HOODのブログ -427ページ目

空にて血の涙

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ただ悲しくて言いたい事がある。

五月の連休。
幼い頃は、毎年両親の実家がある東北路へ行った。
すでに水田は田植えが終わって、清々とした苗が風に靡く。

新緑に輝く屋敷森に翻る鯉のぼりと旗指物。
陽光を煌めかせて回転する矢車。

ゆっくりと走る列車が汽笛を鳴らす。
歌うように山野に響き木霊する。

人は季節を待ち、楽しんでいたと思う。

この春、壊れてしまった沿線風景。人も怯えたようにいなくなった。

ひとえに悔しく、何より悲しい。

おい、もう帰るのか。
北へ戻るウミネコが海岸を北上していった。

その先にあるのだ。

おい、帰るのか。

空にて親は血の涙を流し、北を目指して飛び去ってゆく。

全ての生命を拒む空へ飛んで行く。

彼らの血の涙を誰が知る。

缶コーヒー

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普通の缶コーヒー。一目でゴリラ親子のイラストが気に入ったので買ってみた。

ウガンダ豆ブレンドにちなみ、イラストはゴリラなのか。

確かに希少金属を掘るためにゴリラの生息地が無くなっている話を聞くと、別に携帯やパソコンがなくても良いかなと、安易に考えてしまう

伊勢物語三十七段

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最近、ずっと伊勢物語を読み続けてい、ちょっと面白い段がありました。

伊勢物語三十七段

昔、をとこ、色好みなりける女に逢へけり。うしろめたくや思ひけむ、

われならで下紐とくなあさがおの夕影またぬ花にはありとも

返し、

二人してむすびし紐をひとりしてあひ見るまでは解かじとぞ思ふ

穏やかなエロスとファンタジーに満ちていて、互いの『性の喜び』が幾度も回帰していますね。

おそらく、能『井筒』『野宮』『定家』なども、歌の世界からエロスを抽出して展開した男女の追想だと思います。

実際の睦言がどうか、リアルさよりも脳内妄想が優先されているように感じます。

その上で、本質にある肉体の快楽を否定せず容認している表現を、巧みに言葉に置き換えている。
明治以降、近現代の教条的な文学解釈に比較して、人間への幅が肯定されていて、元々は日本古来の美意識…性意識ではないのかな…と思ったりします。