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食への執心は鬼となる

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人生最後の晩餐に食べるとしたら、おそらく迷うことなく『鰻』を選ぶ。

焼き上がるまでを待つ時間の楽しみ、重箱の蓋を開いた時に立ち上がる鰻の香り…湯気の暖かさ。
そして、少し苦みのある肝吸い。付け合わせの漬け物。
幼い時に祖父に連れられて食べた時以来、『鰻』とは生きるための困難を乗り越えて得られる至福である…と思ってきた。

だが、その『鰻』の仕入れが高騰しているようだ。
稚魚の確保が難しい環境になったのが原因と言われている。
いくつかの店も値上げを昨年から繰り返しているようだ。

とある老舗の鰻屋さんは『もう、子供の代には継がせない』と言い、また都内の某有名店は近年密かに店を閉じた。
鰻屋として営業を維持するには、もはや時代が許さないのか。

自分の人生にて、食事を楽しむ事も今日が最後か…という時に『最後は鰻を食べよう』と決めていた。病に倒れるかも知れぬ。あるいは突発的に去る事もあるだろう。あの時『鰻』を食べておけば良かった…その後悔だけはしたくない。

食べ物に執着、食快楽による堕落した感覚を、ブログにて他人へ開陳するのは恥ずかしい。

しかし、いかなる場合であれ、『鰻』の舌代を出すのは私自身でなければならない。
私は、『鰻』だけは人の奢りで食べてもあまり美味しくはない、自分の財布をカラにして味わえるささやかな悦楽なのだ。

※でも、御馳走して戴けるならば有り難く…。

蛇足の更新

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前述の映画『クレオパトラ』は、私が最初に劇場公開ロードショーで見た洋画であった。
(昭和時代の映画館は、タバコの煙とヤニ、便所やら客が持ち込んだ食べ物の臭気が混じり合ったカオスだった)

要するに、小学校に上がったばかりの子供が見るには困難さが伴っていたわけだ。
ただ子供心に、邦画に比べて洋画はお洒落で格好いい…主演したエリザベス・テーラーが本当に美しく見えた。


このブログでも、たまに映画ネタで更新している。

たしかに映画は好きだ。
なんと言っても仕事とは無縁だからだ。撮影とは無関係であったとしても、能や演劇は仕事モードで見てしまい見終わった後に…自分が舞台に立っていたような重たい疲労感に襲われる。そんな思いこみもなく、単純に楽しめるのが映画だ。


駄作を見て『バカヤロウーーー金返せ!』と怒り、名作傑作に触れては『バカヤロウ、面白いぢゃねぇか…』とエンドロールの下で泣く。

写メはどこかの資料館で見た昭和40年代のテレビ。このテレビで放送される『日曜洋画劇場』を毎週欠かさず見ていた。
淀川長治さんの解説と『SO IN LOVE』がエンドに流れる。
『まぁ、もうお時間きましたね。では来週、またお会いしましょう…さよなら、さよなら…さよなら』

映画『クレオパトラ』

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半日ほど自宅安静を余儀なくされ、布団陣地に籠もっていた。
暇な時間があるので録画していた映画『クレオパトラ』全編を見る。
本作は四時間以上の超大作である。そして無駄に金を費やした超駄作とも言われる。
実を言えば、私はこの映画をロードショーにて見ている。しかし、子供であったため…すぐに飽きた。

覚えているのは蛇が入ったイチジクの籠。
そんな曖昧な記憶はともかく…映画『クレオパトラ』は、冗長に過ぎるのは欠点なのたが、改めて鑑賞してわかった事もある。
結論から言えば、映画『クレオパトラ』は紛れもなく映画の王道を目指した作品だと思う。

主演のエリザベス・テーラーは熱演している。彼女なりに女優生命をかけて頑張ったと思う。制作途中で大病を煩い、憔悴した表情がかえってクレオパトラの苦悩に近づいているかに見えた。
他の俳優が見せる台詞や所作も、舞台劇を見せるように真面目な演劇構成である。あまりに『劇』に囚われすぎた…とも。

現在ならばCGで済まされる撮影を、エキストラとセットを用いて膨大なフィルムを使用。
これだけ膨大な労力を費やして映画『クレオパトラ』は大ハズレ…理由は上映時間が長すぎるので、公開版は編集したために、かえって作品主題を不明瞭なものとする結果を招いた(幼い時に、私が見たのも修正版)

この映画のために20世紀フォックスが倒産しかけた逸話も納得できる。

映画『クレオパトラ』全編版があるのならば手元に欲しい…とは思う。ただし、長いからと言い途中で見るのを止めると、つまらない気分が先に立ち無駄になるのは必定……。

この文も長いな。いつもながら。