HOODのブログ -193ページ目

愛機…2


例えば、極端な話。
…今、俺はこの飛行機でなければ戦えない…と言って、超音速機と迎撃ミサイルが待つ戦場に、『零戦』で出撃するパイロットはいない。


そう考えると、もし撮影という現場が、全ての写真家において戦場であると考えるならば、私は『零戦』で出撃しているようなものだ。


それが『逃げ』になってしまい、戦場で遊んでいるような…そのダメさ加減が悪影響になってはしまいか。


私がフィルム撮影を捨てきれない理由が一つある。

撮影した映像がデータではなく、アナログとして手元に残るという保証があるからだ。昨年、一瞬にして舞台撮影データが消失、吹き飛んだ状況は私のトラウマになってしまった。

写真は記録なのか。
あるいは記憶の代弁者なのか。

愛機


所用の帰り。写真ラボに立ち寄り、その足で中古カメラショップ巡り。

ジャンク棚にミノルタXEブラックが二千円で置かれていた。私が、最初に能を撮影した機材であり、今でも私的な撮影では愛機の筆頭一推しのカメラだ。


スペアにもう一台いかが?…と甘い声が耳元でささやく。


結局、今日は諦めたけど買ってしまうような気がする。

古い機種のため電気関係に故障があるとシャッターが動かない。プリズムの経年変化などトラブルを抱える。
だから、人に撮影機材としては薦めないし、本当は撮影機材としては使ってはいけないカメラなんだろう。コレクター商品としても価値があるのか怪しい。

カメラは人命に関わらないから、新製品に故障や欠陥が出ても滅多にリコールされない。。そうやって商売していた側面は否めない。。

欠陥のために撮影失敗、廃業という最悪の結果で死に至る…そういう話は、まずない。撮影者が『死にたくなる』という苦い経験だけが残るだけだ。

微積


ブログでアイドル達の自撮りの写真への感想所感を書いたのだけど、どうにも気になる事が多々思い浮かんで仕方がない。

安易ではあったが、鏡における『反転』をちょっとネット検索したら、興味深い主題が見つかった…しかし、このテーマを理解するには、一度脳内を清掃して奥行きを作らねば、無理だと実感。


鏡の反転とレンズの屈折など、身の回りにある科学ってヤツだ。そこから宇宙を思索で描くのか、数理で解き明かすのか。そういう分水嶺となってゆく場合もある。


そう考え出したら、鍋の中で大根を煮ると、なぜ柔らかくなるのだろう…なんて昼飯のオデンを食べながら考えてしまった。

ひたすら脳内テツ&トモ状態でクルクル空転。