愛機…2
例えば、極端な話。
…今、俺はこの飛行機でなければ戦えない…と言って、超音速機と迎撃ミサイルが待つ戦場に、『零戦』で出撃するパイロットはいない。
そう考えると、もし撮影という現場が、全ての写真家において戦場であると考えるならば、私は『零戦』で出撃しているようなものだ。
それが『逃げ』になってしまい、戦場で遊んでいるような…そのダメさ加減が悪影響になってはしまいか。
私がフィルム撮影を捨てきれない理由が一つある。
撮影した映像がデータではなく、アナログとして手元に残るという保証があるからだ。昨年、一瞬にして舞台撮影データが消失、吹き飛んだ状況は私のトラウマになってしまった。
写真は記録なのか。
あるいは記憶の代弁者なのか。
愛機
所用の帰り。写真ラボに立ち寄り、その足で中古カメラショップ巡り。
ジャンク棚にミノルタXEブラックが二千円で置かれていた。私が、最初に能を撮影した機材であり、今でも私的な撮影では愛機の筆頭一推しのカメラだ。
スペアにもう一台いかが?…と甘い声が耳元でささやく。
結局、今日は諦めたけど買ってしまうような気がする。
古い機種のため電気関係に故障があるとシャッターが動かない。プリズムの経年変化などトラブルを抱える。
だから、人に撮影機材としては薦めないし、本当は撮影機材としては使ってはいけないカメラなんだろう。コレクター商品としても価値があるのか怪しい。
カメラは人命に関わらないから、新製品に故障や欠陥が出ても滅多にリコールされない。。そうやって商売していた側面は否めない。。
欠陥のために撮影失敗、廃業という最悪の結果で死に至る…そういう話は、まずない。撮影者が『死にたくなる』という苦い経験だけが残るだけだ。


