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今日は練習会

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携帯の調子が落ちてしまい更新は少し停滞気味。

今日は、夕方から素人で結成している能サークルの稽古です。
素人ですから、楽しみでやっている集まり。
私は仕舞賀茂と舞囃子『吉野天人』の地です。

いわゆる素人同士で交流会や舞台を行う事を禁じる会派や師匠筋もあって、会員募集や運営も制約があったりして大変です。

能の支持層や観客が減っているって聞きますが…真剣に状況を考慮しないと根底から崩れて行く予感を禁じ得ず。
たった一日の観客動員やメディア露出だけで『盛況だ…』とは言えないんです。

『歌舞伎十八番』みたいに、『能楽十八番』を持たないのは、能楽が興行だけを主眼に置かなかった江戸時代の影響と思います。
あっても悪くはないと考えますが、一方で能楽師の錬成や様々な藝の積み重ね、あるいは作品背景などを視野におくと『能楽十八番』は縮小再生産である、いうのが私の見解。
むしろ、もっと気楽に弁当など食べながら『遊び』を大事にした『能楽公演』も試みる必要を感じます。

もう一度算数を学ぶ

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帰宅途中に書店で、こんな本を見つけました。
『本当の算数力』
…副題(できる子供は答えの探し方が違います)
小田敏弘著
日本実業出版社刊

猛烈に算数、数学嫌い…数字を考えるのも嫌悪していましたが、ある日『紙飛行機』を折って飛ばした瞬間…何かが弾けて、目が開いたような感覚。
数値と自然界は表裏で繋がっているんだなぁ、と思ったんですよ。

最近、もう一度問題を解く…という事を考えてみたい、そう思いました。
解ってしまえば容易い事なのでしょうね。
老いの手習いでございます。

能の『位』って芸ですか?

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或る日、能の楽屋風景。師匠と弟子。

昨夜、能の『位』について触れました。
浅学のついでながら…この『位』とは師匠が弟子に教えて伝えるものではなくて、それぞれが稽古と実際の舞台を積み重ねて、次第に会得する体感表現であるようです。

いや…そうではないのかな。
しかし、安易に『あの人は位が出ていない…』などと批評したりする文章を散見しますが、言うほどに説明可能ではないのが『位』です。
いわゆる『芸』とは、まったく異なる方法論らしいのですが、それが一様に説明は困難だから『位がでていない』と批評すれば、何となく『通めいた』言い回しにはなる。

だが、明確に舞台の上で『位』は表現されるものらしいのです。その辺りが、能の面白さというか…役者感覚なのだと思います。
まして『位』のある能は、その『位』が写真に撮影が可能か、と問われれば…。

おそらく、全ての条件(役者、観客、舞台環境…そして撮影者の技量)が揃った時に初めて写真に写るのだ…と。

その意味では、まさしく先日の故若松健史師の仕舞『邯鄲』には、『位』を取る役者感覚と身体表現が調和し表出した…それが写真に写った希有な証だったと、改めて実感します。