HOODのブログ -369ページ目

忘れた頃にやってくる

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犬はギックリ腰とは無縁らしい。

突然、原因不明の猛烈なギックリ腰に襲われてしまった。
昨日から全く動けず『生まれたばかりの子牛状態』だ。

しかも、昨夜から地震が時折、発生して憂鬱極まりない。何かあったとしても、この状態では退避行動は無理だ。

やっとの思いで近所のコンビニまで傘を杖にして歩いた。

僅かな距離すら遠く感じる。

私も老人になれば、諦めも付くのであろうか…いや、口惜しいだけなのか。

結婚式

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珍しくも結婚式の二次会に呼ばれて横浜まで。

自分の娘や息子に近いような世代の結婚式打ち上げに参加するのは久しぶりだ。
こうして、呼ばれたのも縁の一つだろう。

震災以来、『絆』という言葉を目にする。
急に、『絆』など言われても私は戸惑う。
人との連帯とは、些細な事を積み上げて完成するのだと私は思う。
たとえば、今日みたいに小さな縁によって顔を会わせた他人同士が、少しだけ歩み寄って互いに人生を共有する事。

人を羨まず、また憎まず。そして、自分を誇らずに接する事から、気づけば育っているものなのだろう。

いや、そうでありたいと願っている。

3200≠76

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雨が朝方から降っている。一日、細い雨音が聞こえる。
夜半、買い物に出た。
近所にある著名ラーメン店も店内カウンターもひっそりとして湯気だけが見えた。
シトシトと雨降る夜、なぜか私は軽く一杯飲む、あるいは目に入ったラーメン屋に寄りたくなる。
そういう感覚は、雨か降る時だけだ。
雨の湿りが関係しているのだろうか。


だが…雨よりも拭いきれないものがある。それが震災以来、見通せない将来や波のように襲う不安だ。原発事故は東北地方に憂鬱な影を落としている。

そんな中、米国の原子力規制委員会の事故報告書が一部公開されたが、それは3200頁。

一方、日本側は正式な議事記録がないという事を理由に76頁足らず。

これは何事なのだろう。
震災後、多くの人々が被災地復興に手を差しのべてきた。政府のする仕事の一つとして、正しい記録を後世に残す事だろう。その検証で次の事故を避ける作業も可能だ。
本当に『記録がない』のか。ないとしたら、実に情けない組織集団に成り下がったものだ。

明日三月十日は、65年前の『東京大代空襲の日』でもある。一夜にして十万人が亡くなった。
(隅田川の各橋、東京駅有楽町周辺のガード下の黒い煤は空襲の煤なのだよ)

ものごとには個々の責任、集団組織としての責任の大別があると思う。
しかし、見事に個々の責任は全うさた称賛は多いが、どうにも組織の責任、あるいは指導責任への検証が甘いと思える。