ボクが10代の頃からずっと大好きな3大ブリティッシュロックバンドといえば、

The Beatles, Queen, Led Zeppelin'


中でも高校生の頃に見た、Led Zeppelin'のライブ映画「狂熱のライブ」は今でもたまに見たくなる。

メンバーがそれぞれに、休暇を楽しんでいるところに手紙(電報)が届いて、翌日ニューヨークのマジソンスクエアガーデンでコンサートを開くというストーリーだ。


ロンドンから飛行機で飛び、空港から何台もの車で会場に乗りつける

そしてコンサートが終わったら、ササッと帰ってしまう。

実際にそんな慌ただしいライブはないだろうけど、何かイキな感じがしてカッコよかった。


同じようなカッコよさを感じたのが、先日の中村文昭さんの講演会。

つくば在住の心友・白川エイトが企画したのだが、会場内に喫煙所がないため、「喫煙者にできる車に乗っている」という理由で、ボクが駅からの送迎を仰せつかった。


講演会は19:00~だけど、最寄駅に到着するのは18:03

これは慌ただしくなりそうだと思いながら、到着した文昭さんを車に乗せ、会場の楽屋口に到着。

中に入るとタバコが吸えないので、その場で一緒に一服しながら、色々な話をさせてもらう。


一旦楽屋にいって、司会者や主催者と打ち合わせをしたあと、コーヒーを飲みながら、外で電話をしながら、開演前の一服タイム!!
気付けば開演時間ギリギリになるので、あわてて文昭さんに時計を見せて楽屋へ戻る。


そのままステージ袖に行って、出番を告げられたらステージ上へ

2時間たっぷり喋りまくって、楽屋に戻り、少しくつろいだらもう帰りの電車の時間。

再び駅までの道程をドライブしながら、タバコをふかして雑談させてもらう。


「ほなまた、8月楽しみにしてるでぇ(^-^)/」

手を振ってお見送りしたのが、21:30くらいだったと思う。


スケジュールの関係もあってのことだが、文昭さんはリハーサルなしでステージに立ち、終わったらササッと片付けて帰って行った。

これって、「狂熱のライブ」の時のツェッペリンのメンバーと一緒じゃん!!
かといって、ストイックなのは行動だけで、あとはいつものように親しみやすく話してくれるあたりはさすがプロだと思ってしまった。


でも、もう少しゆっくりさせてあげたかったなぁ

他の実行委員たちには申し訳ないが、その間一番お話ができたのは間違いなくボクだろう。

で、肝心な講演の内容は・・・後程書きます!!

苦しい時こそ、仲間を応援する


福島正伸


大師匠の言葉の中で、一番「わかっちゃいるけど・・・」と、ついつい「けど」をつけたくなってしまうのが、この言葉かもしれない。

どうしてもボクは「○○してくれたら」とか「▽▽がうまくいったら」とか、条件付きで物事を考えてしまう。


でも無条件に相手に喜んでもらいたいと思って行動することは、意外と無意識にやっていることだし、条件付きの行動よりも多いかもしれない。


先日、あこがれ先生プロジェクトin埼玉でお会いした我武者羅應援團の人たちに、茨城県下妻出身の裕木さんという方がいらっしゃった。

ブログでも書いたように、彼との話題に「粉とクリーム(コナクリ)」の話が出てきた。


「いやぁ、いつも実家に帰るときは夜中なので、寄りたくても寄れないんですよ(笑)」という彼の言葉にビビッときて、後日コナクリの井上さんにそのことをお話した。

そして、3月にオープンして大繁盛している生ラスクを、彼らに贈ってあげたいと思ったのだ。


ただし事務所に贈っても、全員が揃うことはめったにないらしい。

そこで、我武者羅應援團を応援している応援団長(!?)の、比田井美恵さんに相談。

ちょうど6月にウエジョビに来るとの情報を得て、美恵さん経由でお渡ししてもらうことにした。


そして昨日贈られてきたのが、この写真!!


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

もうね、本気の笑顔で喜んでいただけた様子が伝わってきて、それだけで泣きそうになる!!

もちろん美恵さんたちの分も贈らせていただいたが、かなりご好評だったようでとても嬉しい!!


そっか、苦しい時こそ仲間を応援するって、こういうことなんだね

師匠、今さらですが、この言葉の意味することに気づかせていただきました。

おかげさまで、ボクは元気です(^-^)v

最近、ノンフローな状態が続いていて、心がボキボキ折れまくっている。

己の弱いメンタルを嘆きつつも、暗い表情は周りの人に害を招くので、一層気をつけなければ!!


そんな中でも、子供たちの存在は心を癒し、元気にしてくれる。

なんといっても、2歳になったばかりの末娘の存在は、本当に心癒される。


普段はおてんばに家中を走り散らかしていて、時にはイライラさせてくれる存在だったが、ノンフローな時ほど、その姿に愛おしさを感じてしまう。


そんな末娘が、最近になって「とおしゃん」と呼んでくれるようになった。

長男、次男が小さいころは、彼らも「パパ」と呼んでいた時期があったが、長男が幼稚園に行き始めたころから、自然に「父さん」と呼ぶようになり、今では「とうちゃん」に定着している。


その姿を見て育った長女は、一度もボクを「パパ」と呼んだことが無い。

なので、末娘にも「パパ」とは呼ばせたくなくて、一生懸命「父さん」と教え込んだのだが、なかなか口にしてくれることはなかった。

長男は「にぃに」、二男は「まぁにぃ」、長女は「ねぇね」、それに「ジィジ」「バァバ」「ママ」と呼ぶようになったのは、早かったのに・・・。


一度くじけて「パパ」と呼ぶように教えた時期もあったが、けっきょく呼ばれることはなかった。

2歳の誕生を過ぎたころから、急に「とおしゃん」と呼んでくれるようになったのは、嬉しかったなぁ。


で、これは勝手な分析だけど、「とおしゃん」と言えるようになったのは、ボクが必死に教えたからではなくて、お兄ちゃんやお姉ちゃんのマネから入ったからだと思う。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

よく言われるように、赤ちゃんは大人のマネをするのがうまい!!

スプーンの使い方も、コップから直接水を飲むのも、身近なサンプル(我が家の場合、兄姉)を見本にして、体で覚えていくものだ。


どんな場においても、自分は誰かの見本になっている。

それがいい見本になるのか、悪い見本なのか?

どうせなら、いい見本になるように、明日からいい笑顔を作って会社に行こう!!

話が行ったり来たりで申し訳ないが、今日は先日の大久保寛司さんの話の続き

寛司さんは、今までに出会った素敵な人(今回のテーマでもある輝く人)の事例をたくさん紹介してくれる。


伊那食品工業はもちろん、西精工川越胃腸病院APカンパニーISFネット中央タクシートビムシ

他にもたくさん紹介してくれたが、一番印象に残ったのは、埼玉県にある石坂産業さんの話だ。


石坂産業 さんの名前を初めて知ったのは、実はもう5,6年前になる。

所沢にある産業廃棄物処理を行う会社で、当時ボクらの会社でも、埼玉で総合的に産廃の中間処理をしてくれるパートナーを探している最中だった。


そんな中の候補の一つが、石坂産業さんだったのだが、その時もけっきょくお相手とのコンタクトをとらないまま現在に至っている。

ただ今回の寛司さんの話を聴いて、当時会社訪問すらしなかったことをすごく後悔した。


産業廃棄物処理の業界は、未だにダーティーなイメージがついてまわるし、パートナーを選ぶ時にはボクも慎重にならざるを得ない。

過去には、「どうみても○○組の事務所だろ!!」というような企業に出会ったこともある。


石坂産業さんの過去はよく分からないが、お話を聴く限りは「美しい企業」だと思われる。

働く人たちの環境を整えるため、地域社会の人たちに喜ばれるためという理念に基づいた設備なのだ。


処理工場はすべて屋内で行われるため、粉じんが外に漏れないようになっているし、排気ガスが充満しないように、重機はすべて電動のものにしている。

工場の敷地には、樹木や草花が綺麗に植えられて公園のように整備され、地域の人たちの憩いの場になっているという。


非情に言いにくい話だが、ボクがコンタクトを見送った理由は、当時の石坂産業さんについての風評を完全に誤解していたということ。

たまたま別件で工場の近くに立ち寄った時、誹謗中傷の立て看板が立ち並ぶのを見て、勝手に悪い印象を持ってしまったのだ。


誹謗中傷に負けないという覚悟が無ければ、変革はできません


今日までの間に、後継社長(なんと女性社長だ)や社員さんたちも、誹謗中傷に悩んだ時期もあっただろうと察することができる。

寛司さんのこの言葉は、今回の講演の中で、一番ボクの胎にずっしりと響いた。


誹謗中傷から逃げようとしていないか!!

そりゃいわれのない悪口を言われていたとしたら、誰だって凹むだろうけど、そこで逃げるのか、それとも信念を貫くのかを、神様仏様は試しているはず。


まだボクは、2chにとりあげられる存在にすらなっていない(笑)

恐いと思う妄想は断ち切って、自分の信念を貫く強い胎を鍛えていこう!!

一週間前の話に戻ってしまうが、どうしても伝えてしまいたくなった話がある。


伊那経営フォーラムの翌日、かんてんぱぱガーデンに行くと、塚越専務から「会長がみなさんと一緒にお話ししたいそうですが、よかったらどうぞ」と声をかけていただいた。

こんなチャンスは、滅多にないこと。

かんてんぱぱホールのカフェで、しばし会長を囲んでお話を聴かせていただいた。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

「会社の業績が悪くなると、経費削減するっていう社長がいるけど、みんな削り方を間違えてる。

経費っていうのは、投資のことじゃないか?

そもそも社員の給料を人件費なんて呼ぶのは、経営者のおごりだよ・・・」


もう、うつむいてしまうしかない!!

もちろん会長も、「おかしな経費は律するべき」とは教えてくれたが、一歩間違えると「何のために」ということを忘れて、削っちゃいけない経費も削る社長が多いという。


例えば、ある大きな会社の社員食堂に行った時、会長が目にしたのは、照明を消して昼食を食べている社員さんたちの姿だった。

経営者の考え方は、「無駄な電力を使わないエコな会社」という観点かもしれないが、確かにそれはやりすぎじゃないかと思う。


ただ、ボクも削っちゃいけない経費を押さえようと考えていた時期があった。

「なぜ高い仕入れ先から買うのか?」という理由を気にせずに、少しでも安い単価の燃料や作業着を使ったほうが、会社のためになると思っていた。

いや正確に言うと、いまだに同業者の仲間と「安く仕入れる自慢話」を競い合うこともある。


しかしながら、社長や会長は「おつきあい」という観点を大事にしていた。

当時は分かっていなかったが、あえて「おつきあい」で高く仕入れていたのは、お互いを活かしあう手段であり、いざとなったときの保険だったのだ。


血筋としてその感覚は受け継がれたようで、個人的には仕入れ先を変えるのがあまり好きじゃない。

一生懸命やってくれる人や仲間からモノを買ったり、サービスを受けたいと思うがために、あえて高い投資を選ぶことも多いだろう。


問題はやはり何のためにお金を遣うのかということに尽きる。

会長のように「社員の給料を払ったり、地域の人たちを喜ばせるために利益を上げる」という域に達するのは、まだまだ先だろうな?


ただ、これだけは断言できる!!

「自分だけの為に金儲けする」と考えたことは、まったくない。

少しでも善いことに使わないと、お金は入ってこないだろうからね(笑)