肯定される相手
ふと…通常、舞台裏で役者達が使う部屋を『楽屋』と言う。
小さな小屋芝居から、果ては大劇場まで『楽屋』はある。
しかし、能楽堂の場合は『楽屋』とは言わず『幕屋』の名称で呼ぶ場合がある事を思い出した。
文字通り舞台橋掛かりには、鏡の間を仕切る幕が下がっている。ゆえに『幕屋』なのだ。
どことなく『楽屋』の通俗性を否定して、『幕屋』の言い換えで勿体付けているようにも思える。
特に能楽は、この勿体感…差のある重さを相手に知らしめたい、つまりは世阿弥の云う『増長』した感覚に支配されがちだ。
この辺りは上手に言わないと誤解を招く…そう認識したうえで、例えば米国のミュージカル俳優が見せる客へのアピール、あのしつこさ、客サービスを何と捉えるか。
客の位置付けが商業演劇と比較して特殊である…それが能観客の実態(かなりの客が演者のお弟子)、そこを加味して補正されて、客と役者の立ち位置がある。
その立ち位置の間に舞台があって、本当の目的であるはずの能演目が、師匠と弟子の狭間に落ち込んでしまったようにも思ったりする。
つまり、弟子が見る先生の舞う能『井筒』で終わってしまうのだ。そこは両者の関係以外の『読み込み』が、薄くなっていて内向きな感想しか言い出せない。
ましてや、お互いに相手がいて、その両者間が『肯定』を共有しないと、どちらか一方が『否定』を有すると極めて不幸でもある。
行動を言葉に表現しないのが日本的美意識であるならば、なおさら言葉には注意が必要でもある。
場所を間違えたか!
朝、能楽堂の楽屋に挨拶のため行った。
しかし、そこには指原莉乃がいて、後ろを振り向いたら柏木由紀と宮脇咲良が立っている…『しまった!、会場を間違えた』…と焦る私。
指『あら、今回撮影の方ですよね…?』と問われて目が覚めた。
なんだ…夢か。
楽屋の畳、楽屋の仕切りや廊下がリアル過ぎて、夢の中で頭が混乱した。
たぶん…疲れているんだな。
ぇえ、登場した彼女達は私の推しメンではございません。
悪しからず…。
推しの峯岸みなみは二度夢に現れたが…なぜか私は構成作家をしていて、『あなたのコンテはなってない!』と、お笑いに関する駄目出しを受ける。悩む私に、『次、期待してるから…!』と思いきり『上からみなみ』だった。
あと、もう一人出てきたメンバーもいるんだけど…いや、止めておこう。
明日は台風。都内に出る方々はご注意ください。
七年後の江戸はどうだい?
七年後の東京五輪…写真撮影者としては少なからず時代性として興味がある。
撮影機材が飛躍的に進化するのは確かであり、大好きな東京の街も変貌するだろう。
私は地方生まれなのだが、不思議に東京下町が好きだ。
しかし、別に下町の人情が良い…などとは言わない。
東京には、ある種の抑圧というか、絶対的に上がある…その意識を忘れたら暮らしてゆけない。
差別や格差など満ち溢れている地域に違いない。その空の下を這い回り仕事を貰う。そこで接する人との交流は忘れがたい。自分一人なんかで生きてゆけない。
その被虐的にして自虐に固まった世界が都会。
そして、芸術…舞台や能楽を少なからず仕事にしても成立してゆける場所でもある。だから五輪には賛成である。
私の高祖父に江戸末期の南町奉行所与力であった佐久間長敬という人がいる。彼が与力として地域に懸命に貢献し、江戸の人々を愛していた事は疑う余地もない。
小伝馬町牢屋の改善や囚人の健康管理、そのあとの世話。
あるいは、与力として体験した江戸期の大地震災害の記録も克明に記している。
福島生まれの私が、東京を異郷に思えない流れとは、この高祖父から来ているのかも知れない。


