哀悼…関根祥人師
単なる一人の写真撮影者の立場から、急逝した観世流関根祥人師へ哀悼を捧げるなど僭越な行為に違いない。
しかも、一度となく写真を収める事なく、先に逝かれてしまったのだ。
願わくは、私と同年齢であることから、生涯を通じて楽しめる役者として古希以上の年齢まで演能を見せて欲しかった。
彼が舞うなら、渋谷まで老いた身を起こして出向く事もあるだろう…いずれ、写真家を引退しても能には通いたいシテ方であった。
私の悔しさは、師を一度も写真に収めていなかった事だ。
作家として、語る術すらない。
お互いに、それだけの関係であった。
ゆえに慚愧の念で一杯なのだ。
いずれ私も、そう遠からぬ日に此岸より彼岸へ逝くだろう。
だから、また会える…そう言葉を交わす前に逝かれてしまった。
私とて、能を捨てれば楽にはなるが、同時に生きてゆくほどの価値は現世に感じていない。
ならばこそ、祥人師には私より長く生きて、能を舞って欲しかった。


