HOODのブログ -198ページ目

老いたか…な


ソチ冬季五輪、週末の記録的な大雪。都知事選挙…世間的な話題は一杯ある。さらに『大組閣』とやらで、社会的には解る人だけに共有されている話題など。


だが、ちょい体調を崩して脳内停止中。
ブログに気持ちが行かない。この時期は毎年弱いのだが、今年は追い討ちをしたようにさっぱりだ。


困った。

作品と作家


能の大成者世阿弥は、自作の作品を著書の中で述べている。また、父親の観阿弥、実子元雅、他の役者が書いた作品についても言及している。
その上で世阿弥が改作、手を入れた作品は『これらの先行作品は、私が手を入れたもので、つまりは世阿弥の作品と言って良い…』と自ら証言している。まだ著作権など存在しない時代に、見事な先取精神と言って良い。


あるいは…私が高校時代に一番聞いていた大瀧詠一も、実はアメリカの東海岸で流行していたPOPを『トリビュート』した…と音楽通は揶揄する。
だが、大瀧詠一には松本隆という作詞家の存在があり、パステル画で描いたような世界観が確率していた。

つまり一人の作家で確率する作品世界よりも、複数で合作される作品が名作となる例でもある。

かの『北斗の拳』にせよ、原画原哲也と構成武論尊との合作だ。

『何故、沈黙は金とならなかったのか…。』
惜しい事だが、影として十八年間もゴーストライターとして活動していた音楽家と、その表舞台に立っていた男の関係が表面化した事実。

たぶん、あの二人において真実の理由が様々にあるのだろう。しかし、訪れる結果は一つしかない。
存在理由が破綻した音楽作品は哀れである。もはや、これらの作品は、人々に愛されなくなってゆくのではないか。

そこに作家として自らの作品を裏切った罪がある。人を騙すより、ある意味でさらに重い罪だ。

私的節分


私的、節分の行事。夜中、紙に一握り豆を包んで四つ角辻に置いてくる。置いたら、絶対に振り向かず、走って家に戻る…うっかり後ろを振り向くと豆を食いに現れた鬼達に連れて行かれるらしい。


ナマハゲ同様で、幼い子供でなくてもゾワゾワした風習を楽しむ気分だけは維持したいものだ。


そして節分から一夜明け、朝方より急に冷え込み昼過ぎからは雪。都内は一昼夜に雪が降り続くことはまれだ。珍しい雪景色を眺める人々が何となく目立つ。


うかうかと傘を忘れて髪凍る。

…寒いのでニシンを煮てみた。