眼鏡原理主義
昨夜、納品を一つ済ました。撮影はフィルムからデジタルに変わり、納品は即日でも可能になった。
…いや、少なくとも体制的には可能だ。
それでも、写真はアナログの方が作品として好きだ。
デジタルはRAwモードで撮影したとしても、結局は映像ソフトのプログラム中で作画するのだ。
ソフトの数値幅があるにすぎない。
それは熔変という地球的な要素よりも、デジタルの宇宙感覚、数値だけが支配する世界だと、私は思う。
最近、帰宅すると風呂上がりのまま床の上で、バタリと寝てしまう。リビングの床板は涼しくて気持ちが良いのだ。
このまま風邪を引くだろうな…と自覚しても、一度停止した体は鉛のように重たい。
こうして、裸体で寝ているというは、ある意味でリスペクトな行動の一つに考えられるが、道具屋で彼女が身につけている眼鏡フレームに似たのを発見。
気に入ったので愛用中…∞こちらの方が確かな推しのリスペクトだろうね。
(ΦωΦ)
原理主義ならば、当然こちらの方が気楽である。
天の邪鬼
以前自炊したスペアリブ焼き。でも…最近、料理をしていません。
リボルバー式拳銃という物がある。警官が腰に装備している回転式拳銃とも呼ばれるが、大凡にコルト系とスミス&ウェッソン系に大別される。
確か、コルト系は右周り、スミス系は左周りに回転弾層が回る。拳銃など使用する事は、一生ないであろう私には、どちらに利点があるのかは知る由もない。
しかし、似たような類例が私の身近にもある。一眼レフカメラのレンズへリコイドだ。以前はピント合わせは、このヘイコイドを回しながらファインダーを見て焦点を探した。
この回転向きが、メーカーによって事なり大別されるのだ。無限遠∞マークに向かって右回りがキヤノン、ミノルタ系、左回りのニコン、ペンタックス系だ。
プロやハイアマの方は手と体に操作を覚えさせるために、カメラが違うと撮影に戸惑う…など聞いた事があった。
本当にそうなのか?
私は、ファインダーを見ながらピント合わせをするだけで、レンズ操作には全く無意識だ。機材操作で迷う事は皆無に近い。
そういう無頓着さは、機材を選ばない撮影スタンスにもなるが、私の欠点であるズボラな一面であり、周囲に対する無神経さでもある。




