HOODのブログ -27ページ目

海軍基地と入院病棟…連鎖する死の陰影





旧司令部庁舎・記念館は病院敷地内にある。映画『永遠の0』撮影場所として観光宣伝されており、幟旗もある。入館料は大人500円。

係員の方に、駅から歩いてきたと告げると少し驚かれてしまった。

親切にも『帰りはバスでお戻りになった方が宜しいですよ…』と、わざわざバス時刻表を確認してくれた。『一時間後にバスが病院前に来ますから、それをご利用下さい』




旧司令部庁舎は戦後、病棟として使われた。そのため、海軍施設というよりも古い病院の佇まいも色濃く残す。入り口受け付けの窓に『薬局』と消えかかった文字があった。そういう道具立ては、私自身が幼い頃に肺炎で長期入院した病棟と同様だった。この薄暗く続く廊下、病室ドアや真鍮製ドアノブなど、まさに閉じ込めておいた記憶が鮮明に呼び覚まされた。

いや、海軍飛行場跡や記念館の歴史探訪が目的なのに、妙に気分が落ちて行く。
各部屋にあるスチーム暖房機の鈍く銀色
が、さらに私の気持ちを深くした。

ぁあ、あの風景だ…。

桜花訓練や体当たり攻撃で戦死した予備学生達、戦後に病院で亡くなった方々、私の幼児経験…ないまぜになって『死の陰影』がグルグルと回り出す。

退院出来るのはいつなのだろう…戦争はいつまで続くのだろう…誰か見舞いに(面会に)来ないかな。


隣の病室にいた御婆さんが亡くなった…先日、出撃した友のご両親が見えた…。
時間軸が並立するように『死』の匂いまでが、私に何かを囁く。

死とは万人に平等だが、戦争による死は違う。しかし、我々には戦争による『死』に対して『物語』や『語り部』を求める。そういう思いが日本国内の戦争記念館には少なからずある。

だが、ここが病棟であった事が私の『死』に対する体験感覚を増幅しているようだ。

とにかく…帰る前に展示資料は見ておかなくちゃ。

筑波海軍航空隊記念館を行く






朝、小雨降りしきる景色を眺めていたら、急に気ままに知らない街へ出掛けたくなった。請け負った写真データの作業が大詰めなのに、電車に乗って少し遠出をした。

常磐線友部駅下車。
ここから筑波海軍航空隊基地・記念館を目指す。

記念館へは、最寄りのバスもあるようだが、ひとまず当時の人々が歩いたであろう距離を辿ってみる事にした。入隊した海軍兵士も歩いたはずだ。しかし、道に迷いたくはないので確認も兼ねて交番で確認をする。


警官氏『えっ、ここから歩くんですか?雨の中、30分は必要ですよ…』と呆れられた。

この交番は記念館までの道を聞く人が多いと見えて、案内地図が用意してあった。手書きコピーだが、警察官による手であろう地図は簡潔で明快だった。


次第に雨が上がり、田舎道をひたすら歩く。この通りも70年前は舗装されていたのだろうか。砂利道であったのか。駅から記念館までは、ほぼ直線である。

そういう配置、区割りは軍の基地独特の雰囲気や匂い、気配を帯びる。私が今年の四月まで住んでいた新座市や朝霞市の米軍基地、横田基地など常に独特の空気感がある。

だが、目指す記念館は、現在は精神科治療で県内有数の病院敷地内にあり、米軍や自衛隊とは無関係だ。だが…歩くに従って周囲には飛行場独特の空気感が残っている。

警官氏が言うようにちょうど30分ほど歩いて記念館門前に到着。

肌に色のある奴等


『通俗的で何が悪い。おまいらだって、良い女の尻見たら、一発ぶっ込みたいだろ…』。

『その力が俺の財布と下半身にはある。』


表面的な印象を述べれば以上が当たらずとも遠くはない。

話題の米大統領候補、ドナルド・トランプへの醜聞攻撃が続く。それでも米国国民はドナルド氏を選出する予感が私にはある。

いや、これは外れ馬券を予想して大穴を狙うに等しい感覚だ。
例えば、村上春樹のノーベル文学賞受賞より、著名なアーチストであるボブ・デュランのノーベル文学賞受賞の方が妥当に見える。だが、それは大いなる勘違いかも知れないのだ。

先のトランプ候補は選挙イベントに有名アーチストの楽曲を無断使用して総すかんを受けた。

もし、ボブの楽曲を使っていたらどうだろう。間違いなく彼の醜聞すらロックであり、ファックでイカれた野郎だが、先を見通せる出来たオヤジとして評価は一転したと思われる。

ボブの楽曲をイベントテーマに流して『何だかんだ言う俺だが、この曲が好きだ』と周囲の顰蹙を受けつつ、過激に愛国ファーストを標榜していれば…たぶん、ノーベル文学賞はボブ・デュランには行かず、それこそ『村上春樹』だったかも知れぬ。

なぜなら、審査委員すらトランプ候補に『風』を送らない証左を感じるからだ。
反カラード思考が強いトランプ候補は、ボブ・デュランの楽曲は使わなかったと記憶する。そこで出てきたのが、ボブ・デュラン受賞なのだ。それは、あまりに穿ちすぎだろうか。

ヒラリー・クリントン、ドナルド・トランプ候補は日本で言えば団塊世代だ。

世代受けには、少しアナキストな味付け、反戦ロックな雰囲気が必要なのだが、金持ち過ぎる二人には『反ブルジョア精神』が欠けているのだ。むしろ、世代的に若いオバマ大統領がピース&スマイルで巧みに『優しい左翼』を演じている。

彼の核廃絶思想や発言は『嘘つき』だ…という人もいるが、米国大統領と自らの思想を内省して、一つの結論は有しているが、シリア不介入に事態と問題を複雑にした罪は深い。

私見だが、『俺は中東や極東の奴等は大嫌いだ。大嫌いだから、奴等が目立たぬようになる政策はないものか…』と考える米国大統領が一番に相応しいのだ。徹底したマキャベリストが適材な職務だろう。