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麗しのアンテア

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昼間、時間を取れたので上野西洋美術館へ、イタリア美人を見に行ってきました。
『カポティモンテ美術館展』
パルミジャニーノ『貴婦人の肖像アンテァ』

彼女に見つめられると、こちらが恥ずかしくなりました。
均整の整った顔立ちの美しさ、透明な瞳、愛らしい口元が白い肌に浮かび上がる…モデルは名家の貴婦人、花嫁、あるいは高級娼婦と伝えられてきましたが、詳細は不明です。
私には、厳格なカトリックの子女と娼婦を並立した方が、さらに逆説的で理想的美意識が際だつと思います。
その裸身を喚起する僅かに露出した胸元の白い肌、装飾品の鎖に絡み付く伸びやかなな指先には、理想的な性の象徴を感じます。

時代は16世紀1553年頃…日本は江戸時代目前ですね。
先日、撮影に伺ったシェイクスピアの『夏の夜の夢』もほぼ同時期にかかれた作品です。

変な発想ですが、細川ガラシャの肖像と、このアンテァ像が東西の同時期に存在して描かれた美人だ…って想像すると、よく見れば二人とも似ているように見えてきます。

もう一回くらい見に行こうかな。
次、いつ会えるかわからないからね。

9月26日まで開催展示中。

掃除修行

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仕事柄、撮影の準備や手続きで能楽堂の楽屋(幕屋)と呼ぶのが正しいという…に、入る機会は多い。
どこの能楽堂も丁寧に掃除機をかけてあるようだ。
鏡の間や控え室に能装束などを広げたりするわけだから、当たり前なのだが、この仕事に入るまで私は掃除機を使った清掃が苦手で、箒で軽く掃き出して、拭いたら終わり…それが私の掃除の仕様だった。

ところが、撮影以外にも演能の手伝いや補助をするようになり、改めて覚えなければならなかったのが、まず、掃除機を使う事であった。

万事に大ざっぱな性格の私には、掃除機は部屋に汚れが目立ったら使う、という生活を改めさせられた。

一応、断っておく。私は、台所とトイレ、風呂など水場の管理掃除は神経質なほどにチェックは厳しく、綺麗に使うのが好きだ。

…能は日常である…これは私の師匠から受け継いでいる言葉で、そういう修行もどきの作業を通じて、私も掃除機を『かなり、しつこく』使うように変わった。
結局、最後に残るのは身を通して学んだ事だけなのだ…と感じる。

旧盆と戦後

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戦禍を知らないのは美徳である…という主人公の台詞が、昔に読んだ小説の言葉にあった。

おそらく、実体験のない戦後世代には、当たり前のように…水道の蛇口と同じように『平和』の安寧が生活にあった。
戦後、日本は他国との紛争に戦火を交えなかった功績と恩恵は計り知れないだろう。

企業は男女を問わず優秀な若者を労働力として確保し戦後経済を推進し、地域は社会的に更新をはかりながら発展したと思う。

八月が来るとメディア的には季節物として『戦争を語る』番組や特集を流す。
さながら、旧盆と合わせたような感覚で語られてきた。
しかし、この辺りで旧憲法時代における国家指導の誤りを、日本と日本人は総括すべきなのだ。
それは未来への検証作業として避けてはならないと思う。

コスト削減で若者はおろか、人に対価を支払うべき労働力として扱わなくなり始めた企業、『経済牽引』とは大切な至上命題なのか。
全てに低価格を求める経営と作業が、ついには人の命や存在価値まで下げてしまったように感じる。少子化問題など、当然の結果にしか思えない。
あの大戦で、愚かな戦争指導により幾多の人々が生命を落とした結果というものは、あらためて歴史の財産として手にすべきなのである。

米国に対して、日本人が一矢報いたから戦後の繁栄がある…など狂言綺語を用いる、それ自体が美徳に語られる悲しさを、私は恥じる。