絶滅黒髪中年…1
中年も峠を上りつつある。そんな歳して私は髪を伸ばしたままだ。伸ばせば、何か発見があるかと思いつつ、髪の伸びるに任せている。
ロングヘアで生活してみて幾つか解った事がある。その一例が、風呂での苦労だ。
シャンプー、リンスの減りが早い。濯ぎが面倒。冬は髪が乾かない…しかし、問題はそんな事ではない。
たぶん男性の大半が気がつかない事例がある。
洗髪で抜けた毛髪の始末…なのである。
抜けた長い毛髪は排水溝を三日で塞ぎ、微妙に汚い排水が溢れる。
また、浴槽にはフワフワと漂う長い髪…おそらく、髪を洗って風呂に入った時に体に付いていた毛髪…これが極めて不気味で気持ちが悪く、なおかつ不潔だ。
この回収の面倒くささは、風呂上がりの女性しか経験しない作業なのだと思った。髪を泳がせたままでは、後で入る家族は堪ったものではなかろう。
これが、ある意味で『発見』なのかも知れない。
そこで、風呂に入った順序が出来る。
まず髪を洗う。それはからヒゲ、最後に体…そうして体に付いているであろう抜け毛を洗い流す。
さて、この辺りの有り様を文字で書いても、私の作業報告であり、なにしろ男性であるため色気もなにも、想像して全く面白くはないはずだ。
そう…エロ視線で妄想するならば、風呂から上がるうら若き女性が、湯に熱る裸体のまま浴槽から手桶で浮いた毛髪を回収する姿態…ちょっとだけ憂いな表情を見せながら、浴槽を確認して、手桶で最後の湯を浴びて立ち上がる…一応モデルとして『檀蜜』あたりに演じてもらいたい。
いや、我々と同世代からば河合奈保子あたりか。あるいは某巨大アイドルグループなら柏木由紀のシーンが艶だな。
カーリング!
ちょいとした頭痛から始まり調子を落としたまま…あまりの激痛に活動停止中。
部屋で寝たきりのままソチ五輪観戦。
単純な私は、アルペンやホッケー、スノボーが気に入った。
しかし…何より見ていて、私の脳内が刺激的で活性する試合種目がある。
それが『カーリング』だ。
数値知的かつストイック、キャプテンの統率力、チーム力、人間関係様々な要素が加味されて一つ一つ勝ち進んで行く。
北欧や欧米のチーム色が明確に見えて面白い。民族精神がゲームを支配するスポーツなのだろう。
ストーンの配置を読みながら進行してゆく単純な頭脳しか着いていない私には、とても重圧に耐えきれない。
日本チームの試合を見るたびに感嘆を禁じ得ない。
それこそが、日本女性の『大和心』だと私は思う。欧米チームが見せるような勇ましさや猛々しさは皆無だか、明らかに日本女性の美しさや機知を感じる。
たぶん日本人の特性の一つとされる粘り強さ、勤勉さの源とは…女性に顕著であり、すなわち『母親』から与えられたんだな…と思ったりする。
まぁ…少し誉めすぎか。
耳相と聴力
趣味で人相占いなどを密かにやっている。人相には様々な要素があるが『耳相』という部所もある。耳形で、その人の寿命や金運、子宝運を見る。しかし、耳の聴力までは占いに入っていない。そうした能力は占いの範疇ではないようだ。
私は、まだ物事を意識しない幼い時期に中耳炎を悪化。右耳においては八割以上の聴力を失った。
幸い左耳の聴力は健常であるため日常生活には不自由はない。
しかし、音楽の場合では音符音階の聞き分けや、会話での言葉を一回で聞く、あるいは道を歩いていて背後から来る自動車音が聞こえない場合がある。そういう面倒な瞬間は、何となく他人より自分が劣ったような気分になったりした。
確かに音が聞こえない…という不自由さは、本人しかわからない。しかも、『急に聞こえるようになった』と聴力が回復するなんてありえない。
昨年秋、CDレコード店で試聴コーナーで『交響曲HIROSHIMA』を聞いた。興味があったので気に入ったら購入しようとも思った。
しかし、購入とならなかったのは『鈍さ』を感じたからだ。どこかで聞いたようラインが現れては消える、その表現が自大的で鈍い。現代音楽とは、ある意味で先行作品(古典)のパロディでもある。鮮やかに古典を料理してこそ、原曲の面白さも改めて表現される。また、当曲の作曲家が全聾である事がコーナーの宣伝に踊っていたが、その『売り』が音楽と関係性あるのだろうか。センスのないコピーだという印象があった。
さて…耳相だが形は別にして、耳の位置で性格や気質を見る材料とされる。
例えば、ソチ五輪の女子ジャンプ『高梨沙羅』選手の耳位置が良い。目尻の線より下の位置に耳があり、知的な性格を表している。動物的感性より緻密に分析して行動するタイプだ。しかし、考えすぎると自滅する…。
かの作曲家氏は長髪に隠れて耳の形や位置は不明。占いでは、詐欺師は目と耳に形として見えると云う…そういえば、彼は目もサングラスで覆っていたわけだ。


