今日の帰りの送迎にて。

「服が入った白いバックがない」持ってかれちゃったと落ち着かないおばあちゃん。

そんなバッグは持ってきていませんが、本人に納得していただくために他の利用者さんの同意を得てギリギリまで15分くらい探すふりをしました。

再三ないことを説明するも耳が遠く、なんとか後日届けますと伝え、家路についたのです。

しかしよほど納得いかなかったのか途中でシートベルトを外してぶつぶつ文句を言う始末。

ひやひやしましたが玄関につくと表情を取り繕って「安いものだで良いよ。明日もこの服を着るで」と笑顔で言ってくださったのです。

この瞬間玄関前で半土下座してしまいました。

耳が遠くいろいろと勘違いが多い方ですが、他人を許す器のでかさを見た気がしました。

長生きされているだけあります。

おばあちゃんが捉えている現実が勘違いだろうと、実際に抱いている感情は本物です。

本気には本気で返さなければと思った1日でした。




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相談員になってから同僚の先輩がたからいろいろと言われることがかなり増えました。

堀井くんももう敵だねぇ(笑)といった感じに。

まぁしゃーない。

立場が代わったら代わったなりにベストを尽くさなくてはいけないし。

ぐちぐち言われることは言われることで、僕はどうすればより良い介護が提供できるか考えてる。

相談員て他力本願。

全て自分でやるわけにはいかない。

介護士、看護師、栄養士らとの連携を用いてサービスを提供していく。

妥協はしたくない。

ただ、他力を使わねばサービスを実行できないので、周りのことももっと勉強しなければならない。

とりあえず色んな意見を収集できる相談員になりたい。

結局影で好き勝手言い放題なので連携も統一もない。

それでいちばん振り回されるのは利用者さん。僕らじゃない。

ぼくらはもっとぶつかるべきだ。


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みそっかすは最近ファンというものについて考えさせていただいている。


ライブの最中や終わるたびにファンのことばかり考えてしまって「パンチがない!」と以前からのお客さんにお叱りを受けたりしながら毎日考えてしまいます。


直前の日記でも書きましたが、「生きるのに必要」という次元までいったら僕としてはこんなに嬉しいことはないわけで。


少なくとも僕にとっては生きるのに必要なので、ライブではそういうことを伝えたくてライブをしています。(ここ数回は申し訳ありません・・・日々勉強です)


そういうことを遂に今日思い出せました。


僕らのファンの中にはわざわざ遠方から来てくださる方もいらっしゃり、


僕らのライブを観るために仕事を一生懸命取り組みはじめた人がいます。


最近仕事自体がかなり充実してきたのか忙しいようです。


その人が段々と変化していってるのがお会いするたびにわかります。


対して僕らはどうだ?と自問。僕ら自身も成長しなければ、と刺激をいただいております。


ギブアンドテイクと言ってしまえばそれまでですが、ギブアンドテイクそれ自体は正しいものなんかじゃなくお互いの存在証明のために必要なものなんだと思う。


アーティストとお客さんはただギブアンドテイクしたいだけじゃなくて、お互いにもらいあうことを通じてお互いの存在証明ができるから一つのライブハウスに集まるんだと。


そういうライブが出来れば、「生きるのに必要な音楽」を本当に演奏できる気がする。

ザッパの自伝が再びマイブームです。


高校時代にさらりと読んで以来ですが、いろいろ経験した後で読むといちいちずしりと面白く読める。


ザッパは著書の中で作曲やアメリカの大衆文化論にも触れていて、その中に考えさせられる一節を見つけてしまいました。


「人類が滅亡するきっかけの一つにノスタルジアがある」


という一節です。


なぜいきなり音楽から世界滅亡にまで行ってしまうのかはぶっ飛んでるザッパらしいですが、よく読むと現在の日本と被ってしまって考えさせられます。


過去にばかり目が行ってしまい結局進歩できず、現状維持という名目の衰退をしてしまうのがノスタルジアだとすると(この定義づけもかなり乱暴ですが)、


現在日本で大ヒットする音楽のほとんどが過去の歌のカバーやアンサーソングばかりであり、(AKB48もヒットしてますが)全くの新しい曲がほとんどチャートにあがらない現状はよろしくないということになります。


そりゃ過去にヒットした実績のある名曲ならばレコード会社的にも安定して売り上げを確保できるわけで、ましてやCDが売れない時代に受けるかどうかわからないものにお金はかけられません。


自然過去の曲を耳にする機会が増え、ノスタルジアに浸り、現状維持という名の衰退をはじめるのです。(かなり乱暴な説ですがね)


しかし現状維持は衰退の第一歩というところは正しい。


ノスタルジアを終わらせるには作曲家はもっと名曲を作って鳴らさなければならないし、そしてそれは生きるのに必要なものであるべきだと思う。


この「生きるのに必要」というのも様々な訴え方がある。


「頑張ろうぜ!」とか熱血なタイプ。


シニカルで飄々とやってくアティチュードを体現しているタイプ。


とにかくアッパーでみんなで盛り上がろうぜ!と訴えるタイプ。


切なさ全開で共感を求めるタイプ。


それぞれにあった作曲者とリスナーがいるし、その表現力や訴える力が強いほど影響力も強まる。


みそっかすはきっと人によって感じ方は違うと思う。


頑張ろうぜ!と歌うことも、切なさ全開な雰囲気もだそうとはしない、否、出すことを避けている。


自分達としてはシニカルなつもりだ。いくらテンポが速い曲を演奏しても根っこがパーティー野郎ではないから。


でも、パーティーで器用に立ち回れないけども人生楽しみたい人間は確実に存在する。


なぜなら僕がそうだからだ。


シニカルなやつがこっそりテンションを解放させるバンドという捉え方はみそっかすの一つの側面を表現していると思う。

久しぶりに24時間家にいました。


結局本を読んでぐっすりと寝てギターをぽろぽろ。


レスポール難しい。


いい音がなんなのかわからなくなってきて迷宮入りしそうです。


サブのストラトはパンチに欠けるけれども色んなバッキングに対応してくれます。ただ、そこまでいい音ではありませんが。


それでも馴染むのってある意味キャラが立ってます。


レスポールはパンチ効いてるのですがいまいち馴染まないんです。


でも、一番可能性を感じる一本です。


風呂を出たらまたもう一度挑戦してみようと思います。


こんな一日はほんといつ振りだろう。


テレポテとノーキャスを聴きながらのほほんとしておりました。


こんな瞬間大事。


明日からまた利用者さんに会える一日が始まります。


今日は骨休み的な感じで。

昨日は文化祭の出し物の職員バンドの練習でした。


往年の名曲はやっぱり曲の力が強い。


上を向いて歩こう


ふるさと


とか。


世代を超える名曲だと思う。


そして今日は一日完全オフ。こんな日はいつ振りでしょうか。


まぁどうせ明日から忙しい一日になるのは明白なので今日は休養させていただきます。


サブギターをメンテナンスしたらなかなか調子よさげです。


あと今日は本が読みたい。


親父から借りているフランクザッパの自伝がかなり面白い。


う○こをステージ上で食ったという伝説を否定したらがっかりされたなんてエピソードなんかザッパらしい。


オーケストラを使ったライブをしようとしたのに練習に巨額のお金を使いすぎて結局ライブが出来なかったエピソードなんかもネタになるのがザッパ。


まだ途中までしか読んでませんが、これだけ借金しながら音楽やり続ける度胸は僕にはない。


背負うものがあるのに真面目にくだらないことができるところが常人ばなれした器の持ち主だと思います。


大半の人間がそんな借金背負ってたら売れ線に走りそうなものなのに。借金なくても売れ線に走りたがりますもの。


人間としてもザッパのファンです。

学生時代に岡本太郎の本を読んでから積み減らしについてひたすら考えている。

いつでもまっさらな状態でいることは本当に難しい。

なぜいつでもまっさらでいる必要があるのかというと、ふとしたときにでるのが本性だと思うから。

今日途中で文化祭の出し物の練習抜けてしまったのも見られてるんだろうなぁ・・・

いや、そこよりも見られているところがあるはず。

もっと鍛えねばならないですね。

そういうプレッシャーも利用したいですね。

明日は違う出し物の練習。楽しみ。



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寒い。マフラーがあってほんとによかった。

朝、送ってきたおじいちゃんに「一緒に乗ってきた人といろいろ話をしたけどややこしくて嫌だ。けど近所の人だろうし嫌われたくない」と言われた。

一緒に乗ってきたのは僕だが、おじいちゃんは認知症なのでそこは忘れている。

そんな気持ちはなかったのだがややこしい話に感じさせてしまい申し訳ありませんでした。

認知症の方は周りに気をつかっているから余計ストレスも溜まるのです。

でなければさっきの「嫌われたくない」なんて発言は出ません。

おじいちゃんをスカっとさせてあげたい。否、全員スカッとさせる。明日の目標できた。

スカッとさせるといえば昨日ひさしぶりに2年前のライブ音源を引っ張り出して聴いてみた。

幻のオープニングナンバー「ダメ人間」なんて一曲目にやってるし、当時はるきちは乳首にガムテープを貼っていた。

その音源がスカッとする。

悔しいが今のライブ音源より良い。

唯一当時よりも上手くなった部分はあるが(はるきちのギターとボーカル、ドランキーの手数)、

一体感と雰囲気は完全にこっちのほうが上だ。

悔しいが、今はこの音源から学んでいる。

とっといて良かった。

あの頃の気持ちはきっと戻ってこない。

だからライブというリアルタイムでの表現方法があるのだろう。

現在形の僕ら自身が新たなモチベーションを見つけなければ。

でも、それはきっと昔手にしていたのと同じものだと予想している。



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書きます。ライブレポ。対バンさんの分だけ。僕らはスコンスコンだったことにしといてください。


ビレッジマンズストア

ロックンロールバンドには3コードごり押しバンドが溢れかえっている。確かにそれはかっこいいのだが、よほど突き抜けたものがないと食傷気味になってしまう。

その点ビレッジはラテン的なマイナー調を多用し展開も多彩。この点がほかのロックンロールバンドとは違う。

そして演奏が上手い。自主企画には毎回呼んでるしこれからもよびたい。

学生時代にオーディオリーフで聴いて絶望するくらい格上のバンドだなぁと、まさか一緒にやるとは予想できなかったバンドであるので、ほんとに特別な思い入れがある。

音源も恐ろしいクオリティだけど、ぜひライブで。


HERE

演奏がめちゃくちゃうまいしなりきってるし、本当にプロのステージでした。DVDがこれまためちゃくちゃクオリティ高くてはるきちハウスで鑑賞していました。

こんなコンセプトでワンマンを成功させるバンドは日本でもかなり少ない、というかやろうとすること自体がすごい。

大先輩に学ばせていただきました。これをぼくらも出したい。


all that jaz:

三年ぶりにバンドで対バン。今の僕の赤いレスポールはオザジャの穣さんから頂いたもの。

オールザットジャズと出会わなければみそっかすはきっと解散してたと思う。それくらい僕らにとって重要なバンド。

チューニングは僕もよくずれます笑

ファンがたくさんついててやっぱりなぁと思ったり。

やっぱりこのバンドは穣さんのギターの組み立て方やアプローチが好き。

耳触りのいい音域をチョイスしてキラキラ感を出したり展開を引っ張って行ってるのは穣さんのギターによる部分が大きいと個人的に思う。

穣さんのギター、好きなんです。


アルカラ

言葉は不要。ライブをみるべし。本物のバンド。

お世話になってるイベンターさんに「アルカラは一撃でガツンとくる。お前らはまだ弱い」とのお言葉をいただきましたが、アルカラは本当にすさまじい。

また対バンなのでさらにすごいバンドになります。僕ら。


※淑徳は見れたバンドだけで。すみません。


ロマンチップス

キラキラしててうまくてとてもよかった。これはかっさらっていくだろうな思ったら案の定かっさらっていた。大阪のバンドはレベルが高くてハズレなし!


カルマセーキ

コーラス神。ウタ物はやはりコーラス命。演奏もまとまっていて心地よかった。そしてめちゃくちゃキャッチーなよい人たち。大阪大好き!


テレポテ

やっとみれた!キラキラしてました。前にクジラでずんざ嬢が流していたのがずっと気になっていてようやく、です。

うまくてここちよくてドキドキできてカラフルでした。

CDもめっちゃよい!やっぱり名古屋の重要バンドです。


wol' of the art

変拍子というか3拍子の嵐で残響的で今のバンド!という感じがしました。以前だったらうまい子はメタルをひいていたけども今はピエール中野的なドラマーが多いのかも。

世界観が出ていてアーティスティックなライブでした。


東京カランコロン

激ウマ。面白い音楽。やっぱり有名なのには理由がありますね。本当に悔しかった。話はそれますが、そもそも対バンに左右されている時点で僕らはダメでした。はるきちの声云々じゃない。もっとカバーできたはずですもの。


awayokuba

4日のUPSETの最熱バンド。人柄もキャッチー!演奏激ウマ!ジャジィかつ適度に土臭くかっこいい。大阪バンドは本当にすごすぎて2月の大阪遠征はかなりやばそう。スコンスコンにされて大阪に鍛えられれば良いと思う。


グッピー研究生

イデオテックみたいな曲やられて速攻CD購入。こんなバンドがやりたい。一時期つぼいでやったけども。うらやましくなりました。完成度が高かったです。


toricot

これは売れます。ムーディーやシネマ世代といった感じ。ライブもパンチあったし。自主企画は凄いことになりそうです。ギターとドラムバリテク。スーパースターを集めた感じで正反対の僕らはただただライブをながめてました。


white ash

のび太さん歌うますぎる・・・。めちゃくちゃかっこいいですよ。のび太さんの歌声ですべてもってく感じ。曲はひたすらセンスがよくまとめられていて、だからこそボーカルが映えるし、ボーカルが持ってく。持ってけるボーカルですしね。時間なくてアンコールがなかったのが残念でした。


以上がライブレポ。簡単ですみません。やはり書かねば落ち着かない。偉そうなとこありましたら申し訳ありません。

今日は非常に幸せな出来事があった。


101歳のおばあちゃんが僕に手編みのマフラーを編んでくれたのだ。


外出レクの時にお願いし一緒に毛糸を選び、(おばあちゃんが色を決めてくれた)僕はその毛糸を購入。待つこと2週間あまりの間に編み上げてしまったのだ。


さすが若いころは近所の女性たちに裁縫などを指南していただけあり、本当にプロの技と手際の良さを感じました。


これなくしたら天罰がくだるでしょう。


日本全国でも100歳が編んだマフラーなんてかなり希少価値が高い部類だと思う。


毎日大切に使わせていただきます。ありがとうございます。


こういった人との出会いのおかげで僕はなんとか生きられている。


死んだように生きることすら出来てなかったかもしれない。


音楽を通じて人間との出会いと別れの尊さを知って、人間との出会いと別れによって磨かれるなにかがあって音楽に還ってきて。


高校時代とも大学時代とも全く異なる感性を持てている。


流行には相変わらず疎いまんまですが。


というか、追っかける意味をあまり感じない。


ライブハウス出てれば「あっ、こんなのが多いなぁ」とは思うけどもそんなことよりいかに「うおおっ!」となるかの方が楽しめるし。


本当にいいものって結果として流行を作り出せちゃうくらいのものだと思うのです。


そういう意味で感性を磨き続けたい。磨かねばならない。


磨くということは必然的にすり減って体積が減るということ。


岡本太郎は「人生は積み重ねではなく積み減らしだ」という言葉を残している。


人生を通してセンスを磨くということはそういうことだと僕は解釈している。


その観点から認知症の高齢者の方々に接することは非常に刺激的。


積み減らしまくった、あるいは積み減らしている過程にある方々に接せられることは僕にとって自分の感性を磨くことと同義であり、高齢者の方々に日々感謝している。


積み減らしつくして完成された人間が確かに存在することを知った。


そして積み減らすことは決して楽なことではなく、なにかしらの恐怖が伴うことも

体験した。


いま、大学時代とはまた違った感性で音楽を聴けている。


これは今のぼくにとって非常に大きな一歩だ。