知らぬ事を知り、また知識を招く。
先月の末、叔父(父の兄)が86歳の生涯を閉じた。
叔父は勤勉な優れた判事であり、私は密かに実父を越えて尊敬していた。
その叔父が退職してから毎朝、必ず唱えていたのが『般若心経』である。
ひたすら欠かすことなく、病に倒れる直前まで唱えていたと聞く。
その叔父の通夜で、偶然にも僧侶が唱えた『般若心経』を耳にした。
ふと…叔父さんが心導かれた理由とは何だろう。一度再読してみようか…と、叔父は生前、私に様々な本や知識をくれた人であった。
私へ、叔父より最後に贈られた世界が『般若心経』であるかもしれない。
『般若心経』は262文字で構成される知恵と言葉と云われている。
読書三昧も、ついに経文に入らんとする。
関連する書物は山ほどあるだろうし、また飽きる事もなかろう。まさに無学の境地。
冬に骨身を晒す
このところ体調で少し気になる事があって、診断結果が出るまで引きこもる日々だ。
外にも出ず、部屋で読書三昧。ある意味で社会的には世捨て人同様と化している。
『寒風に骨身を晒す冬木とぞ連枝もなき実の果てぞ悲しき』
ともあれ、昨日は源氏物語『蛍』巻を読み終えた。
そうして、思いつくように謡曲『玉鬘』を引いてみる。『玉鬘』には和泉式部の歌が読み込まれているのだが…。
…もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づる魂(たま)かとぞみる…
これは有名な和泉式部の歌とされるが、この作品は式部集にはないらしい。
後拾遺集に伝承として和泉式部作として扱われているようだ。
そうした解釈が、玉鬘と和泉式部を結びつけ、この『物思えば…』の歌が謡曲に取り込まれた…と考えてみたり。
和泉式部と娘である小式部が、源氏物語における夕顔・玉鬘母子に重なるイメージを得ているのは、私だけではないようである。
言葉足らずに浅学であるため(しかも、最近は長文過ぎるので800字以内に収めたい)…謡曲の引用まで省略。
気が向いたら、明日も続きを書く…か。



