大甕神社の不思議な繋がり(3)/北辰信仰と絶妙に繋がる寺々 | パオンのブログ

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最初から続いている不思議な話です。
読まれていない方は、ブログのテーマ・「まとめ」から
読んで見て下さい。

第三話

 

前の記事からの続きです。

前の記事をお読みでない方は、一話を読まれてないと話が繋がりませんし、このシリーズの不思議を感じられません。

是非、一話からお読み下さい。

 

 

ここまで、大甕(おおみか)神社から、香取、鹿島神宮を絡めた紐解きをスタートさせ、石で封印された星の神の正体を探ってきました。

鹿島神宮は、その封印された神に睨みをかけているとされます。

鹿島と、香取神宮には、凸と凹の形状の磐座があり、それは、地震を引き起こす地下に棲むナマズを押さえていると言われます。

星の神の力が地震を起こす力なのでしょうか?

今日は、国家鎮護のこのような形を、大甕(おおみか)神社からの流れで紐解いて行きます。前の記事では、天台密教が関わっているのではと書いてきました。

それをもう少し掘り下げて行きます。 

 

[慈覚大師が造った絶妙な繋がり]

***浅草・神田に見られる北辰信仰と七夕信仰

慈覚大師は、東山道の枝道を使い、浅草まで訪れ「浅草寺」を建立しました。

この場所にも北辰信仰(北極星、北斗七星信仰)の痕跡が見られます。

その南にある神田明神を中心に、北斗七星の柄杓形に関係神社を配し、北に向かって水を掛けるように施されているのです。

浅草寺の五重塔に水を掛けるかのようにです。

今は、スカイツリーかもしれません。

スカイツリーは、五重塔の仕組みを取り入れ、地下には水が貯水されていることからそう思わせるのです

これらの事から、慈覚大師の天台密教や、日吉大社の猿の信仰が、神田明神にも潜んでいると思われるのです。

(神田明神の北斗七星の記事はコチラ)

 

***2020年に堕ちた火球が表す、大甕の星の神

以前に、カゴメ唄を紐解いた時に浅草寺が関わっている事を紐解きました。

改めてその記事を読み直してみると、香取と、鹿島神宮の灯篭の紋を重ねた話であることも含んでいると思うのです。

以前の記事では、七夕信仰も感じ取っていたのです。

それは、やはり大甕神社の伝説(二つに割れた大きな石)にも重なっているのです。

神田明神に施した北斗七星は、将門の神社です。

その将門伝説は、藤原秀郷が絡み、日光の争いの伝説に結びつきますが、二つに割れた習志野隕石も、将門伝説と不思議な一致を見せ、将門の首が帰りたかった場所に香取神社が多く配置されていたのも、総て、大甕神社の星の神に結びつくのです。

有り得ない偶然です。

火球との不思議な繋がりの記事はコチラ

(火球が堕ちる予定だった将門の地に在る香取神社)

 

[龍と鳳凰の戸帳が示すもの]

***将門の北斗七星の柄杓の水を掛ける先は何処?

将門の北斗七星の柄杓が、浅草寺の五重塔に水を掛けると思う理由として、創建由来が類似している事もそうですが、(漁師と観音様)浅草寺の山号・金龍山と、対極の鳳凰の山号を持つ甚目寺観音(名古屋市西部)の三重塔の主が、柄杓の水を必要としているからです。

甚目寺観音三重塔

 

この三重塔に宿る愛染明王が、柄杓の水を欲しているからと言われます。

この寺は、善光寺の御本尊を信長が持って来たとされる寺と言うのも、私の説に、不思議な繋がりを見せるのです。

(浅草寺と、甚目寺観音の記事はコチラ)

愛染明王は、燃え盛る火焔地獄の世界に住むのではないでしょうか?

この三重塔の隣には、白山の碑がある事からも、冥界の女王イザナミと重なり、水を好むのでしょう。

七夕と重なるお盆のお施餓鬼の意味と同じです。

地蔵菩薩が、地獄の炎に包まれた餓鬼に食事がとれるように、慈悲の水を施す事です。

この愛染明王を良く覚えておいて下さい。

大甕神社に、不思議な繋がりを見せるのです。

それは、もう少し後で書いていきます。

 

私の思い付きで、善光寺、浅草寺、甚目寺観音を、龍と、鳳凰の山号で繋げましたが、善光寺の瑠璃壇の戸帳を見られた事ありますか?

「善光寺 戸帳」で検索して見られると驚きますよ。

善光寺、浅草寺、甚目寺観音の繋がりを確信させます。

 

 

【善光寺の有名なフレーズも星の神を表している?】

奥州平泉にある中尊寺は、極楽浄土を表わしている事で知られますね。

大甕神社より北の阿武隈地区は、地獄の世界を表しているとすると、その先の平泉を極楽浄土とするのは、大甕神社に境界石があるのも、その入り口とする考え方なのではないでしょうか。

 

善光寺の戒壇巡りと同じ様に、暗闇の地下世界を抜けた先にあるのが極楽浄土と言う事です。

 

善光寺は、「牛に牽かれて善光寺参り」と言うフレーズで知られますが、内容を見て見ると、それは、七夕信仰が隠れていると私は思うのです。

この話は、信心を持たない老婆が、牛に牽かれて偶然に訪れた場所が善光寺だったと言うものです。

老い先短い老婆が、信心を持つ事で瑠璃壇の下に存在する極楽浄土へ行けると言う事です。

「牛に牽かれる」の言葉に、牽牛星が見られ、七夕の常世と繋がる行事を表し、この老婆が信心を持てば、この世からいなくなっても、永遠の命が得られ、海の彼方にある常世の国で暮らせると言う事を表わしているのです。

星の神は、「牛に牽かれて」の文字と重なる七夕の「牽牛星」でもあるはずです。

 

このように、東山道を使い、北極星を崇める北辰信仰が、複雑に天台密教を持って、星の神の住む奥州の穢れの地へと繋がっているのです。

 

第四話に続く