地下王国
朝は氷点下の北関東地区。代表的な冬の風景が空き地や畑、あるいは運動場に現れるモグラの穴だ。モコモコと土饅頭が幾つも盛り上がる。しかし、モグラを見た人は少ない。
モグラが土の中で何をして暮らすのかも見えはしない。
そんな昔。仕事に急ぎ足で向かう途中の道ばた。側を流れる用水路から何やら水面を行き来するような水音が聞こえた。
『小猫でも落ちたのか…』と思いのぞき込む。
ネズミのようだが…頭の形尖った変な動物が、水に溺れまいと必死にもがいている。
コンクリートの即壁を上がろうとする彼の爪は、ただ空しく滑るのみだ。
溺死寸前に浮きぬ沈みぬする小動物、私は生まれて初めてモグラを見た。
助けるか…。
野生動物を素手で掴むのは危険である。彼らの鋭い爪や歯を立てられては困る。運良く近くに落ちていた新聞紙を厚めに丸めて、その中に包み込むようにしてモグラを用水路から救いあげた。
目が小さくて三角形の頭、小さな口…広がった前足等確かにモグラである。
新聞紙を通して、僅かに生暖かさが私の手の中に伝わってくる。
『キュウ、キュウ』とモグラが鳴いた。
モグラには鳴き声がある…そんな当たり前の事すら地上に住む我々は、ほとんど知らない。
近くの畑に置いてやると、たちまち穴を掘り姿を消した。
当時、用水路は辺りに住むモグラに鬼門であるのか、その後も溺れて死んでいるモグラを幾度か見かけた。
あのモグラが生き延びたかは定かではない。
写メの場所は、モグラを助けた場所からは、さほど遠くない。たぶん、あいつの子孫もいるのだろう。
減量日記
今日は暦では旧正月に当たる。
今は習慣として薄れてしまった旧正月も、言われてみれば何となく正月らしい気もしてくる。
昨年の大晦日に禁酒&減量を誓い立てした。だが先週末に、ある理由から禁を解いてしまった。
しかも、飲んだ酒量は普段より多く、食べた食事も少なからず。どうにも仕方がない時はある。
半月ほど禁酒しただけで酒が美味く感じられ、胃の調子も絶好調。呆れるほどだ。
ところで楽しい酒とは何だろう。
その場に、また飲みたいと思う人がいる…という事か。
楽しく飲むという事は簡単そうで、実際は難しいのだ。
例えば、酒宴の空気を読んで相手の話題に合わせる。それは一つの大切な話術と思う。しかし、そこに一抹のプレッシャーも感じる。
酒を飲んでまで、周囲との空気を読む必要があるのならば、私にとっての酒ではない。
酒とは酔って、判断を狂わせてナンボなのである。
知人の一人に酒が入ると、とかく先鋭になりがちな男がいた。いわゆる酒乱一歩手前であった。
愛すべき酔っぱらいであったが、いつしか友人等の付き合いの網から漏れてしまった。
誰も、彼に声をかけなくなったのだ。
『空気を読む』事が酒席にまで求められる時代、心の鎖も外して飲むという事が酒の効用として赦されない…公には酔っぱらいも犯罪行為になりつつある。
いつしか、酒の飲み方を知らない人を増えたのだと思う。
雪の降る昼間から昔話
学生時代、冬季から春期にかけて長い休みがあった。
私も、この休暇を利用して東北の片田舎にあった母方実家に里帰りをした。
この時期は豪雪地区に限らずとも、東北地方は雪が降り出すと部屋の中に引きこもる単調な生活となる。
昼間から居間で祖父母等と、再放送の時代劇を見ながら過ごすのが我々の日課だった。
ある時、祖父と二人で時代劇を見ていた。浪人侍と遊女がなにやら絡む話であったが…ふと、珍しく寡黙な祖父が、私に問わず語りに言った事がある。
祖父…『明治から大正時代でも、芸者や遊女と結婚した人は沢山知っているが、芸者を貰った人はたいていが仕事や商売は破産したねぇ…逆に遊女を密かに貰った人は、出世したり商売が成功したようだ…芸者は家を支えないんだ。遊女はね、意外と倹約家で不思議に家を傾けないのが多かったね…』
しかし、戦前の日本社会で芸者や街の遊女を嫁にするなんて可能なのか?
どうやって正式な婚姻を果たすのか。
先日、衛星放送にて溝口憲二監督山田五十鈴主演『祇園の姉妹』を見たが、芸者や(まして遊女など)簡単な世界ではあるまい…。
その辺り、祖父より詳細に聞いておくべきだったと思う。
昼間から雪が降りゆく、チンチンと南部鉄瓶から白い湯気が立つ。
その湯気のさきに、煙草をくゆらせながらテレビを見ている祖父の姿があった。
写メは能面『瘤悪尉』の系譜面。
この面は、祖父の顔に似ている。いや…もう少し美形であったかもしれない。
祖父は役人時代、あまりに地方の芸者達の言葉使いが悪すぎるって、なんと『芸者のための礼儀作法講座』を新設したくらいであった。
しかし、どのくらい遊んでいたかは、もはや知る由もない。



