ザッパの自伝が再びマイブームです。


高校時代にさらりと読んで以来ですが、いろいろ経験した後で読むといちいちずしりと面白く読める。


ザッパは著書の中で作曲やアメリカの大衆文化論にも触れていて、その中に考えさせられる一節を見つけてしまいました。


「人類が滅亡するきっかけの一つにノスタルジアがある」


という一節です。


なぜいきなり音楽から世界滅亡にまで行ってしまうのかはぶっ飛んでるザッパらしいですが、よく読むと現在の日本と被ってしまって考えさせられます。


過去にばかり目が行ってしまい結局進歩できず、現状維持という名目の衰退をしてしまうのがノスタルジアだとすると(この定義づけもかなり乱暴ですが)、


現在日本で大ヒットする音楽のほとんどが過去の歌のカバーやアンサーソングばかりであり、(AKB48もヒットしてますが)全くの新しい曲がほとんどチャートにあがらない現状はよろしくないということになります。


そりゃ過去にヒットした実績のある名曲ならばレコード会社的にも安定して売り上げを確保できるわけで、ましてやCDが売れない時代に受けるかどうかわからないものにお金はかけられません。


自然過去の曲を耳にする機会が増え、ノスタルジアに浸り、現状維持という名の衰退をはじめるのです。(かなり乱暴な説ですがね)


しかし現状維持は衰退の第一歩というところは正しい。


ノスタルジアを終わらせるには作曲家はもっと名曲を作って鳴らさなければならないし、そしてそれは生きるのに必要なものであるべきだと思う。


この「生きるのに必要」というのも様々な訴え方がある。


「頑張ろうぜ!」とか熱血なタイプ。


シニカルで飄々とやってくアティチュードを体現しているタイプ。


とにかくアッパーでみんなで盛り上がろうぜ!と訴えるタイプ。


切なさ全開で共感を求めるタイプ。


それぞれにあった作曲者とリスナーがいるし、その表現力や訴える力が強いほど影響力も強まる。


みそっかすはきっと人によって感じ方は違うと思う。


頑張ろうぜ!と歌うことも、切なさ全開な雰囲気もだそうとはしない、否、出すことを避けている。


自分達としてはシニカルなつもりだ。いくらテンポが速い曲を演奏しても根っこがパーティー野郎ではないから。


でも、パーティーで器用に立ち回れないけども人生楽しみたい人間は確実に存在する。


なぜなら僕がそうだからだ。


シニカルなやつがこっそりテンションを解放させるバンドという捉え方はみそっかすの一つの側面を表現していると思う。