように成って久しいが
情報は乱雑 何が正しいのか分からない
実力主義と言いながら
責任所在の不透明な体勢

全く保って
言葉と現実社会のギャップが激しい

私は 政党政治に疑問が在る

党の方針により
本来の個人の意思が見えない

TVなどでは
程度の良いことを言うが
実際は 意に反している政治家も多い

それは 政党政治ということでの
個の責任放棄に他ならない

総選挙は もうすぐ
マニフェストと言いながら
まったく変化の無い選挙

また 同じなのだろう

政治家の数も変わらず
マニフェストも 状況が変われば
致し方無いで変わる

なんだかなぁ~

法案に対しの是非に党拘束を無くし
投票の是非を誰がどう投票したのか
すべてを公開して欲しいものだ

それだと政治に時間がかかるなどと
政治家が言う反面
国民は 政治家をしっかり見極め
投票すれば良いとも言う

ようは 今のシステムは問題あるが
致し方無いというだけのことしか言わない
策無しと言うこと

世襲の問題より
遥かに問題だとは思わないのだろうか
明日からGwですねぇ~
ってことで
AIDSの話

まぁ~ 世界的には
HIV感染という言い方が
良いのでしょう

日本はAIDSの関心が低い
だから 正しく無い情報で
差別も多い

何故に
世界的にHIV感染という表現なのか

AIDSは
他の無症候の性感染症と
同じグループで考えられているからだ

日本は
AIDSはAIDSという枠組みで
捉えている人が多い

其れ故に
特別なモノであると捉え
差別されてしまう

性行為で感染するのが殆どではあるが
正しい性行為を知れば
然程怖いモノではない

無知なのが
本当は 怖いことなのだ

例えば
4人づつで合コンをしたグループがいた

その男の子4人のうち3人が感染
女の子4人のうち1人が感染
その内の1人は発病して
1年もしない内に死亡した

という例がある
それは今日特殊な例ではないという

まぁ~
人類皆兄弟なんて言葉もあるが...

日本では
若者の感染者が増加している
そのケースとして
上記のような例が少なく無いそうだ...

また 20年連れ添う夫婦が居る
旦那が感染者で もう15年
その間 夫婦の間に性行為が無かったのか?
といえば 普通にあるという

では
何故奥さんは感染しないのか?

気合い?
まさか そんな訳は無い

正しい性行為だからだ

ようは 行為の際
しっかりとコンちゃんを付けてれば良い
ということに尽きる

行為の最中にも
外れてないのか?
ということをチェックする
ということも必要

最近の医療技術では
完治はできないけども
早期発見し治療すれば
社会生活を続けることは十分可能

海外では
積極的に検査をしているが
日本は むしろ検査を受ける人が減っている...

感染者は 増えているというのに...

このままの状態では
日本の感染者は
1万人に1人という予測まである

そうなると
私の暮らす青森の
八戸では 33人
青森では 139人
東北では 942人
東京では 1,290人
日本では 12,776人

AIDSは 潜伏期間があり
10年も発症しないケースもある

その間
性行為を行えば
感染してしまう

殆どが性行為による感染だが
感染経路が不明なケースも少なく無い

となれば
自分は大丈夫
と言い切れない

怖さを助長する気は無いが
現実として考える必要がある

実際 何故AIDSが産まれたのか?
ということの解明がなされていないのだから
たまには 検査を受けるべきなのだろうと

まっ Gwなんで
コンちゃん着けとけぇ~

特に女の子は
ハッキリいうべきだと
嫌われたく無い
なんて理由で言わない子が多いそうで...

まぁ~ 男はねぇ~
気付くのは女の子だから
しっかり自分で主張することが大切

そういう考えで
『girlsguard』というネーミングで
活動しているとこがあります

飯島愛さんや紅音ほたるさんが
ボランティア参加していた
赤枝院長が行っている活動です

そのwebが↓
http://www.girlsguard.com/pc/index.html

っで よいGwを☆

暇人の無駄口-RED