人は万能ではない
晩秋の心象
もとより、今更に算数や数学の理解に努めたところで、仕事とは無縁な作業であるし、要は暇つぶし程度にすぎないだろう。
しかし、文系だけの情報や経験作業の積み上げだけでは、『理解への加速度』に限界がある…と最近感じていた。
『理解の加速度』とは、(知識への充足感)と言った方が分かりやすいだろうか。
例えば、能一つの番組や曲作品に対して、様々なアプローチが存在するとするならば、思索する範囲が狭くて、私が気が付かない選択肢を取り残してきたような欠落感が常にあった。
そんなモヤモヤを払拭する意味で、私は『算数』なのであった。
自然と構成と構造、人の暮らしや生き方と、そこに表裏一体に『数式』で表現される世界があると思うからである。
それが切り離せない存在であって…もしかして(万象の真理)なのかも…と感じている。
物事の順序
携帯の電池不調で、外では使用不能になり、更新は停滞している。
だが、家に帰って各位のブログを読み…


飲んで寝てしまう。『本当の算数力』
小田敏弘著
日本実業出版社刊
で…人生にとって算数とは何か…?
いや、まだ私も人生は終わってはいないのだが…算数=計算ではない。
計算とは単なる処理をこなす技術であるのに対して、算数とは『解く事を考える作業』にある。
順序や形態を整理して、時には数字やデータを文章化、あるいは数字で表現しながら『解く事』だ。それは、長い人生で困難に立ち向かう方法などを模索する勉強とも言い換えるかも知れない。
数字を自由に使いながら、遊ぶ事は文系脳内の私とっては新鮮な刺激の連続である。
もし、40年以上前に気づいていれば違う人生だったな…と思うと惜しい。
だが、少しだけだ。



