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深見さんのお店、「つくばミートセンター」なう。
久しぶりに、焼肉が食べられることに感謝です!!

東日本大震災による被害のニュースで、我が家にとってもショッキングなニュースを昨日聴きました。

いわき市の小名浜にある、「アクアマリンふくしま」という水族館が地震による崩落と、停電によって、水槽の中にいた、ほとんどの魚たちが死滅してしまったようです。


二男の昌弘は、この水族館が大好きだったので、ショックが大きかったようです。

去年の暮れに「連れてって」とせがまれながらも、連れていく約束を果たせなかったので、ボクも申し訳ない気持ちでいっぱいです。

もちろん、被災地の人たちの住む家をはじめ、街の復興が最優先ですが、リクレーションのための水族館もまた復興してほしいと願わずにいられません。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-


先生 その461


今回の地震で、僕らの住んでいる茨城県の沿岸部も、大津波による被害を受けています。

福島県に近い北部地域の被害はすさまじく、原発の影響もあり、多くの人々が非難されている状態。

海水浴や漁港として有名な大洗も、津波の影響を受けているのですが、もう一つ我が家のお気に入りスポット「アクアワールド大洗」 では大きな被害を受けずに、再開の準備をされているそうです。


この大洗町では大津波の被害にあったにも関わらず、全員の命が助かっています。

すべての町民を避難させ、命を守ることができた立役者は、19歳の新人消防署員でした。


彼は指令室の防災無線から離れることなく、約2時間半にわたって、アナウンスを繰り返したそうです。

さらに機転を利かせた彼は同時に、津波の第2波、第3波を予測して、「避難して下さい」と同時に「まだ戻らないでください」というアナウンスも続けました。

インタビューによると、4mを超える津波により、彼自身も足元が水に浸かった状態だったとか・・・。

19歳にしてこの使命感。「今の若い奴らは・・・」なんて、口が裂けても言えませんね。


ボクは「公務員」「役人」という立場の人との関わりの中で、チャンス(!?)な出来事があるたびに、「この、税金泥棒むかっと心の中で毒づいてしまうことがありました。

彼ら一人分を養うほどの納税は、していないくせにねぇあせる

今思うと、恥ずかしい話です。


今回の震災では、この消防士さんに限らず、市民の安全を守ろうという使命感でお志事をされている公務員さんが大勢いらっしゃいます。

いや、大勢ではないですね、すべての公務員さんが「自己犠牲」を厭わずにお志事されています。

これもまた震災がなければ、気づかなかったことかもしれません。

彼らの姿を手本とし、「まず人様」の気持ちを持ち続ける自分でありたいです。

北海道といえば、中島みゆきさん、大泉洋さん、九重親方、ドリカム、GLAY、みのりの大将、エントモさん、小田島さん、吉田麻子さん・・・って、止まらないんですけど。

でも、北海道を代表するシンガーといえば、やっぱりこの人じゃないかな?


先生 その460


ボクが毎日とっているメルマガに、駒大苫小牧高校のメンタルトレーナーを務めたエントモさんこと、遠藤友彦さんのメルマガがあります。


00543862s@merumo.ne.jp


今朝のメルマガでは、松山千春さんが、震災の時にラジオで話していた言葉を紹介してくれました。


-以下転載-


知恵があるやつは、知恵をだそう


力があるやつは、力をだそう


金があるやつは、金をだそう


「自分は何も出せないよ」ってやつは、元氣を出せ


千春節ですね! それぞれが役割に徹しようというメッセージですね。素晴らしい!!



オチもヒネリもない感想ですが、まったくもってエントモさんのおっしゃるとおりだと思いました。

特に最後の「元氣を出せ」っていうのが、いいですよね。

これって、震災の時に限らず、普段から意識したいメッセージです。


千春さんと言えば、ここ20年くらいは、スキンヘッドにサングラス、ヤ○ザ屋さんかと思うようなファッション、そして何といっても「毒舌」がトレードマーク。

しかし、昭和50年代のニューミュージック全盛期の千春さんは、髪の毛も長く、スマートでスタイリッシュな雰囲気のシンガーでした。


そもそも、この当時は、歌番組に出ないというミュージシャンが多かった時代です。

ボクも彼が実際に歌っている映像は、今のキャラクターになってからしか見た記憶がありません。

当時「ザ・ベストテン」というランキング番組があったのですが、ニューミュージック界の人たちのほとんどは「テレビは出るものではなく観るもの」と謙遜して、一切出演しませんでした。

しかし、千春さんはファンの期待に答えるように、当時は苦手だったという「ザ・ベストテン」に生出演したことがあったのです。


当時のファンは、「リクエスト葉書を送り続ければ、きっとテレビに出てくれるかもしれないラブラブという期待を胸にしながら、せっせと葉書を送り続けました。

しかし千春さん自身は、「一切出演する気はありませんむかっと、オファーを断り続けます。

ある日のこと、全国から集まったリクエスト葉書の山を、千春さんの目の前に積み上げて、当時のディレクターさんはこんな殺し文句を吐きました。


「あなたはこのリクエスト葉書を書いたファンに対して、何か答えを出さなければならないはずだ」


このディレクターさんの言葉に感銘を受けた千春さん。

翌週、ファンへのお礼のメッセージを語り、この名曲をギター1本で弾き語りしてくれたのです。

(注;さすがにその時の映像はみつかりませんでした)


ルックスは今と全然違うけど、義侠心は当時から熱かったんですね。

口は悪くても、ファンに対する優しい想いを持ち続ける千春さん。

一度でいいから、コンサートで生の歌声と毒舌トークを聴いてみたいですねぇニコニコ

しばらくの間、東日本大震災のネタばかりだったのですが、忘れないうちに震災前に書き途中だった話を、まとめていきたいと思います。

話が前後して申し訳ありませんが、また「世界1000ヶ所ドリプラ祭り」の時の話です。

先生 その459


祭りのファイナルは、今年開催が予定されているドリプラの中から、「どんなドリプラにしたいのか?」という実行委員長プレゼンを見せてもらいました。

「大江戸ドリプラ」の実行委員長・麻子ちゃんは、いかにもチャキチャキ江戸っ子という姐御肌な女性。

初めてお会いしたのは、2月の「いとう眼科ドリプラ」の時でした。

名刺には「ワクワク会」という謎のグループの名前が書かれています。


「どんな会なんですか?」と聞くと

「ワクワクする会ですニコニコというお答え・・・

初対面から「アホ」な匂いを感じさせてくれます。


「やっぱり深川とか本所あたりで生まれ育ったのかな?」と思いきや、「最寄りの駅は下高井戸」と聴いてコケそうになっちゃいました。

まぁ、「江戸っ子」ですから、「下町っ子」でなくてもいいんだよねあせる 勝手にボクが勘違いしていました。


さて、今までのドリプラは、ホールを借りてステージに大きなスクリーンを立てて、まさに「夢の発表会」という雰囲気の流れが一般的でした。

神奈川のように、巨大な倉庫を借りたり、神戸のように、船をチャーターしたりと、既存の形態に拘らないドリプラもありましたが、大江戸ドリプラでは「バスで色々な場所をまわる」という企画を立てています。

「本当の夢は身近な処にある」というコンセプトで、五感をフルに使うドリプラ。

いいかもしれないね!!


プレゼンの締めくくりは、祭囃子!!

「東京」じゃなくて「大江戸」というキーワードに拘った、天晴なプレゼンから、まさに「ワクワク」させてくれるドリプラを感じさせてくれました。

ボクも3年住んだことがありますが、東京は人に冷たい街ではありません。

もし孤独感や寂しさを感じている人がいるなら、大江戸ドリプラお薦めですよ!!


名前だけでも上がってきているドリプラが紹介されていたのですが、ほんとに「なんでもあり」な世界です。


Pray For Japanで紹介された震災後のエピソードの中で、ボクが一番感動したエピソードを紹介します。


段ボールに感動

http://twitter.com/aquarius_rabbit/st...

ホームで待ちくたびれていたら、ホームレスの人達が寒いから敷けって段ボールをくれた。
いつも私達は横目で流してるのに。あたたかいです。


先生 その458


今は日本が一つになって復興する時。

被災された人も、現地に支援に行く人も、それを見守り応援している人も、目の前の仕事に淡々と向き合う人も、すべてが「未来の日本」に無関心でいるはずはありません。

綺麗事でも何でもなく、誰とも繋がらずには生きられないことを、教えていただいてます。


それを象徴するエピソードが、上記の「段ボール」の話であり、心友・たっちゃんがFacebookで紹介してくれた話です。


-以下転載-


ヤクザの災害支援活動、海外メディアが報道


決して日本では公に語られることのないヤクザの災害支援活動を、海外メディアが報道し注目を集めている。

アメリカ人ジャーナリスト、ジェイク・エイデルシュタイン氏の報道によると、指定暴力団である山口組と住吉会は、最初の揺れが襲った数時間後にはすでに行動を起こしていたという。


まず、東京の街にあふれる帰宅困難者に事務所を開放。そして食料・水・毛布など支援物資を何台ものトラックに満載し、被災地に向けて送り出した。住吉会は、外国人コミュニティに避難所を提供。そして稲川会は、地震の翌12日、4トントラック25台に支援物資を満載して、東北に向かった。


特に活発に支援活動を行っているのが稲川会。東京ブロック支部は13日早朝までに、高速道路を使わず12時間かけてトラックでひたちなか市に向かい、計50トンもの物資を市役所に運び入れた。その際、受け取りを拒否されないよう、決して身分は明かさなかったという。


支援物資を運んでいたある組員は、

「普通にみんなができることをやっている。それ以上のことは報道しないで欲しい。誰も私たちと関係を持ちたくないだろうし、支援物資を突き返されたくない」と語った。

また、神奈川ブロック支部は茨城と福島の放射能汚染地域に物資を届けるため、70台ものトラックを送りこんだ。


ジェイク・エイデルシュタイン氏は、「任侠道の精神は日本人の精神。これが、日本人がこの災厄を乗り越え、より強くなって復活すると私が信じる理由なのです」と締めくくっている。



真偽は定かではありませんが、阪神大震災の時も、某暴力団の方が、被災地支援で大活躍されたという話を聴いたことがあります。

普段がどんなことを生業にしているかとか、そんなのはもう関係ないのかもしれません。

逆に修羅場を経験している彼らだからこそ、被災地の方に対して親身になっているように思います。


「任侠」という言葉の本来の意味は、「困っている人を助けるために、体をはる自己犠牲」

このジェイクさんというジャーナリストさんは、僕ら以上に日本人の本質を理解されているようです。

ボクも彼らの善業を見習いつつ、継続的な任侠道の精神で、困難に立ち向かっちゃいます!!