立花宗茂 士魂の系譜(西津弘美) | トオルのブログ

立花宗茂 士魂の系譜(西津弘美)

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下記の本で、立花宗茂を知り、ウェブで、”発見”!


図書館で借りましたぞ!


戦国美女は幸せだったか(加来耕三)

http://ameblo.jp/ntoru/entry-10964768027.html


信長以来、キリスト教徒には寛大に接してきた秀吉であったが、肥前の地が彼ら伴天連の手にわたっていようとは考えても見なかった。


「なお長崎では、貧しい百姓どもが、奴隷として南方に売られていると申します」


百姓が奴隷として人身売買されていると聞いた秀吉は、みずからが貧しい百姓の出であるだけに怒り心頭に発した。


・・・・秀吉が、武家の出身であったら、また、歴史は変わったカモ知れません!


太陽暦では、楠の若葉が黄金色に輝く四月二〇日、居城とした柳川を離れて丸二〇年、立花宗茂は歓呼の声に迎えられ、懐かしの柳川十一万九千石の城主として復帰したのである。時に宗茂、五十二歳であった。


・・・・トオルがビックリしたのは、関ヶ原の戦いで、西軍にいて、敗れながら、返り咲いた例外が、立花宗茂であること!


また、漢城(ソウル)北西の碧蹄館(へきていかん)で、明軍に勝利したこと!


すごかヒトも、いたものでごわす!