みやげに貰ったサイコロ二つ
地方の駅前、その近くには必ず赤提灯やバーの看板が灯っている。
場末の居酒屋というジャンル。
私の乗る列車の車窓から、一瞬だけ店のカウンターなどが見えたりする。
幾人かの客が座って飲んでいる…何を店の人と語らうのだろう。
大抵はたわいもない話に過ぎない。
そんな息抜き、戯れの時間だ。
私も、そういう店で飲みながら店主を相手に飲んだり、常連との会話を楽しんだりする。
それが、自分の向上や心の癒しになるかと言えば、たぶんなってはいない。
次第に、話題が付き合いたくない内容になったりして、意外と頭に来たりする場合も多いものだ。
しかし、居酒屋で飲む…とはそう云う無駄を惜しまず費やす場であったな、と思う。
酒を飲むというのは、能や茶道とは明らかに違う。
無駄な時間、意味のない会話を惜しまぬ楽しみ方なのだ。
さようですか
書店内を徘徊していたら見つけた本。
『沈黙入門』小池龍之介著 幻冬舎 457円
帯紹介には…何にもケチをつけず一日過ごしてみる…むやみに『すみません』を言わない…身近で大切な人に対してこそ幻滅しておく…などイライラや不安から解消される…いわゆる座禅の法から導いている内容。
私が注目したのは、ネット板やブログなど『自分語り』を中心とした世界が、ともすれば批評を名に借りた『自己満足』であり、その毒が体や精神に蔓延している…ゆえに、私も散々に作家や批評家批判をしているわけだが、その辺りの加減というか、捨て方を少し理解せしめてくれる本。
私の周囲にも、その知識ではダメだ、世間では通用しない…とか、あなたもオカシい事に気がつかないと…など指摘してくれる知人、友人など余計なお世話焼きは周囲に沢山いて、時に苛つく事がある。
しかし、そういう人々も含めて巧く流してしまう方法が紹介している…それは『さようですか』と返すのだ。
この『さようですか…』は、伝え聞いた話でしか知らないのだが、私の母方の曾祖父や、その父達が良く用いていた言葉らしい。
…『あぁ、さようですか…』口癖のように、お互いを万事に応対していたそうだ。
理詰めで話をして良いことばかりではない…。
目の前の相手に議論で勝ちたい…そういう会話は、側で見て上品ではない…という事なのだろう。
昔は、そのくらい気を使わないと、たとえ親子であっても失礼にあたる…そういう緊張感が対話にもあったのかな…と、ふと思ったり。



