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故事成語の知恵(松本肇)

トオルのブログ-松本肇
神保町の、東京堂書店で、”発見”!


景公は、病気が重くなって、秦に医者を求めた。秦の桓公は、医者の緩(かん)を治療に寄こした。


中略


「名医である」


景公はそう言って、丁寧にもてなして帰した。


中略


この話で晋の景公は、名医を秦に求めている。これには理由がある。


加納喜光『中国医学の誕生』(東京大学出版会、一九八七)によると、先秦時代には、中国・インド間の交通路のひとつに、オアシスルートがあり、その終点が秦であった。つまり、秦にはオアシスルートを通じて、インド医学が伝えられていた可能性が大きいという。


だから景公は、秦の名医を招いたのである。


・・・・有名な、病 膏肓に入るの故事!


漢方関係の書を見ても、こう書いてあるのは、皆無かも!?
トオルのブログ-蓮
今日は、植物園に行って来ました!


画像は、蓮!(スマホですが、なかなか良く撮れています!)


実は、これも、漢方で使います!


清心蓮子飲(せんしんれんしいん)!


恐るべし!古代中国人ですね♪

そうじの超カリスマが書いたキレイな部屋の基本(沖幸子)

トオルのブログ-沖幸子
地元の図書館で、”発見”!


お掃除の本も、色々書店でチェックしていましたが、灯台もと暗し!


排水溝やシンクなどの”ぬめり”は、野菜クズや料理の油、人間の皮脂などに細菌が繁殖して発生する。


・・・・掃除の肝(きも)は、キッチン、バスルーム、洗面所、トイレでしょう!


掃除をすれば、反応も良くなりますし、臭いもしなくなります!


エアコンは、最新式の省エネタイプでも、フィルターのまめな掃除が必要です。月に二度ぐらいの掃除をしましょう♪


・・・・トオル家のエアコンも、フィルターの自動掃除機能が付いていますが、それは、掃除をしなくて良いということではありませぬ!


フィルターが回転して、ゴミが溜まるだけですので、掃除は必要です!


余計な、細菌・ウィルスの繁殖を防ぐことが出来ます♪


網戸の掃除は、取り外すことができ、水洗いする場所があれば、それが一番簡単です。


・・・・節電のナツ、実は、マメに掃除をした方が良いのは、網戸です!


Tokyoの汚れた空気で、驚くほど、汚れています!


一度、お掃除をしたら、1週間や、2週間に一度、ぞうきんで網戸の網を、水拭きすると、快適になります♪


なお、著者は、美的感覚にも優れているようです!


オーリングテストで調べると。

こびき(東銀座) その5

トオルのブログ-オノミ
毎度お馴染みの、こびき!


鯨肉の、オノミ!


尾の身と書くそう。


小口ネギの左の薬味は、ニンニクを下ろし、漉したもの。右は生姜。


どちらかというと、ニンニクを載っけて、醤油で食べた方が、トオルの好みです♪


他に、宮崎の冷や汁。


豆腐などを崩して食べるのですが、ビビンバに、ちと似ているなぁ~!と思いました!


次は、ご飯にかけて、食したい♪


ちなみに、オノミも、築地への入荷はレアらしいので、気を付けて欲しい!

大英博物館 古代ギリシャ展

トオルのブログ-古代ギリシャ展
大英博物館 古代ギリシャ展に行って来ました!


お子ちゃまも、夏休みなので、混み混みの上野!


ワールドクラスは、


27 優勝選手の像

43 アフロディテ像

44 アフロディテの胸像

109 リテュロスから逃れようとするニンフの像


もちろん、画像の、58 円盤投げ(ティスコボロス)も!


ギリシャのオリジナルの、コピーの作品が多いんですが、それでも、チャンとオーリングテストで、それぞれの内臓が反応するんです!


本当かよ!?と思うでしょうが、これは、判るヒトしか判りません。。。。


ニッポンにおいては、彫刻家では、”発見”していませんが、絵画においては、スゴいヒトがいたことは、チャンと把握しております♪


剣豪列伝(岸祐二)

http://ameblo.jp/ntoru/entry-10294766351.html


なかなか、エゲレスへ行く機会もないと思いますので、是非、”本物”を見て欲しい!

立花宗茂 士魂の系譜(西津弘美)

トオルのブログ-西津弘美
下記の本で、立花宗茂を知り、ウェブで、”発見”!


図書館で借りましたぞ!


戦国美女は幸せだったか(加来耕三)

http://ameblo.jp/ntoru/entry-10964768027.html


信長以来、キリスト教徒には寛大に接してきた秀吉であったが、肥前の地が彼ら伴天連の手にわたっていようとは考えても見なかった。


「なお長崎では、貧しい百姓どもが、奴隷として南方に売られていると申します」


百姓が奴隷として人身売買されていると聞いた秀吉は、みずからが貧しい百姓の出であるだけに怒り心頭に発した。


・・・・秀吉が、武家の出身であったら、また、歴史は変わったカモ知れません!


太陽暦では、楠の若葉が黄金色に輝く四月二〇日、居城とした柳川を離れて丸二〇年、立花宗茂は歓呼の声に迎えられ、懐かしの柳川十一万九千石の城主として復帰したのである。時に宗茂、五十二歳であった。


・・・・トオルがビックリしたのは、関ヶ原の戦いで、西軍にいて、敗れながら、返り咲いた例外が、立花宗茂であること!


また、漢城(ソウル)北西の碧蹄館(へきていかん)で、明軍に勝利したこと!


すごかヒトも、いたものでごわす!