地下王国
朝は氷点下の北関東地区。代表的な冬の風景が空き地や畑、あるいは運動場に現れるモグラの穴だ。モコモコと土饅頭が幾つも盛り上がる。しかし、モグラを見た人は少ない。
モグラが土の中で何をして暮らすのかも見えはしない。
そんな昔。仕事に急ぎ足で向かう途中の道ばた。側を流れる用水路から何やら水面を行き来するような水音が聞こえた。
『小猫でも落ちたのか…』と思いのぞき込む。
ネズミのようだが…頭の形尖った変な動物が、水に溺れまいと必死にもがいている。
コンクリートの即壁を上がろうとする彼の爪は、ただ空しく滑るのみだ。
溺死寸前に浮きぬ沈みぬする小動物、私は生まれて初めてモグラを見た。
助けるか…。
野生動物を素手で掴むのは危険である。彼らの鋭い爪や歯を立てられては困る。運良く近くに落ちていた新聞紙を厚めに丸めて、その中に包み込むようにしてモグラを用水路から救いあげた。
目が小さくて三角形の頭、小さな口…広がった前足等確かにモグラである。
新聞紙を通して、僅かに生暖かさが私の手の中に伝わってくる。
『キュウ、キュウ』とモグラが鳴いた。
モグラには鳴き声がある…そんな当たり前の事すら地上に住む我々は、ほとんど知らない。
近くの畑に置いてやると、たちまち穴を掘り姿を消した。
当時、用水路は辺りに住むモグラに鬼門であるのか、その後も溺れて死んでいるモグラを幾度か見かけた。
あのモグラが生き延びたかは定かではない。
写メの場所は、モグラを助けた場所からは、さほど遠くない。たぶん、あいつの子孫もいるのだろう。

