ウィンローダーの高嶋さんを始め、数々の物流仲間と繋がるきっかけを作ってくれた業界紙「物流ニッポン」が、3月31日付の新聞で、運輸維新会と日本商店会を紹介してくれました!!

丸川社長が取材を受けてくれたことに感謝!!


すべては我が師 -ぼくの好きな先生--2011033118540000.jpg

昨日に続いて、金八先生ネタで行きたいと思います。

今回のスペシャルでは、8シリーズの卒業生が多数出演されていたことが、金八フリークのボクにとっては嬉しかったですねぇ。

特に嬉しかったのは、芸能界を引退されていた役者さんたちも、特別出演してくださったことです。


先生 その466


マニアックな話で恐縮です。

金八第2シリーズといえば、加藤優と松浦悟が中心になって、校内暴力の問題がベースになっていました。

松浦悟を演じた沖田浩之さんは、数年前に亡くなられましたが、加藤優を演じた直江喜一さんは、今回のスペシャルで、久々に姿を観ることができました。


これも有名なお話ですが、直江さんは現在、某建設会社の営業所長になられています。

今回の設定でも、加藤優は新潟県でタンクを作る建設会社の社長になっていましたが、少年院上がりの少年たちに「オヤジ」と慕われる社長さん役は、ものすごくハマり役でした。

しかも、元気のない金八先生を励ます、メンターのような存在感が泣かせてくれますねぇ。


「どうせなら全然知らない世界に行ってみよう」と、勇気をもって踏み出した建設業界。

もちろん、役者としての過去の肩書きが、営業する上で役に立ったこともあるようですが、それだけで今の地位になれるほど甘くはなかったでしょう。

実際に「この世界では資格が勝負」と、専門学校に通って多くの資格を取得されたそうです。


違う世界で成幸してから、過去の芸能活動のことを聞かれるのを嫌う人は多いと聞きます。

しかし、以前「あの人は今」みたいな番組でインタビューされていた直江さんは、金八先生に出ていたころのことを嬉しそうに振り返ってくれます。


「ボクにとっては金八に出たことが一生の宝物でね。今の自分の糧にもなっていますよ」


過去に素直に向き合える人は、やっぱりカッコいいですね。

年齢を重ねながら、ボクもカッコ悪く、ちょっとだけカッコよかった過去の自分に、素直になっていきます。

「男はつらいよ」シリーズを一本でも観たことがある人なら、渥美清=寅さん(車寅次郎)という方程式が成立しているはずです。

渥美清さんは素晴らしい役者さんですが、金田一耕介や、「幸せの黄色いハンカチ」に出てきた巡査役の渥美さんは、ボクの固定観念が強すぎて、「寅さん」が変装しているように見えちゃいました。

同じように、この役者さんもまた、何を演じても代表的なキャラとダブって見えちゃうんだよねぇ・・・。


先生 その464


日曜日に放送された「金八先生スペシャル」の録画を観て、「ベタだけど、このドラマはやっぱり好きなんだなぁ・・・」と再認識してしまった稲葉です。

金八先生の定年退職ということで、卒業生が勢ぞろい。

いやー、ほとんどのシリーズを観てきたボクにとっては、ゲストが懐かしくて嬉しかったなぁ。


ここ数年のシリーズでは、取り上げるテーマや人物像の描き方が重すぎて、観るのには覚悟がいるような内容のドラマだったけど、一貫しているのは金八先生の人間力ですね。

まっすぐに生徒と向き合いつつも、30代の頃の若さと、50代の頃の枯れた雰囲気が、このドラマが実際に街の中に生きているリアルさを感じさせてくれます。


「龍馬伝」のキャスティングで、勝海舟先生を演じると聞いた時は、ちょっと微妙な感じがしましたが、シリーズが始まってみると、中々ハマり役でしたねぇ。

人斬りに悩む岡田以蔵に「おめぇ、なんでああいうヤツ(龍馬)とつきあわねぇんだ?」って、微笑みながら語りかけるシーンは、問題児に語りかける金八先生とダブって見えました。


実は武田さん、「金八先生」と呼ばれることがイヤだったそうです。

「海援隊」のライブでも、「金八先生~」と叫んだ女性ファンに、「気安く呼ぶな!!」と突っ込み返したこともあったとか・・・。

しかし、先輩俳優であり、「寅さん」という当たり役を持つ渥美清さんからの言葉で、吹っ切れたそうです。


「役名で呼んでもらえるなんて、滅多にないすごいことだぞ。役者冥利につきるじゃないか」


実際にこう生きている、渥美さんにしか語れない励ましの言葉ですね。


ちなみに、金八先生が3Bの生徒に対して語るお説教は、すべてアドリブ。

このシーンを観る度に「一度でいいから授業やってみたいなぁ」と思ってしまいますが、武田さんの生の言葉だから、リアルな迫力が出ているんでしょうね。

金八先生というキャラクターをとおして、僕らに分かりやすい人生訓を伝えてくれた武田さんに感謝です。


ただ、「101回目のプロポーズ」の武田さんは、どうしても好きになれないんだよなぁ・・・。

お陰さまで、年齢の割に体重は増えないし、体脂肪率も低い稲葉です。

よく「稲葉さん、走るの早そうですね」と言っていただくことがあるのですが、それは大きな間違い!!

体を動かすことは好きですが、実は子どものころからスポーツは全般的に苦手でした。

最近はますます運動不足に拍車がかかり、ますます走れない自分が悲しくなってきます。


先生 その463


また、震災前に書きかけていたネタから、小出しにさせていただきます。

1000カ所ドリプラ祭の「実行委員長ドリプラ」では、業界ドリプラを代表して、フィットネスドリプラの実行委員長・佐藤毅英 さんがプレゼンをしてくれました。

彼と実際にお会いするのは、初めてのことだったのですが、昨年のドリプラ世界大会の直後に、彼がボクのブログを見つけてくれたお陰で、初対面の感じはしませんでした。


TBSの「SASUKE」にも挑戦しているというプロフィールを見ていたので、「体育会系の声がデカイ、マッチョな青年なんだろうなぁ」と想像していましたが、実像は爽やかで穏やかなイケメン青年。

ひょんなきっかけでドリプラの存在を知って、「自分たちの業界のよさを伝えたい」という思いから、自ら実行委員長をかってでた、内に熱いものを秘めた人です。


彼がイメージしたのは、合宿形式のドリプラ。

最初に入社した、フィットネスクラブの新人研修での体験がベースになっているようです。

共に汗を流すことで、「共感」というより「共汗」をねらっているのかな?


そしてプレゼンの最後には、会場を一体感に包むしかけが・・・。

佐藤さんの掛け声で、30秒間の空気イス!!

ボクの隣にいたのは、多治見ドリプラの実行委員長・コウちゃんと、心友・笑顔のなべちゃん。

会場中から「えぇぇぇぇ」という声と、「いてててて」という声が混じり合い、特にタイトなスーツを着ていたコウちゃんは「頑張れ、オレ」と連呼しながら、ビッシリ汗をかいて頑張っていました。


聴きながら、足がプルプル震えたプレゼンは初めてです。

でも、ボクが聴いた中では、最も会場が盛り上がったプレゼンじゃないでしょうか?

一体感というよりも、一体汗になれるドリプラ。いいかもしれません。

ただ、ボクは体力に自信が無いので、他の部分でのお手伝いにとどめると思います。

今回の震災後、まだ自粛している状況が続いているように感じます。

本当に不謹慎なモノやコトは何なのか?

ボクが震災後に変えた習慣は、エネルギーを節制すること、必要以上に外出しないこと。

ただ、実際には我々の住む茨城でも、まだ復興されていないところがあります。


先生 その462


今日の夕方、家族でつくばにあるショッピングセンターの本屋さんに向かいました。

何千台も収容できる駐車場はガラガラで、200テナントくらいは入っている本館はまだ閉鎖中。

沿岸部だけじゃなく、僕らが住んでいる内陸部もまた被災地だったことを再認識しました。


またもう一つ、震災の影響は意外なところに影響を与えていました。

茨城出身のお笑い芸人、赤いプルトニウム が改名することになったのです。


彼女の存在を知ったのは、3,4年前だったかな?

いかにも茨城のヤンキーといった雰囲気で、地元の人たちにしか分からないようなネタを、ベタベタな茨城弁で「おめ~ら調子にのってんじゃねぇかんな」と淡々と語る。


「近所で火事があると、みんな集まってきて、ちょっとした同窓会みてぇな雰囲気になんだかんな」

「『キモ試しやっから8時集合』って誘われて、その友達の家に行くまでがホントのキモ試しなんだかんな」


そんな自虐的なネタをポンポン吐いて、ジワジワとこみ上げてくる感じがたまらなく好きです。


ただ、今回の福島第一原子力発電所の問題から、彼女は心を痛めて、自らの芸名「プルトニウム」を排除して、略名の「赤プル」を正式な芸名とすることを公表しました。

ちなみに最初の芸名「赤いプルトニウム」は、先輩芸人である、いつもここからの山田さんが名付け親。

せっかく先輩から頂いて、ずっと馴染んできた芸名を変えるのは、きっと心苦しかったでしょう。


不謹慎の垣根は誰にもわからないけど、さりげない被災地への思いやりが素敵です。

最近あまり見ることはなくなったけど、新芸名でのご活躍を期待したいです。

そして、茨城をいじりながら、茨城まだまだ元気だよっていうことをPRしてほしいですね。