Beyondの泣き笑いコミュニケーション日記のブログ
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■わが意を得たり!

■昨日、本を読んでいて、「ああそうか、」私が思ってた、人との付き合い、自己の成長とは、このことか!と一人喜んでいた。


完全なる経営 心理学者で、経営的な議論もしている、A.マズロー(欲求の5段階説で有名)の本 完全なる経営 に以下のような一説が。P273 ・・・面白いことに、耳に痛いフィードバックが行えるようになると、フィードバックの与え手と受け手の双方の愛情が増すのである。遠慮の無いフィードバックを受けたものはしばらくの間傷つくかもしれない。だが、結果的にはそのフィードバックに助けられ、感謝せざるにはいられなくなるのだ。 相手が私のことを、激しいフィードバックを与えてもたえらるだけの強さと、能力と、客観性を備えた人間だと見えてくれているとすれば、それは私を尊重されているという何よりの証となる。

  (引用終わり)  率直な意見を言うことは、相手の尊重につながる。そして、振り返ってみれば感謝に変わっていく。 率直な意見(フィードバック)をもらえることは、自分が尊重されていること。私的に考えると、人と人が向かい合っていて、お互いが存在を認め合っている状態。  A.マズローは、この関係を親密な関係としているが、アメリカではほとんど存在しないとも言っている

  うわべだけの付き合い。面と向かってフィードバックしない。これが成長を止めていると。

  つらいけど、自分を表現して、相手に伝えること。そして、つらいけど、いやなフィードバックも受け取ること。伝えられたほうは、尊重されたと感謝できる考え方をもてる。

  フィードバックの交換が、切磋琢磨となって、人間が磨かれる。シビアだが世間で言われている、人は人で磨かれる。

  人と向かい合う事の大切さを表現してくれていた。 

今日は、なんとなくうれしい一日の始まりです。

■よかったね、より、うれしい

■「できてよかっね。」「君はすばらしい」・・・ほめられているけど、なんとなく残る違和感。「うれしいよ」・・・ほめれてはいないけど、ジーンと来る暖かさを感じる。 何が違うのか? 私は人から、気持ちは分かるけど、なにがとっつきにくさを感じるって言われた。その人が言うのには、表現を聞いていると、「よかった」「スゴイ」・・・が多いんだよね。 評価されいる気持ちになるし、君が離れていく。

がーん。

そんな気持ちは無いのに。いや、本当は合ったのかもしれない。自分を合えて客観的においておき、(ある意味、自分は安全圏においておいて)、他人を評価の目で見る考え方があったのだと思う。 人は、感性がある。敏感な人ほど、相手の行動を感じて反応する。 この方の違和感も、感受性の高い人が、正確に自分を表現してくれた。出してくれた勇気が嬉しい。

■自分では気がつかなかったが、私は、自分が評価され、うまくいくことを考える癖がある。あると思う。そして、人と本当の意味で係わり合いを避けて、合理化して付き合っていく、そんなところがある。いや、合理化して付き合うことが大切。自分を高みにおいて、自分は他人とは違うと考えるほうが良いとさえ思っていた。 どこかで覚えた思考・行動体系である。 そして、この「自分を高みに置く」「うまくいくことを考える」ことは、人との本当の意味での関わり合いを避け、(場合によっては人を利用して、)結果のみを考えることになっていく。  そして結果のみを追う習慣が、よかったね という言葉が私の中で生まれる。

 よかったね という言葉が生まれる時、同時に、結果を得るための過程で生まれた気持ちは存在していない。  常に意識は結果を追い求め、「あした・あそこ」「意識ここにあらず」という状態が生まれている。   今やっていることは、なくなればもっと良い。それで結果を得られるならば。  結果を得る過程において、自分が関わり、過程を味わっていくことは気にしていなかった。いや、もっと言うと、過程を味わうことは意味の無いことだったと思っていた。

■過去の経験だが、面接で、合格すればよい。と考えると、合格するための手法を考えてしまう。それはそれで必要である。しかし、その組織が好きで、好きだからこそ、組織の社風も知りたくて、そして、憧れの組織の人たちにあえる。嬉しい。私のことも良く分かってもらって、お互いがOKであれば、一緒に働きたいと考えるのとでは、大きく違ってくる。後者は、面接は合格のための過程、後者は、面接も味わう場であり、楽しませる場になる。  その違いは、目に現れるという。作ったテクニックの目は、笑っていない。その場を楽しみ、相手と会えてよかったと思う気持ちあるとき、目は笑っているという。 経験が豊富な人は、この目の感じを敏感に受け取る。 意外に、訓練などで身に着けたこと、テクニックで処理をしようとしている時、相手はそのことを感じ取っているのかもしれない。私はあなたを見てないって事を。意識する、意識しないに関わらず。

■自己紹介書、会社・組織の案内を見て、これ会社・組織名を変えても分からない、写真と名前を変えればどこでも通用するなって思う表現が多い。  合理的かもしれないが、自分も相手も大切にしていないって思う。 私は、今、ここを大切にして、人と関わり続けるほうが性格にあっていると感じる。そのほうが楽。  過程を味わうのも結構楽しい。

■とはいえ、思いだけでは物事は進まない。 人の器(人間関係構築×計画力)×願望×弱者の戦略、このバランスだけは忘れないように。 どれひとつ抜けてもつらいです。 ま、人それぞれ、人生は一回。お好きなように。それがいいです。

■笑顔ができるまで

■他人のことは分からない。分かるのは、自分の内面と、相手のことば、表情などの表現されていること。このことに気が付いた。つまり、他人の気持ちを考えても推測になるし、そんなことは当たらないということ。当たっても、それは相手の人の一部であって、たまたまと思ったほうがいいかもしれない。

 このことに気が付いたとき、あることを思い出した。 ある人が、「わたしの言っていることって伝わらないな・・」って言われていた。私には答えが無かった。私はあなたではない。(きつい言葉~~~。言ってないですよ。自己フォロー)思いあぐねて、「私の気持ちを表現してもいいですか?」と申し上げて、自分がいやだと思った気持ち、そして、私が、自分自身の中で起きた反応。自分にとってもいやなことだったけど、出来るだけ丁寧に説明した。これが人と関わることかと思って。

 自分を表現する。そこには、相手から拒否される恐れも受け入れることにもなる。 自分のネガティブな感情を押し殺さずに、自分を丁寧に見て表現してみた。時間が掛るし、言葉も少なくなり、外への感心が薄まる。言葉に敏感になっている自分がいた。 感覚が鋭くなる。つらいが、いやな気分ではない。探検している感じがした。  「そうか。」相手の方は、その一言だった。いつもは、何か言うと、すぐ乗ってくる人なのに、反応する人なのに。目が、すこし腫れていた。 私は、何か分からないけど、「ホッと」とた。そして、次に少し涙が出てきた。「うれしい」が正直な気持ちだった。

あとから、「何もいえなかった。体で感じた。忘れることは無い。うれしかった」と言われた。

 あとで、別の人から、表情豊かだったねと言われた。「そうなんだ」って思った。


人間関係づくりトレーニング

■表情硬いね、といわれるときって、もしかすると、自分作ろうとしている時なのかもしれない。こうしなければいけない、笑顔が大切。もちろん笑顔があることは本当にすばらしい。しかし、その一方で、笑顔であることを強制しているとき。自分は自分では無い。 自分が自分の感情をコントロールするとき、感性が失われていく。感受性が下がっていく。感受性が下がると、説明的になり、臨場感は無くなる。面白くない、記憶に残らないとなる。頭で聞いているからね。 相手を大切にすること、それは、自分を大切にして、自分自身を感じることなのかもしれない。面接などで、ここ一番であっても、自分を感じて味わい、表現できることが大切なのも知れない。そして、自分が表現できたとき、相手に自分らしさが相手に伝わるのかもしれない。

■自分自身になれ。これは、心理学者であり、経営学者でもあった、A.マズローの言葉。私の好きな言葉。
完全なる経営

経営においても、経営者自信が自分自身になって、会社という組織の中で、人と人が関係し成長していく過程を作せると、すばらしい業績が生まれるという。

 そのベースには信頼。人間関係性をお互いが感じ取り、理解できた上での行動が必要だという。

■といいながら、思い出すのは、九州宅配寿司NO1の蔀社長インタークロス栢野 さんの言葉。経営は器、願望、戦略。私の考えは、いろいろな人から聞いた話。そしてやってみた感想。それだけ。口先ですね。自己満足。 ■人はそれぞれ、自分の道を進めばいい。正解はない。いま、ここにいる事実があるだけ。意味づけは、ご自由に。

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