今夜、ホールの片隅で

今夜、ホールの片隅で

東京在住クラシックファンのコンサート備忘録です。

 

東響定期で聴いたミステリアスな北欧音楽の印象がまだ鮮やかな中、「北欧の神秘 ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」と題された企画展を観にSOMPO美術館へ。ここを訪れるのはかなり久しぶりだが、しばらく来ない間に入口も館内のレイアウトもすっかり変わっていた。

 

北欧の絵画にフォーカスした本格的な展覧会は本邦初とのことで、「序章 神秘の源泉―北欧美術の形成」「1章 自然の力」「2章 魔力の宿る森―北欧美術における英雄と妖精」「3章 都市―現実世界を描く」というテーマ別に、3か国約50人の作家による70点ほどの作品が並ぶ。エドヴァルド・ムンクを除けば、初めて知る名前ばかりである。

 

まず何と言っても、奥深い自然を描いた風景画が美しい。北欧の知られざる森、湖、山、滝、海などの景色が展示室いっぱいに広がり、新宿に居ながらにして旅情を味わえる。止まらない円安で海外旅行という気分でもないこのゴールデンウィークに、これは随分安上がりな北欧ツアーだ。そういえばこの美術館、以前から渋い風景画の企画展が巧い。

 

そして北欧神話や「カレワラ」など、独自の物語の登場人物たちが華を添える。今回最も印象に残ったのが、ノルウェーの国民的画家というテオドール・キッテルセンの作品。メインビジュアルにも採用されている「トロルのシラミ取りをする姫」がやはり見もので、本来目に見えない怪物/妖精的存在のトロルが絶妙の切り口で可視化されている。

 

これも含め3点の油彩画のほかに、モノクロのスケッチをデジタル・コンテンツ化した映像が上映されており、こちらも素晴らしい。トロルのほかにも、擬人化された黒死病(ペスト)など、ダークで幻想的な世界観。ちょっとジブリキャラを彷彿させるが、キッテルセンの発想がファンタジー系のクリエイターたちに影響を与えているのは間違いない。

 

北欧と言えば、私の好きな画家ヴィルヘルム・ハンマースホイの作品が見当たらない…と思っていたら、彼はデンマーク出身なのだった。ひっそりとした室内の絵を数多く描いたハンマースホイだが、そこに漂う謎めいた気配は、少し前までトロル的な何かが棲んでいた名残りなのかもしれない。

🔳東京交響楽団 第719回定期演奏会(4/20サントリーホール)

 

[指揮]サカリ・オラモ

[ソプラノ]アヌ・コムシ*

 

ラウタヴァーラ/カントゥス・アルクティクス(鳥とオーケストラのための協奏曲)

サーリアホ/サーリコスキ歌曲集(管弦楽版・日本初演)*

シベリウス/交響詩「ルオンノタル」*

ドヴォルザーク/交響曲第8番 ト長調

 

東響の2024/25シーズンの幕開けは、フィンランドの名シェフ、サカリ・オラモが初登場。同じくフィンランドのソプラノ、アヌ・コムシと共に、素晴らしいプログラムを聴かせてくれた。

 

1曲目のラウタヴァーラは、作曲者自身が録音・編集したという鳥の鳴き声とオーケストラが協演する。同様の趣向の「ジャニコロの松」を連想するが、こちらは「湿原」「メランコリー」「渡る白鳥」の3つの楽章ほぼ全編に渡って数種類の鳥たちが鳴き続ける(しばらくオケが休止する鳥のカデンツァ的場面もある)。鳥の映像に曲を付けたネイチャー系の映画音楽のように聴き易く、ホール内に清々しい空気が立ち込める。

 

2曲目のサーリアホは、20世紀フィンランドの詩人ペンッティ・サーリコスキの5つの詩に曲を付けた歌曲集。初演者でもあるアヌ・コムシ、混じりっ気なしの透き通った声は少女のようだが、技術的には相当高度な歌唱に聞こえる。ヴォカリーズで声を震わせる発声が頻出するが、コロラトゥーラというより痙攣のような切迫感がある。声によく似た音がオケからも聞こえ、声とオケが溶け合い、次第に、彼女は歌っていないのに、オケの音が声みたいに聞こえてくる。

 

休憩を挟み、濃紺のドレスに着替えたアヌ・コムシが、ルオンノタル=大気の精を歌う。シベリウスにこんな曲があったとは今回初めて知った。テキストは「カレワラ」から採られており、そのままクレルヴォかレンミンカイネンの一章のようだ。ハープ2、ティンパニ2と厚みのある編成だが、オーケストレーションは極めて繊細で、さざ波のような弦のトレモロが終始耳に残る。

 

メインのドヴォルザーク8番を聴くのは、あの嘘みたいな「映像ノット」以来。これが出色の名演となった。オラモの指揮は無理がなく自然で、特に変わったことはしていない安心感がありながら、驚くほど生気に充ち、彫りの深い、目の詰まったサウンドが引き出される。音そのものがいつもより一段大きく、東響の好調の証である弦がよく唸る。曲想もあるだろうが、何よりも音楽が大らかで、聴いていて多幸感がある。これまでに聴いた同曲中でベスト・パフォーマンスと言っていい。

 

サカリ・オラモ、いい指揮者だなぁ。ブランギエもポペルカも良かったが、ここ数シーズンで東響に初登場した指揮者の中で文句なしにピカイチ。楽団との相性も抜群で、熱烈再共演希望!

🔳ミュージアム・コンサート 梶川真歩&荒木奏美(4/19国立科学博物館地球館地下2階常設展示室)

 

[フルート/ピッコロ/アルトフルート]梶川真歩(ソロ♯)

[オーボエ/イングリッシュ・ホルン]荒木奏美(ソロ♭)

 

N.ロータ/フルートとオーボエのための3つの二重奏

ドビュッシー/シランクス♯

G.シルヴェストリーニ/「5つのロシアの練習曲」より ストラヴィンスキーへのオマージュ♭

テレマン/「6つのカノン風ソナタ」より第1番 ト長調

A.ヒナステラ/フルートとオーボエのための二重奏曲

(休憩)

T.マスグレイヴ/即興曲第1番

F.ドナトーニ/ニディ(巣)~ピッコロのための2つの小品♯

G.クルターグ/「サイン、ゲームとメッセージ」より 少しの間♭

バルトーク/「2つのヴァイオリンのための44の二重奏曲」より 11.子守歌、34.かぞえ歌、21.新年の挨拶1、30.新年の挨拶3、39.セルビアの踊り

W.F.バッハ/2つのフルートのための二重奏曲第4番 ヘ長調

(アンコール)滝廉太郎/花

 

この音楽祭に通い始めて10年になるが、科博のこの建物は初めて訪れる会場。閉館後の地球館を地下2階まで降りると、巨大生物の化石に取り囲まれて仮設のステージと客席があって、非日常感たっぷり。昨年が初訪問だったトーハクの法隆寺宝物館も然り、コンサートホール以外での公演にこそハルサイならではの妙味がありそうだ。

 

この日はN響のフルート梶川さんと読響のオーボエ荒木さんのデュオ・リサイタル。梶川さんはムーティ指揮「アイーダ」、荒木さんはヴァイグレ指揮「エレクトラ」にも出演中で、その合間を縫っての共演。フルートとオーボエのための作品から編曲、ソロまで、バロックから現代音楽まで、東欧から南米まで、多彩な作品が集められた。

 

特に印象的だったのは、テレマンのカノン風ソナタ。2人とも全く同じ楽譜を使用しているそうで、先導するオーボエを時間差でフルートが追いかけるだけで、3楽章の素敵なソナタに聞こえてしまう不思議。この編成のために書かれたヒナステラ作品も充実した内容で、特にしみじみとした情趣が濃厚な第2楽章パストラーレに聴き応えあり。

 

後半には楽器の持ち替えもあり、特に荒木さんのコーラングレが聴けたのは貴重(クルターグのソロ作品は一瞬で終わってしまったが)。2つのヴァイオリンのためのバルトーク作品は、アルトフルートとコーラングレで演奏するのに適した5曲を抜粋。ここでしか聴けない渋く落ち着いた響きのブレンドを味わった。

 

曲ごとに2人のMCが入り、普段はなかなか聴けない演奏者自身の声と語り口が聴けたのも新鮮だった。

🔳N響メンバーによる室内楽(4/18東京文化会館小ホール)

 

[ヴァイオリン]松田拓之、山岸 努

[ヴィオラ]村上淳一郎、三国レイチェル由依

[チェロ]辻本 玲、中 美穂

[コントラバス]稻川永示

[オーボエ]吉村結実

[ピアノ]津田裕也

 

A.クルックハルト/葦の歌 作品28[吉村・村上・津田]

F.ブリッジ/弦楽六重奏曲 変ホ長調[松田・山岸・村上・三国・辻本・中]

F.ワインガルトナー/ピアノ六重奏曲 ホ短調[松田・山岸・村上・辻本・稻川・津田]

 

これを逃したら次にいつ聴けるか分からない秘曲を集めたプログラム。作曲年代は順に1872年、1912年、1902年だから、広く後期ロマン派の流れにある未知の作品群である。

 

クルックハルト「葦の歌」は、オーボエ、ヴィオラ、ピアノという珍しい編成で書かれた三重奏曲。19世紀前半のオーストリアの詩人ニコラウス・レーナウの同名詩集に想を得た、5曲から成る幻想小曲集。開演前には、この曲に絞った詳細なプレトークがあった。3人の奏者が登場し、レーナウの詩がどう音楽で表現されているのかを、実際に具体例を演奏しながらヴィオラの村上さんが解説する。楽譜にも書かれているというドイツ語の詩文の対訳も配布された。

 

これが非常に有効で、プレトークと併せて実質的なメインはこの曲であり、一番気に入ったのもこの曲だった。オーボエ、ヴィオラ、ピアノそれぞれの楽器の美質がストレートに活かされた、言葉の無い寸劇を観ているような「音詩」にして、濃密なファンタジーの情景を描いた「音画」。極上の演奏で出会えたのも幸運で、なかなかこの編成が揃う機会は無いだろうが、ぜひまた聴いてみたい逸品。

 

ブリッジの弦楽六重奏曲(ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ2)は、約30分を要する3楽章構成。全ての楽器がずっと鳴っている印象で、音が密集していて力感に充ちた楽想なのだが、次第にその「圧」でお腹いっぱいになってくる。

 

指揮者としても高名なワインガルトナーのピアノ六重奏曲は、弦楽四重奏にコントラバスとピアノを加えたユニークな編成。全4楽章で40分超という大曲で、親しみ易いメロディーが随所に現れるものの、全体的な構成力に欠け、正直長いな…と感じてしまった。俗っぽいビッグバンド風な場面があるかと思えば、しばしばピアノと弦のデュオになり出番の無いパートが多かったり、この編成である必然性も…?

 

威勢がよくて、強引で、見栄っ張りで、夢見がちで…今では時代遅れの表現だが、音楽の印象がとても「男性的」(奇しくもこの曲だけ全員男性奏者)。思うに男性的なるものをとことん追求したのが、後期ロマン派という時代の一側面だったのかも。ともあれ、村上さんも語っていたが、知られざる作品を紹介するのも演奏家の使命であり、ハルサイらしい興味深いプログラムでした。

🔳ダニール・トリフォノフ ピアノ・リサイタル(4/11サントリーホール)

 

ラモー/新クラヴサン組曲集より 組曲 イ短調

モーツァルト/ピアノ・ソナタ第12番 ヘ長調

メンデルスゾーン/厳格なる変奏曲 ニ短調

(休憩)

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調「ハンマークラヴィーア」

(以下アンコール)

J.グリーン&テイタム/I cover the Waterfront(波止場にたたずみ)より

スクリャービン/ピアノ・ソナタ第3番より 第3楽章

モンポウ/「ショパンの主題による変奏曲」より 第1変奏、ワルツ、エピローグ

 

昨年に続きトリフォノフのリサイタルを聴く。昨年は「フーガの技法」をメインにしたプログラムだったが、今回はハンマークラヴィーア・ソナタをメインに、前半にはラモー、モーツァルト、メンデルスゾーンという一捻りしたプログラム。

 

1曲目のラモーは、アルマンドに始まる7曲から成る組曲で、約30分を要する。終曲「ガヴォットと6つの変奏」では思いのほか壮大な変奏曲の伽藍が築かれる。次のモーツァルトは、スタイリッシュなすっきり系とは一線を画す演奏。甘く揺れる緩徐楽章にうっとりしていると、フィナーレ冒頭の和音の強打にガツンと引っ叩かれる。3曲目の「厳格な変奏曲」は、これがメンデルスゾーンかと疑うような堅牢な響き。短時間のうちに恐るべきロジックの威容を打ち立て、ベートーヴェンの前触れを果たす。

 

ハンマークラヴィーア・ソナタは、常々ベートーヴェンの音楽的構想の巨大さに、実際のピアノの音が追い付いていないのでは…と思うことが多い。しかし当夜の演奏にその憾みは無く、冒頭から揺るぎない巨大建築が力強くすっくと立ち上がる。しかもその現場は、オートマチックな機械任せではなく、大工のダニールがその腕っぷしで仕上げる「手仕事」感が大きな魅力。大胆に遅い第3楽章、思いがけず深いところまで導かれた後に、楽想が自然と高揚し加速するくだりが何ともたまらない。

 

このソナタ、若手ピアニストが弾くには精神性が足りず、ベテランになると技術的に衰えてしまい、それを両立させるのが難しい…と、以前何かのインタビューで読んだことがある。ピアニストのキャリアの中で、このレパートリーの適齢期はそれほど長くはないということだ。そういう意味では、トリフォノフはまさにハンマークラヴィーアの旬を迎えているのではないか。「剛」のようで「柔」、憑依型の集中力とグールド的明晰さを併せ持つ唯一無二のピアニズムに、これほど相応しい設計図は無い。

 

最後の音を打鍵するや弾かれたように立ち上がり、せかせかと慌ただしくカーテンコールに応えるトリフォノフ。アンコールは3曲で、スクリャービンも絶品だったが、個人的にはモンポウがサプライズ。この曲を聴くと、映画「櫻の園」で描かれた高校演劇部の、桜の季節の情景が甦る。東京の桜は満開から早1週間が過ぎたが、かろうじて散り残っていたアークヒルズ周辺の夜桜に、懐かしい余韻を添えてくれた。

ブログ開設から丸5年経った2019年4月、「この5年間に聴いた交響曲まとめ」という記事を書いた。それからさらに5年が経過したので、データを10年分に更新することにした。もちろんその間には、コロナ禍によるコンサートの休止期間があり、再開後もしばらくは大編成の曲は聴けなかったので、単純に最初の5年間の2倍という訳にはいかないだろう。では、どの曲をどれぐらいの頻度で聴いていたのか。

 

前回同様、期間中に延べ2回以上聴いた作曲家を年代順にリストアップし、作品ごとの鑑賞回数と、その中で最も印象に残る演奏を記した。名前は「交響曲」でも中身はそうでもなかったり、「シンフォニア」等の作品群をどこまで交響曲に含めるかは微妙なところだが、まぁその辺は私の匙加減ということで…。

 

■ハイドン

第22番「哲学者」/2回(シュテンツ&新日フィル2018.2)

第45番「告別」/1回(井上道義&読響2022.7)

第60番「うかつ者」/1回(川瀬賢太郎&神奈川フィル2015.2)

第70番/1回(秋山和慶&東響2017.3)

第82番「くま」/1回(ルイージ&N響2023.5)

第85番「王妃」/1回(デュトワ&N響2017.12)

第86番/1回(ノット&東響2017.10)

第88番「V字」/1回(鈴木秀美&神奈川フィル2014.7)

第94番「驚愕」/3回(川瀬賢太郎&神奈川フィル2017.7)

第98番/1回(鈴木秀美&N響2021.9)

第101番「時計」/1回(鈴木優人&神奈川フィル2017.4)

第102番/2回(パーヴォ&N響2018.9)

協奏交響曲 変ロ長調/1回(ノット&東響2021.12)

※「軍隊」「太鼓連打」「ロンドン」等が機会無し。

 

■モーツァルト

第22~30番(25番を除く)/各1回(三ツ橋敬子&東フィル2015.3)

第25番/3回(井上道義&東響2022.3)

第29番/1回(井上道義&東響2022.3)

第31番「パリ」/1回(スダーン&東響2023.10)

第32番/1回(太田弦&東響2021.5)

第35番「ハフナー」/5回(オノフリ&OEK2017.1)

第36番「リンツ」/2回(阪哲朗&山響2019.6)

第39番/5回(ノット&東響2017.10)

第40番/2回(カンブルラン&読響2017.1)

第41番「ジュピター」/6回(ムーティ&東京春祭オケ2021.4)

※「ハフナー」好きが数字にも表れている。

 

■ベートーヴェン

第1番/3回(佐藤俊介&東響2023.3)

第2番/7回(山田和樹&OEK2016.9)

第3番「英雄」/6回(ノット&東響2017.12)

第4番/6回(沖澤のどか&京響2023.9)

第5番「運命」/7回(ノット&東響2015.7)

第6番「田園」/7回(ウェルザー=メスト&クリーヴランド管2018.6)

第7番/5回(ブロムシュテット&N響2018.4)

第8番/7回(ノット&東響2017.5)

第9番「合唱付き」/13回(ヤノフスキ&N響2018.12)

※2番はピアノ三重奏版、7番と8番は弦楽五重奏版を含む。

※第九は別格として1番が手薄。7番も思ったより少ない。

 

■シューベルト

第2番/2回(ギルバート&都響2018.7)

第3番/2回(メータ&バイエルン放送響2018.11)

第4番「悲劇的」/1回(鈴木雅明&N響2020.10)

第5番/3回(山田和樹&横浜シンフォニエッタ2015.1)

第7番「未完成」/2回(井上道義&OEK2017.7)

第8番「ザ・グレート」/7回(パーヴォ&N響2017.7)

※「未完成」はテレビではもっと聴いているのだが…。


■ベルリオーズ

幻想交響曲/9回(スダーン&東響2021.9)

※ほぼ年1ペースで聴けてハズレも少ない名曲。


■メンデルスゾーン

弦楽のための交響曲第8番/1回(佐藤俊介&東響2023.3)

第1番/1回(鈴木優人&読響2016.6)

第2番「賛歌」/4回(ピノック&紀尾井H室内管2023.9)

第3番「スコットランド」/4回(準・メルクル&新日フィル2016.4)

第4番「イタリア」/2回(サンティ&N響2014.11)

第5番「宗教改革」/1回(鈴木優人&東響2023.8)

※弦楽のための交響曲第8番は管弦楽版。

※この5年で「賛歌」を4回も聴けるとは…!

 

■シューマン

第1番「春」/1回(スダーン&東響2023.12)

第2番/3回(ノット&東響2016.12)

第3番「ライン」/2回(リープライヒ&日フィル2024.3)

第4番/3回(ヴァイグレ&読響2016.8)

※演奏機会の割に、鑑賞回数の少なさは否めない。

 

■ブルックナー

第1番/2回(ノット&東響2023.10)

第2番/3回(パーヴォ&N響2016.9)

第3番「ワーグナー」/4回(バレンボイム&SKB2016.2)

第4番「ロマンティック」/4回(ノット&東響2021.10)

第5番/6回(ウェルザー=メスト&ウィーン・フィル2018.11)

第6番/2回(バレンボイム&SKB2016.2)

第7番/4回(ハイティンク&ロンドン響2015.9)

第8番/7回(スクロヴァチェフスキ&読響2016.1)

第9番/4回(バレンボイム&SKB2016.2)

※7番は室内楽版を含む。

※10年でこの回数ではブルオタとは言えないだろう。

 

■ブラームス

第1番/8回(エリシュカ&札響2017.3)

第2番/7回(バーメルト&札響2019.1)

第3番/2回(ブロムシュテット&N響2019.11)

第4番/4回(エッシェンバッハ&N響2017.10)

※最初の5年で最多の6回聴いた1番が伸び悩む。

 

■サン=サーンス

第3番「オルガン付き」/3回(デュトワ&N響2015.12)

※もっと聴いているようで、それほど聴いていない曲。

 

■ビゼー

交響曲ハ長調/1回(ネルソン&紀尾井H室内管2017.6)

交響曲「ローマ」/1回(ミンコフスキ&都響2014.8)

※「ローマ」を聴けたのは今思えば貴重。

 

■チャイコフスキー

第1番「冬の日の幻想」/1回(エラス・カサド&N響2019.12)

第3番「ポーランド」/1回(ノット&東響2023.7)

第4番/8回(ウルバンスキ&東響2016.5)

第5番/8回(バッティストーニ&東フィル2015.4)

第6番「悲愴」/7回(ゲルギエフ&ウィーン・フィル2020.11)

マンフレッド交響曲/2回(スダーン&東響2019.6)

※欠番の2番も今年のサマーミューザで聴けそう。

 

■ドヴォルザーク

第6番/2回(エリシュカ&大フィル2017.10)

第8番/5回(ヴァイグレ&読響2016.8)

第9番「新世界より」/6回(スダーン&東響2017.11)

※7番を一度も聴けなかったのが残念。

 

■エルガー

第1番/2回(アシュケナージ&N響2014.6)

第2番/3回(ラトル&ロンドン響2022.10)

※長らく苦手だったが、ようやく2番の魅力に開眼。


■マーラー

第1番「巨人」/8回(ノット&東響2021.5)

第2番「復活」/3回(パーヴォ&N響2015.10)

第3番/7回(パーヴォ&N響2016.10)

第4番/10回(パーヴォ&N響2018.9)

第5番/8回(Kペトレンコ&バイエルン国立管2017.9)

第6番「悲劇的」/9回(サロネン&フィルハーモニア管2017.5)

第7番「夜の歌」/6回(大野和士&都響2023.4)

第8番「千人」/5回(ノット&東響2014.12)

第9番/5回(ヤンソンス&バイエルン放送響2016.11)

第10番/2回(インバル&都響2024.2)

第10番(アダージョ)/2回(ノット&東響2018.4)

※第10番は室内オーケストラ版、第10番アダージョは弦楽オーケストラ版を含む。

※10年間機会無しの「大地の歌」は来月聴く予定。

 

■リヒャルト・シュトラウス

家庭交響曲/1回(飯森範親&東響2020.11)

アルプス交響曲/1回(ギルバート&都響2023.7)

※最近ようやくアルペン・デビューした初心者です。

 

■シベリウス

第1番/4回(ヴェデルニコフ&東響2017.9)

第2番/6回(マケラ&オスロ・フィル2023.10)

第3番/1回(リントゥ&新日フィル2015.10)

第4番/3回(高関健&シティ・フィル2022.9)

第5番/6回(ヴァンスカ&読響2015.12)

第6番/3回(ヴァンスカ&読響2023.10)

第7番/4回(原田慶太楼&東響2024.3)

※そろそろどこかで3番をやってくれないかな…。

 

■ニールセン

第2番「4つの気質」/1回(パーヴォ&N響2019.6)

第3番「広がりの交響曲」/2回(ブロムシュテット&N響2022.10)

第4番「不滅」/2回(山田和樹&読響2021.3)

第5番/3回(ダウスゴー&新日フィル2016.1)

第6番「素朴な交響曲」/1回(高関健&シティ・フィル2018・5)

※やはり最後に1番が残りました。

 

■グラズノフ

第5番/1回(ラザレフ&日フィル2016.11)

第7番「田園」/1回(ラザレフ&日フィル2021.4)

第8番/1回(ラザレフ&日フィル2018.11)

※今後も聴けるかはラザレフ先生次第。

 

■スクリャービン

第4番「法悦の詩」/2回(大野和士&都響2016.6)

※たまに食べたくなる珍味的存在?

 

■ヴォーン・ウィリアムズ

第1番「海の交響曲」/1回(原田慶太楼&東響2021.9)

第3番「田園交響曲」/2回(藤岡幸夫&シティ・フィル2015.11)

第5番/1回(スラットキン&N響2022.11)

第6番/1回(下野竜也&日フィル2022.12)

第7番「南極交響曲」/1回(ブラビンズ&都響2017.5)

※ミステリアスな後期の交響曲をもっと聴いてみたい。

 

■ラフマニノフ

第2番/4回(ネルソンス&ボストン響2017.11)

第3番/2回(パーヴォ&N響2016.10)

※3番の方が好きなんだが、演奏されるのは2番ばかり…。

 

■フランツ・シュミット

第4番/2回(ヴァイグレ&読響2021.6)

※もっと人気が出てほしい実力派シンフォニスト。

 

■ストラヴィンスキー

詩篇交響曲/2回(ヴェデルニコフ&東響2017.9)

3楽章の交響曲/1回(パーヴォ&N響2018.5)

ハ調の交響曲/1回(ノット&東響2020.7)

※ストラヴィンスキーを聴くなら交響曲以外がいいかな…。

 

■プロコフィエフ

第1番「古典」/3回(ロウヴァリ&東響2014.10)

第4番/1回(ブランギエ&東響2019.9)

第5番/2回(ショハキモフ&東響2022.9)

第7番「青春」/1回(ソヒエフ&N響2017.11)

※プロコってなかなか体系的に味わうのが難しいと思う。

 

■オネゲル

第2番/2回(尾高忠明&読響2020.9)

※トランペットのポツンは一度見たら忘れがたい。

 

■ウォルトン

第1番/4回(尾高忠明&新日フィル2017.9)

第2番/1回(山田和樹&日フィル2023.9)

※1番はそこそこ演奏機会に恵まれていて何より。

 

■ショスタコーヴィチ

第1番/1回(井上道義&N響2020.12)

第4番/5回(ラザレフ&日フィル2014.10)

第5番/8回(井上道義&読響2022.2)

第6番/1回(井上道義&東響2021.3)

第7番「レニングラード」/4回(ウルバンスキ&東響2014.10)

第8番/2回(ラザレフ&日フィル2015.6)

第9番/5回(ラザレフ&日フィル2015.10)

第10番/6回(テミルカーノフ&読響2015.6)

第11番「1905年」/1回(ラザレフ&日フィル2015.3)

第12番「1917年」/1回(ラザレフ&日フィル2018.11)

第13番「バビ・ヤール」/2回(テミルカーノフ&読響2019.10)

第14番/1回(井上道義&神奈川フィル2020.2)

第15番/4回(ノット&東響2015.11)

※猛将ラザレフの独壇場だったが井上ミッキーが気を吐く。

 

■諸井三郎

第2番/1回(野平一郎&ニッポニカ2022.12)

第3番/1回(山田和樹&読響2022.3)

※日本人作曲家による交響曲で最も魅力を感じるのが3番。

 

■伊福部昭

シンフォニア・タプカーラ/4回(阿部加奈子&ニッポニカ2014.5)

ピアノと管弦楽のための協奏風交響曲/1回(下野竜也&シティ・フィル2021.7)

※10年で4回聴ける日本人作曲家の交響曲はなかなか無い。

 

■バーンスタイン

第2番「不安の時代」/1回(ラトル&ロンドン響2018.9)

第3番「カディッシュ」/1回(インバル&都響2024.2)

※もう一度聴きたいのは「不安の時代」の方かな。

 

■芥川也寸志

第1番/1回(藤岡幸夫&シティ・フィル2019.8)

交響三章/1回(湯浅卓雄&新交響楽団2020.10)

エローラ交響曲/1回(鈴木秀美&ニッポニカ2022.7)

※第1番は和製プロコフィエフの面目躍如たる快作。

 

★1回のみ聴いた作曲家の作品

フランク、ショーソン、ハンス・ロット1番、カリンニコフ1番、チェレプニン1番、シェーンベルク室内交響曲1番、ミャスコフスキー21番、シマノフスキ4番、カゼッラ3番、ポポーフ1番、大澤壽人1番、メシアン「トゥランガリラ交響曲」、バーバー1番、安部幸明2番、ルトスワフスキ4番、ヴァインベルク12番、矢代秋雄、ペンデレツキ2番、水野修孝4番、ペルト3番、ファジル・サイ1番、菅野祐悟2番

 

ベートーヴェン9番が頭ひとつ抜けた13回で期間中最多。次いでマーラー4番が10回、ベルリオーズ幻想とマーラー6番が9回。8回聴いたのは6作品あって、ブラームス1番、チャイコフスキー4番と5番、マーラー1番と5番、ショスタコーヴィチ5番。逆に、演奏機会の割に少ないと思うのは、モーツァルト40番、シューベルト「未完成」、メンデルスゾーン「イタリア」の2回だろうか。「復活」の3回もマーラーにしては少ない。

 

こうして書き出してみると、未聴の欠番が気になる。チャイコフスキー2番はもうすぐ聴けそうだが、ニールセン1番は当分難しいだろう。ショスタコの2番と3番もハードルは高そう。ブルックナーも0番と00番が難関。9曲あるヴォーン・ウィリアムズが案外コンプリートに近いかも…?

🔳東京交響楽団 第718回定期演奏会(3/30サントリーホール)

 

[指揮]原田慶太楼

[ピアノ]オルガ・カーン*

 

藤倉 大/Wavering World

シベリウス/交響曲第7番 ハ長調

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番 ハ短調*

(以下アンコール)

プロコフィエフ/4つの練習曲より 第4番*

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番より 第3楽章フィナーレ*

 

1曲目の藤倉作品は、シベリウス7番と併せて演奏できる曲を、という依頼に応えたもの。編成はシベ7よりも大きく、シベ7には出てこない管・打楽器も多数使用されている。自作解説によれば、フィンランド神話とのつながりで、日本神話の「天地分離のイメージ」に想を得たとのこと。清水首席のティンパニが大活躍する16分ほどの曲で、シベリウスとの関連を意識して聴いてみたものの、個人的には今ひとつピンと来なかった。

 

そしてシベリウス7番。東響のサントリー定期の会員を四半世紀以上続けているけれど、秋山-スダーン-ノット時代を通じて、このオケはほとんどシベリウスをやらない。ようやくノット監督が採り上げた2021年7月の第5番が案外嵌っていなかったのも記憶に新しい。しかしこの日の第7番は、これまでのシベリウス不足を払拭するが如き快演。正指揮者の任期を2026年まで延長した原田氏だが、ほかの交響曲もぜひ振ってほしい。

 

何よりも音楽がしなやかで若々しい。変にストイックなところが無く、息遣いが自然で、これが最後の交響曲なのに、これから新しい季節が始まるかのような清々しい風が吹く。この曲の終盤、高音の弦がヒリヒリと響く部分を聴くたびに、蒼穹の奥処に吸い込まれそうな恐怖に似た感覚を覚えるのだが、この日はその部分さえも優しく、柔らかな陽光に包まれているように感じられる。峻厳さとはまた別の、ハ長調の終止が沁みる。

 

これがトリでもよかったが、当夜は後半にコンチェルト。ソロを弾くオルガ・カーンは初めて聴くピアニストだが、冒頭の鐘の音からくすんだ響きと打鍵の遅さが只者ではない。以降もかなりテンポを揺らし、原田さんの視線もほぼソリストに釘付けで、これではオケが引っ張られ過ぎではないかと心配になる。

 

ようやくオケの自主性が出てきた第2楽章も束の間、第3楽章はさらにクセの強い演奏で、アクロバチックな急加速とスローダウンの連続に思わず笑ってしまうほど。耳タコのこの曲をここまでスリリングに振り切ってしまうとは! 前半の藤倉&シベリウスが吹っ飛ぶ爆演で、なるほどこの曲順で正解だったと納得。アンコールにフィナーレをリピートする大サービスで、今シーズンの最後に素敵なサプライズが待っていた。

 

翌日、ニコ響の見逃し配信でもう一度聴いたが、やっぱりすごい演奏。カーンさん、笑いながら弾いたり、表情も豊かで目が離せません…。

🔳都響メンバーによる室内楽 ヴィオラ・アンサンブル(3/28東京文化会館小ホール)

 

[ヴィオラ]店村眞積、鈴木 学、篠﨑友美、石田紗樹、村田恵子、小島綾子、デイヴィッド・メイソン、冨永悠紀子、萩谷金太郎、林 康夫、樋口雅世

 

モーツァルト(對馬時男編)/歌劇「魔笛」より(ヴィオラ四重奏版)[篠﨑・萩谷・村田・林]

ボウエン/4つのヴィオラのためのファンタジー ホ短調 作品41-1[鈴木・村田・樋口・メイソン]

A.ロッラ/ディヴェルティメント[店村・石田・冨永・小島・萩谷]

野平一郎/4つのヴィオラのためのシャコンヌ[全員]

(アンコール)J.シュトラウス2世/ポルカ「雷鳴と稲妻」[全員]

 

例年ならもう満開でもおかしくない桜の便りは随分遅れているが(東京の開花宣言は翌29日)、今年も東京・春・音楽祭が始まっている。20周年を迎えたこの音楽祭、私が聴き始めたのは2015年からだから、約半分を見聞きしてきたことになる。これまで聴いた中で最も印象に残るのは、加藤昌則プロデュースの「ブリテン・シリーズ」、そして最も印象的な出演者はエリーザベト・レオンスカヤ。華やかなオペラ公演を尻目に、今年も小ホールの地味なプログラムを中心にいくつか聴くつもり。

 

この日は都響のヴィオラ・セクション11人によるアンサンブルで、休憩無し・約70分のプログラム。まずモーツァルト「魔笛」から、序曲やアリアの一部を抜粋しヴィオラ四重奏版に仕立てたもの。「私は鳥刺し」ではパンフルートが一瞬だけ聞こえる演出も。続くヨーク・ボウエン(1884-1961)「ファンタジー」が当夜の聴きもの。4つのヴィオラのためのオリジナル作品で、十数分ほどの短編ながら、「浄夜」を思わせる濃密な情感がドラマチックに香り立つ。

 

次のアレッサンドロ・ロッラ(1757-1841)「ディヴェルティメント」は5人での演奏。4人のアンサンブルに支えられ、店村氏が存在感たっぷりのソロを披露する。先日マーラー10番でオケのラスト出演を果たした店村氏だが、この日はヴィオラ・セクションだけの卒業式のよう。最後に野平一郎編曲版のバッハ「シャコンヌ」。「4つのヴィオラのための」とあるが、11人全員による合奏。4つの声部の絡み合いと、各声部内で同調する響きが交錯し、最後に単音のユニゾンに帰結するアンサンブルの妙。

 

どの曲も、ヴァイオリンのみで演奏したらいささか腰が高すぎるし、逆にチェロのみだったら腰が重くなるだろうから、ヴィオラというのはつくづくアンサンブル楽器なのだな…と思う。アンコールも全員演奏で「雷鳴と稲妻」。弓の動きが1つ1つ違っているように見えたけれど、この特殊編成のために編曲したのだろうか? ともあれこのアイデア、すこぶる愉しい。

🔳日本フィルハーモニー交響楽団 第758回東京定期演奏会(3/23サントリーホール)

 

[指揮]アレクサンダー・リープライヒ

[ヴァイオリン]辻 彩奈*

 

三善 晃/魁響の譜

シマノフスキ/ヴァイオリン協奏曲第1番*

シューマン/交響曲第3番 変ホ長調「ライン」

 

アレクサンダー・リープライヒは初めて聴く指揮者。プロフィールを見ると日本のほか韓国、台湾、シンガポール等、アジア各国で振っているようだ。現在のポストはプラハ放送響首席指揮者、バレンシア管首席指揮者兼芸術監督。1曲目の三善作品はマニアックな選曲だが、これは日フィルからの提案とのこと。

 

お目当ては2曲目のシマノフスキ。この曲の実演は、イザベル・ファウスト(N響)と弓新(東響)で聴いた2021年以来。その時かなり聴き込んだので、細部は忘れても大枠は刷り込まれている。初挑戦のレパートリーだったという辻さんだが、全編艶やかな美音で、一筋縄ではいかない難曲にもかかわらず、技術的にも精神的にも余裕が感じられる。オケも含めさらに神秘的な妖しさが加われば…とも思うが、それは望み過ぎというものだろう。

 

後半のメインはシューマンの「ライン」。これはマエストロ意中の作品のようで、日フィルから滔々たる流れを引き出した好演。リープライヒはタクトを持たず、長い両腕をダイナミックに使って指揮する。その上着の裏地が真紅で、指揮台の上で躍動するたびに、翻った赤がちらちらと見える。それがいかにも嬉々として振っているようで印象的だった。

 

ところで「ライン」と言えば、先日最終回を迎えたドラマ「さよならマエストロ」でも重要な意味を持つ曲だった。このドラマ、始まった時は、1年前に放送されたばかりの「リバーサルオーケストラ」と設定が似すぎでは(存亡の危機に瀕した地方オケ、ヴァイオリンにトラウマのあるヒロイン等々)と思ったけれど、より人間ドラマに重点を置いた脚本で、これはこれで楽しめた。監修が広上淳一氏だけに、「ベートーヴェン先生」「シューマン先生」と「先生呼び」が頻出したのはご愛敬。

 

このドラマで最も印象に残ったのは、芦田愛菜と西島秀俊の父娘和解シーンもさることながら、指揮者見習いだった女子高生(當真あみ)が最終回で「皇帝円舞曲」を振ったシーン。晴見フィルが、ドイツに戻るマエストロの後を託す人材として、素人同然だった彼女を抜擢するのだが(コンマスも芦田愛菜に)、あぁこうして音楽は新しい世代に受け継がれてゆくんだな…ということを端的に表現した名場面で、何だかじーんときてしまった。

🔳オーケストラ・アンサンブル金沢 第40回東京定期公演(3/18サントリーホール)

 

[指揮]マルク・ミンコフスキ

 

ベートーヴェン/交響曲第6番 ヘ長調「田園」

ベートーヴェン/交響曲第5番 ハ短調「運命」

(アンコール)バッハ/アリア(管弦楽組曲第3番より)

 

2018年から2022年までオーケストラ・アンサンブル金沢の芸術監督を務め、現在は桂冠指揮者のミンコフスキ。就任当初から新幹線に乗って金沢へ聴きに行けたら…と思っていたけれど未だ果たせず、このコンビを聴くのは今回が初めて。コロナ禍に翻弄されたベートーヴェンの交響曲全曲シリーズが先日の「第九」で無事完結し、今回の東京公演はその特別編である。

 

弦は10-8-6-4-3の対向配置で、コントラバスは正面奥に位置するウィーン・フィル式。前半の「田園」、どんなユニークな演奏になるかと思いきや、至極真っ当な音楽作り。第3楽章の中間部などさすがの躍動感だし、最終楽章終盤では指揮棒で左腕をゴシゴシやって弦を煽り、かなり濃厚なクライマックスを築いていた。ただ、催眠術にかかったように何度も眠気が訪れ、最後まで集中できなかったのだが…。

 

ところで、メンバー表を見て知ったのだが、一時期東響にいたフルートの八木さんて今OEKなんですね。第2楽章終盤の小夜啼鳥や、最終楽章冒頭の虹の音階では、ひと味違うソロを聴かせてくれて思わず目が冴える。そしてコンマスのアビゲイル・ヤングの隣にいるのは、元東響の水谷さんじゃないですか(現・OEK客員コンサートマスター)。クラリネットの客演が元新日フィルの重松さんだったとは気付かなかった…。

 

後半の「運命」、登場したミンコフスキが客席に向かって軽く会釈し、振り向きざまに振り始める。これは速い! 弦に弓が着かずスピッカート気味になってるし、ホルンなんか音がよれちゃってる。再現部のオーボエのカデンツァは思い切りゆったりと吹かせ、その対比が実に鮮やか。続く第2楽章では腹式呼吸でたっぷりと歌うのだが、弦がわざと不揃いに聞こえる箇所があって、何故かブルックナーを思い出したりする。

 

スケールの大きい第3楽章。第4楽章は最初の主和音の3つはゆっくりで、直後から一気にスピードに乗る。バッティストーニ&東フィルの「運命」も速かったが、それに匹敵する高速テンポ。しかもこちらの方がずっしりと重い。バッテイがスポーツカーなら、ミンコフスキはダンプカー。目の前に現れる楽想を次々となぎ倒しながら、コーダに向かってひたすら突き進む。眠気も吹き飛ぶ豪快無比なパフォーマンスだった。

 

アンコール前のミンコフスキのスピーチは、例によって自席ではよく聞き取れなかったのだが、「マエストロ・セイジ・オザワ」と言っていたので、小澤さんへの追悼の意が込められていたようだ。小澤さんが振る「アリア」は太く濃い明朝体のようだったけれど、当夜のそれは、綾なす各声部がイタリック体のように繊細で、その違いもまた味わい深い。