食への執心は鬼となる | HOODのブログ

食への執心は鬼となる

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人生最後の晩餐に食べるとしたら、おそらく迷うことなく『鰻』を選ぶ。

焼き上がるまでを待つ時間の楽しみ、重箱の蓋を開いた時に立ち上がる鰻の香り…湯気の暖かさ。
そして、少し苦みのある肝吸い。付け合わせの漬け物。
幼い時に祖父に連れられて食べた時以来、『鰻』とは生きるための困難を乗り越えて得られる至福である…と思ってきた。

だが、その『鰻』の仕入れが高騰しているようだ。
稚魚の確保が難しい環境になったのが原因と言われている。
いくつかの店も値上げを昨年から繰り返しているようだ。

とある老舗の鰻屋さんは『もう、子供の代には継がせない』と言い、また都内の某有名店は近年密かに店を閉じた。
鰻屋として営業を維持するには、もはや時代が許さないのか。

自分の人生にて、食事を楽しむ事も今日が最後か…という時に『最後は鰻を食べよう』と決めていた。病に倒れるかも知れぬ。あるいは突発的に去る事もあるだろう。あの時『鰻』を食べておけば良かった…その後悔だけはしたくない。

食べ物に執着、食快楽による堕落した感覚を、ブログにて他人へ開陳するのは恥ずかしい。

しかし、いかなる場合であれ、『鰻』の舌代を出すのは私自身でなければならない。
私は、『鰻』だけは人の奢りで食べてもあまり美味しくはない、自分の財布をカラにして味わえるささやかな悦楽なのだ。

※でも、御馳走して戴けるならば有り難く…。