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占い 二重瞼

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アイドル歌手や俳優は人気商売であり、多くの人に愛される必要がある。
そこで目を一重から二重に整える…すると、あら不思議。
タレント運が微妙に変わるのは確かにあるだろう。ゆえに、デビューする前に二重瞼にしている…はず?


ところが、政治家は別だと私は思う。
多くの人に愛される点ではタレント的だが、一方で多く人々へ尽くす必要、その責任を自らが果たす決意が不可欠なのだ。

…以前、一重瞼の目を二重へ変えた政治家がいた(厳密には立候補しただけで落選した)…彼は鋭い一重瞼の持ち主であったが…私の記憶に間違いがなければ、選挙出馬した際に『二重瞼』にしたはずだ。

当時、彼の二重瞼に変わった顔がテレビに映し出される度に、もったいないなぁ…と、私は独り言に呟いていた。

もし…彼が一重瞼のまま政治家を目指していれば、今頃は総理大臣に…は定かではないが、悪くても東京都知事くらいにはなれた…と思う。
かって英国はマーガレット・サッチャーを初の女性総理をして難局を乗り切った。
人相占い…という視点で見る限り、日本も男性政治家に国を背負う機運が払底しているのかも知れない。

占い

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このブログ…時事問題や芸能スポーツに関してふれる場合、私自身の体験とリンクした時にのみ…としている。

私の下らない趣味の一つに『人相占い』がある。かなり幼い頃から興味があって、今でも人相占いに関する記事を追うことが多い。
人の顔を見ては、何かと妄想を巡らしたりする。

特に政治家の人相など最たるもので、テレビや新聞、週刊誌の写真を眺めながら…ふむふむ…と一人悦にいる。

『顔が命』…別に人形に限った事ではない。政治家こそ顔が命かも知れない。
政治家の顔で、その人の機運を占うならば、『目と周辺』であると私は見る。

タレントなどは口元スマイルで明るい表情を繕えるが、目は難しいのだ。しかし、人は目から笑い、そして口が開き笑う。
口から笑う場合は演技である可能性が高い。テレビの音声を消してワイドショーを見たりすると、そういう芝居に気づく事もある。
また、目の周辺が腫れていたり、白目が黄色へ変わる場合は健康ばかりでなく『人との運』が去ってゆく…と云う。

見事な人相を揃えていても、立身出世とはゆかない…そこが面白い。
(子供の頃、幾度か入院生活をして何故に人は死ぬのか?死を判断するのは医師のみなのか…が、私を占いへ誘ったわけだが…)

残心

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今年はまだ桜を見ていない。これは昨年の桜。

先日、衛星放送を見ていたら女優の北川景子が『居合道』を習う…ドキュメント番組があった。


居合い術とは、日常の挙動の中に剣術所作を持ち込んだ実用的な武術の一つと言われている。

正座して挨拶する型から、すでに意識を高めているあたりが、身の緊張感を維持するのに足りる稽古だと思う。護身術の作法としても相手の殺意を受け流す点で、今日的かもしれないな。

番組を漠然と見ていただけであったが、時に師範の言葉は示唆的であり『迷いを絶つ』の視点において有効であった。

介錯の『残心』の教えは、ときに必要以上に物事を思いこむ私には一つのヒントになりそうだ。

『残心』とは目の前に倒れている、まさに斬った相手に心を残し憐憫をかける。かけた上で、先に進むプロセスなのだろう。
無闇に斬れば良いものではなく、勝てば良い話でもない。

日本の武術が総じて精神的な傾向が強いのは、やはり江戸時代の武士を筆頭に平和主義に拠るところが大だ。しかし、その精神性が単なる剣術や殺人技ではなく、『道』として学ぶ問いかけに進化した…とも言える。

それは自分の身体も含めて、身の身辺を整える…雑念を退けるなど、小さな事でも見過ごさずに丁寧に尽くす事なのだろう。