昨日うっかりいつもの雑魚筋トレ(スクワット・腹筋・腕立て伏せ各10回3セット)を忘れて寝てしまった。


朝起きてから気がついた。

とりあえず今日は朝イチ、昼、夜の3回、上記のセットを行った。


歯磨き的な感覚で習慣化できる回数だが、ゆっくりやればそれなりにキツく、一年以上続けていると結構効果を感じることができる。


去年から今年の夏まで、個人的にかなりキツイ一年だったが、毎日トイレ掃除と筋トレをしている時間だけは、何か整えている感じがあってギリギリで踏みとどまれてた気がする。


そこに今年の夏から日記が習慣に加わった。


掃除と筋トレ(レベルは低いが)は、特に誰かと競うものでもないし、回数も負荷も内容も軽く雑魚レベルのものしかできないが、雑魚レベルゆえに習慣化出来ていると思う。


こういう、自分の雑魚っぷりを認めつつもそれなりにプラスの行動が毎日行えるのはとても幸せなことだと思う。


トイレ掃除、筋トレをしている時は、「掃除できる、自分が使えるトイレがある幸せ」や、「身体が動かせる幸せ」を感じることが出来る。


トイレがなかったら掃除どころの話でなく排泄ができず死活問題となってしまう。

筋肉も同様だ。


気合いを入れて負荷が高いことをするよりも、毎日歯磨き程度の負荷でこういう行動を習慣化する方が自分の豆腐メンタルには合っているみたいだ。


39年目の気づきである。


若い頃は曲作りに全てを捧げていたので、このような生き方は出来なかった。

それと同時に、あの頃のような生き方は今は出来ない。あの頃しか出来ない生き方だった。


人間、その時その時で何を目指しているか、己の持ち札は何かによって、何がベストかは変わってくるのかもしれない。


久しぶりに曲を作りかけているが、前頭葉への負荷が危険だ。気づいたら前頭葉が痺れている。


曲作りの思考回路は私の命を容赦なく削っていく回路に仕上がってしまった。


前頭葉を休ませながら、ゆっくり進めていこう。


筋トレ忘れの話から飛んでしまったが、コツコツやっていこう。

研修二日目が終わった。


各事例の発表を聞いていると自分に足りないものをとても感じる。


家族へのアプローチ、生活歴の把握、週間や月単位でのスケジュールの把握、そして使えるサービスや法制度の知識…


勉強することだらけだ。


頭が凝り固まらないように取り入れていこう。

オンライン研修初日だった。

正確には事前学習があったのだが、zoomでグループワークをする研修は初めてだった。


オンラインで一方的に動画を観る研修がいかに疲れるか、また、誰かとディスカッション出来る有り難みをひしひしと感じた。


私は結構黙々と独りでやるのを好むタイプなのだが、やはり自分独りではなかなかメリハリもつかないし知見が広がらない。


私は思ったより寂しがりやだったようだ。


おじさんの寂しがりやはなんだか気持ち悪いが、キモさは元々なので致し方ない。


明日も頑張ろう。

少しずつ前進してきている感覚がある。


上司に書類のチェックをしてもらったのだが、以前チェックしてもらった時よりも、前後のつながりや、必要事項を漏らさず書けるようになってきているようだった。


ただ、その分、内容を盛り込みすぎて重複気味の箇所があった。

また、細かな文の修正("レンタル"という手段の中身ではなくて、"設置"という対応策を書いた方が良い、など)や、フォントのサイズ、余白の調整があったので、次回に繋げたい。


しかし、以前はフォントのサイズや余白どころではなく、アセスメント、課題、目標、対応策のどれもがしっちゃかめっちゃかだという指摘から始まっていたので、少しずつ前進してきている感覚はある。


それぞれの領域と、課題から目標、対応策の流れなど、ひとつひとつ丁寧にわかりやすく表現できるよう研鑽していこう。


明日は研修だ。


勉強の毎日。


頑張っていこう。

今日はせっかちさを自己覚知していたおかげで助かった。


一昨日、あるサービスの提案をしていて、事前に色々と事業所にもアプローチをかけようかとか思案していたのだが、本日になり別のサービスの希望が浮上し、そちらに舵を切ることになった。


これまでの私だったら、拙速に事業所に問い合わせをしてしまって、本人にも先方にも各方面に迷惑をかけ、その事態収拾に追われていただろう。


ひとつひとつ合意形成のプロセスを踏もうと意識し、本人の意向の確認に重きを置いたおかげで間違わずに進めた。


せっかちさを自己覚知していなければ恐ろしいことになるところだった。


これはこの日記をつけるようになってから意識を置けるようになれたことだ。


学生時代のプラットフォームに戻れて良かった。

ありがとうAmeba。


かたやキモさの自己覚知では、上司と先輩に「わたしの『〜て』に合わせて頷かんでいい」「何それキモ!笑」とイジられたので「根っからキモくてすみません。やってる自覚?ないです笑」と全く謝れていない謝罪?をした。

こういうところがペラッペラなのだろう。


キモいのは生来で如何ともし難く、キモさゆえに生きてきたこともあるので、ザ・グレイテスト・ショーマンではないがthis is meである。


どこがどうキモいのかは言われれば気をつけたいが、生来不器用なので修正できる自信はない。


しかし、キモさよりも大事なこと(明確に言い切れているか、取り繕ってないか、率直に接することができているか、簡潔に返答できているか、相手にテンションを合わせられているかetc…)にしっかり向き合っていかねばならない。


日々勉強だ。


今日は嫁さんのカレーを楽しみに仕事を頑張れた。

ありがとう。



今日はお休みをいただき、髪を切って早めに昼ごはんを食べ、コーヒーを飲んでから昼寝をした。


昼寝後、甘いものを食してから勉強した。


最近、まずはカロリー源を摂ってから「この栄養をここに使いましょう」という風に筋トレや勉強をすることにハマっている。


思い返せば、私はいわゆるバランスが取れない人間なので、カロリーのインとアウトがスムーズに切り替えられていなかったと思う。


要は、食べる時は食べた後にダラダラと一日を終えてしまうが、ストイックに燃焼して作業している時は逆に食べることを疎かにしてしまう傾向があったのだ。


ここ最近、体質の変化もあり甘いものを好んで食べているが、甘いものを食べた分、勉強にエネルギーを回しているからか幸い体重は増えていない。


段々と調子を取り戻している感覚もある。

食事と睡眠の大切さを痛感する。


あと、久しぶりに曲を作り、ワンコーラス分できたのだがまだ寝かせてジャッジする時間が必要だ。

その後、その勢いでゲームを起動させてみたのだが、10分くらいで飽きてしまった。


やはり若さ(この場合は無軌道さか?)は失われてきていると感じる。


本を読んで寝よう。

ありがとうございました。


先輩に金曜のことを改めて謝れてよかった。


「なんのこと?ん?あれ?全然気にしてないよ〜。そう言えば、(上司が)『そんなこと考えるなんて純粋なんだね〜』て言ってたから『そんなことはないと思うよ』って言っといた笑」と、いつも通り落としといてくれていた。


そんな先輩のユーモアに、異動以来とても助けられている。


上手く喋れない、そのくせいいかっこしいでペラッペラな私なので、茶化してくれる人がいないと、ひたすら悲惨な空気を蔓延させてしまう。


それを挽回できる話術もスキルもないので、更に泥沼に陥っていくことになる。


そんな私に、先輩として業務ノウハウを教えてくれるだけでなく、研修を紹介してくれたりユーモアを持って馴染ませてくれたり、本当に助けていただいている。


先輩いつもありがとうございます。


業務終わりに事務所に戻ったら、上司達に「運のいい男が来た」と笑われた。


何のことかはわからないが、私は自分が運がいいと思っている。

運が良くなければこんなおじさんは路頭に迷っているか野垂れ死んでいてもおかしくない。


松下幸之助さんの面接時のエピソードではないが、人に恵まれて大変助けられている。


本当に感謝だ。


「まあ自分が運がいいという男は大抵あんま考えてないけどね」と上司にイジられたが、確かにあまり考えていない。

というか難しいことを考える頭がない。


考える頭がないのだから、考えるよりも感謝を形や行動にできるようになりたい。


今日もありがとうございました。

今日は従姉妹達とバーベキューだった。


姪っ子達の成長が早すぎて驚く。

おじさん達は変わらず頼りになった。

従姉妹達がテキパキと段取りや用意をしてくれて、私はただの炭の見張りだった。


嫁さんや従姉妹達が子ども達の面倒を見てくれた。


こんな体たらくだったが、皆ありがとうございました。


「(私を)飲ませていい?」というおじさんに、「最初から運転戦力外なんでどうぞ」と嫁さんが計らってくれて美味しく呑ませていただいた。


いつもすみません。

ありがとうございます。


こんな晴天に恵まれたのも祖父と祖母が天から見守ってくれたのではと従姉妹達で話していた。


おじいちゃんおばあちゃんありがとう。

今日は次女の幼稚園の作品展に行ってきた。


園児達の作品は、発想がとても豊かでどれも天才的だった。

大人には作れない奔放さや自由さがどの作品にも溢れていて、次女の作品だけではなく全員の作品から感銘を受けた。


特にこびとづかんコーナーが最高だった。


こういった溢れ出るものが感じられる作品は、人間の営みが感じられて心の大事な琴線に触れてくれる。


このアルゴリズムでさえいつかAIに解析されてしまうのだろうか。


そうだとしても、「こういうの作りたくて作った!」という子どもの気持ちは確かにあって、作品として残っている。


この時期しか作れないものを作ったというその事実が大事なのかもしれない。


素晴らしい作品展をありがとう。


夕方は家族で打ち上げだった。


初めて丸源ラーメンで生ビールを呑んだのだが、美味すぎて気絶しそうだった。

これが『滅』という気持ちなのかもしれない。


嫁さんありがとう。

職場に、別部署だが、どうも先輩からの忠告、指導が通じない若手がいる。


今日、その若手が上司に、上司からのその場での忠告をスルーして報告ルートを間違えた話をしはじめてしまった。


先輩がぼそっと「話がきけんな」と呟いたのに合わせて頷いてしまったのだが、自己嫌悪に陥った。


明日、上長の面談があるので私ごときが掻き回さずに沈黙するのが正解なのだが、何も言えず言う度胸もない自分が卑怯な気がして自己嫌悪になっていたのだと今頃気がついた。


その後、上司、先輩と件の若手について話している時、先輩の言葉に頷いて自己嫌悪に陥った旨を話したら、先輩が「なんか私が最悪みたいじゃん」と言われてしまい、全力で否定した。

先輩にそんなことを言いたかったわけがないので、更に自己嫌悪に陥った。


その時に上記の、自分の気持ちを明確に言葉にできなかった。


先輩の憤りは当然のことで、自分もそう思うから頷いた。それを本人に上手く伝えられない自分が嫌になったのだと。


先輩も茶化してくれたり上司も優しくフォローしてくれたが、言葉の怖さ、仕草の怖さを感じた。


まだまだ自分の言葉と行動が伴わないと自覚した。


細かいことは出来ないので、せめてウソがないように生きていきたい。