■自分は不器用だった!
■昨日は、大切な人との出合い。気がついてみると、5時間も話をしていた。お店の開店近くから入って、どんどん話をしていて、お店 の方が、「ラストオーダーです」って言われて、初めて「こんな時間か?」って気がつく。 時間の経過を感じない、まったく疲れない時間をすごしていました。
この時間と空間が、感性が合う人との場?と実感できて、大きな喜びと発見。人生の出会いで、こんなこともあるんだと、人生に感謝です。今日、今になっても、味わっております。 自分の気持ちを大切にして、出会ってくれたSさん、ありがとうございます。私はたくさんの事を得ていました。 もともと私は不器用な性格。このことがよくわかりました。(笑)
■2日前に、教えてもらってはじめて知ったことがある。 ビジネスは、相手に自分の意見が伝わり、相手が行動すること。これが求められる。しかし、一般生活で必要なことは、自分の思い、感じを表現し、伝えること。別名アサーション とも言われるが、ビジネスと、一般生活ではまったく求めていることが違うということ。
知らなかった・・・・・ 知っているか、知らないかで大きく違うこの事実。 器用に生きろ、割り切って生きろといわれて育ってきた。実社会ではとても必要なことである。しかし、このことは前提として、自分のことはきちんと表現できることという前提があったということ。
もっとも、知っていても、割りきりが悪く、私は、不器用なので結果は変わっていないように思えるけど。
一般生活の「表現することが出来ればいい」ということの前提も無く、ビジネスの相手が動くことまでが伝えること、として教え込まれていた自分を発見した。一種の洗脳状態。ミッションを受けて、人を動かすことがすべての考えたに支配されていた自分を発見した。
割り切って生きること、器用に生きることが出来てしまう人がいる。そのような人は、目的がこうなんだから、その目的に合わせて、自分を合わせていけばいい考え、行動できる。 それが出来る人は、その生き方がいい。それが合っている。しかし、私は元も不器用だし、なかなか割り切れない。目的に合わせて自分を変えていることもつらい。とすれば、自分に合った目標、目的にするほうが楽。実現も出来そう。ワクワクしてくる。世間の考えとはずれてくるけど。 相容れないところもある。しかし、それでいい。もともと違うので、相容れない。人間社会だから、必要に応じて付き合うことは必要だが、相容れない部分は持っていることが当然。
すべての人に相容れられると思うこと自体が不可能なことである。諦めること。自分に出来ないこと、苦手なことは、苦手だと知って、出来る人を探すこと。 できれば、自分の感性合った人に囲まれるほうがいいね。
■それにしても、このようにブログ書けるのは、今まで出会った人のおかげ。私に実力があるわけでもなんでもない。私は、他人の知識を体験して伝えているだけ。でも、これでいい。自己満足の世界。
■伝えることより、表現すること
■人に伝えることが大切だと言われる。相手が行動するまで考えてしまう。「君の話は、伝わっていないよ。彼が行動していないから。」確かに、効率性、チームをどんどんリードしていくという考え方からは正しい。
経済性を重視した、結果主義でもある。手法はいろいろあるし、目に見える結果を目指して目標を決めることも必要である。
■一方で、人と関わる気持ちからは、関わり続けること。結果よりも、やっていることに責任を持って行動することって大切だなって感じる。 自分が何をしたいのか?相手の行動で、自分はどのように思ったか?自分の感情の変化、気持ちを出来るだけ丁寧に感じ取り、出来るだけ正確に言葉として表現すること。
自己表現といってしまえばそれまでだが、伝わる前に表現することが大切。つたなくてもいい、伝えようとして、発した行動は尊い。恐怖を超えて、結果を恐れず行動している。これは技術で出来ることではない。
伝わるかどうかは、相手の感性による部分もある。相手で決まる部分がある。結果は分からない。伝わることが前提になってくると、「伝える」事ばかりに焦点が当たってしまう。 もともと、意見も違うのが人、お互い。その中で、伝えて分かり合えることが強調されてしまう。相手のことは分からないけど、自分の気持ちを正確に発信することよりも、伝わることが大切になってしまう。
そして、伝えること、予定調和を作る技術が強化され、どんどんと自分を忘れていく。そのほうが楽だから。 ま、人によって違うが、私は、この予定調和にどっぷりと浸され、感じることよりも考えること、自分を感じるより、相手を読むこと が大切という世界に支配さていた。
「よくやった」「すごい」など、評価に結びつきやすい言葉が多く、自分を外から見る癖がついていた。
■人から「あなたの前に私はいない」といわれて、初めて気がついた。(それからしばらく悩みましたが)「私には私が無い」。このことに気がついたとき、何か私の中で、氷解するものがあった。どーんと崩れる音、感覚がした。驚きはあるが、不快でではない。いや、どちらかといえば、快感。うれしい感じ。
やったーという感じ。
今までもっていた周り人との違和感が何であったのか?が解り始めた時でもあった。
人を物と思う人たち。感性でさえも、論理的に割り切ってこうすればいいと決めて行動している人たち。この人たちとの関係性の中で生じていた違和感であった。
■自分を感じられるようになることで、新たな発見があった。他人の感覚を感じるようになったことである。もちろん、間違いは多い。思い過ごしも多い。しかし、相手のことも想い、相手の反応を恐れず、関わり続けることの辛さ、怖さ、大切さ、楽しさを知った。
■考えることより、感じること。自分を、いま、ここ、から外に持っていかないこと。フロイトは、客体化が大切といったが、主体化の大切さを感じている。
■さわやかな自己表現
■コミュニケーションがうまい人とは、伝えることがうまい人という誤解を私はしていた。伝えること(もしくは伝わること)が大切なことだという先入観が合った。
もちろん、人は人との関係性で生活をしているので伝わることは大切なのだが、伝わることに重きを置きすぎていた。伝わることは、相手もいることなので、伝わるか伝わらないかは自分ではコントロールできない。そのことに気がついていなかった。(恥) そのことを教えてくれたのが、この本。
アサーション・トレーニング アサーション という言葉があって、経営的に使うと内部統制など難しい方向に行ってしまうのだが、コミュニケーションでも使われている。コミュニケーションで使われる場合は、自己表現ということになる。
ここで私が「うーーん」と感じたことは、自分に正直になること。自分の思い、感情を丁寧に意識して、できるだけ正直に表現すること。伝わることは結果であり、また、相手という不確実な要素があるので、大切なことであるが、囚われないようにすること。
仲良くすること、気に入られること、などが良いことなど先入観を持っていると伝わることを重視して、相手に迎合してしまう。 このとき、自分は後でよいという考え方に支配される。支配されると、後味が悪くなり、その後味の悪さをどこかに発散したくなる。それは支配するという行動に出てくる。
会社でストレスをためると、家庭でストレスの発散をする。家庭でもできないと、社会の場など、ストレスの発散を求めてしまう。
・・・・・
自分の思いを大切に。そして、言われた相手を思いやって発言する。しかし、相手のことは分からない。だから、うまくいかなかったときは、またコミュニケーションを続ける。
・・・ 「うまく行かなかったときは、またコミュニケーションをつづける」。
うーん。これは、人と係わることと恐れず、継続していくということ。
私はここができていなかった。しっくりいかない話のときって多かったから。 自分を大切に・相手も大切に・係わりつづけ、係わることを恐れない。もちろん、自分の限界はある。出来る範囲でいい。出来る範囲で、やってみると、変わってくる気がする。
自分の周りの空気が透明になり、明るくなりそう。 でも無理はしないこと。無理はつらいから。
■経営では、どうしても結果が求められる。たしかに結果がすべて。しかし、結果に囚われると忘れがちなものがある。伝わることに重点を置きすぎると、自分を見失うことにもつながる。 本当に大切なことは、身近にありながらも、隠されている。いや、気がついていない。
やり方はこうだと教えてくれるところは多い。戦略はこうだ・・・としかし、目標が無ければ、やりかた・戦略は要らない。やりたいこと、達成したいことも無いのに、こうすればよくなるといわれても、大体は間違えである。 世間では目標が無いことが良くないという考え方も多い。しかし、そんなに明確な目標があるほうが少ない。漠然としていて、夢と目標の違いも明確でないのが普通。実際私がそうであった。
また、人には個性がある。個性×目標→適切なやりかた・戦略となる。
となると、個性を無視した、やり方・戦略ってつらい。
■人と係わること、そしてケア をすること。この精神が必要なんですね。さわやかな自己表現で、すてきな環境を・・・ ホッとしながらも、希望がもてる言葉です。