蔵人的駄文小説劇場

蔵人的駄文小説劇場

The Beat NatureのMC担当・蔵人 THE S.T.R.F.S.が織り成す小説劇場。過度な期待はしないで下さい。

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第七章

…き。
……びき。
「響!」
いつものユイさんの声が聞こえた。僕は身体をゆっくり起こし、時計を見ると「午前11時29分」を刺している。
僕は「あ、あれ?」と呟くとユイさんは首を傾げた。
「どうしたの?」
「いえ、いつもはもっと早かったなぁって…」
ユイさんは吹き出した。
「今日はお休みよ。昨日、大変な目に合わせちゃったし、昨日、何時に寝たのかも覚えてないでしょ?」
確かに言われてみれば僕には寝た記憶がない。残っているのは、屋上に行って、星を見に行って、大の字になって…そして少年と再会して…そこまでだった。
考えている姿を見て、ユイさんは笑って続けた。
「昨日、シズカと屋上に行って、横になったまま寝ちゃったのよ。それをシズカと私が2人して運んできたの。そんなに重くはなかったんだけど、ちゃんと食べてる?なんだったら、私の分の食事まで食べる?」
僕は断ったが「医者としての意見もそうだけど、女としても羨ましくなる位軽かったわよ?」と言われて、僕は笑った。
「いえいえいえいえ!冗談じゃなくて、本当にそれ以上痩せたら体がおかしくなるから、ちゃんと食べなさい!今、体重どれ位あるか、計ってみる?」
真剣に言われているのは僕がそんなに軽かったからなのか、冗談なのかはわからなかったけれど、さらに僕の笑いを誘った。その時、少年の[ユイさんに聞いてみるのがいいかも]と言う言葉を思い出した。
僕は笑うのを止めて、真剣な顔をした。
「ユイさん…」
「ん?どうしたの?」
僕は少年のことを語った。最初はどうしていいのか分からなかったけれど、ユイさんも真剣に聞いてくれた。
「それで…あの少年は[ユイさんに聞いてみるのがいいかも]と言っていたんですけど、夢のことなのに、すいません…」
そう言い終えた後に僕は次の言葉が見当たらずにいると、ユイさんは少し、目に涙を浮かべていたような気がする。
「響…。あなたの言っていることは…いえ、これはもう今のあなたには子供だましにしか過ぎないわよね…。その少年…。響、あなたが“夢”から覚めた時に私があなたに説明した“近所の少年”なんだけど…実はその子も、この病院の別の場所であなた達が運ばれてくるのと同時期に入院していた子がいたの。…心臓発作だったんだけど、まだこの病院で生きている。これは、医者として…だけじゃなくて一人の一般人が見ても想像にしか過ぎない確立での話しなんだけど“あなた達のことを通報したと同時に心臓発作を起こして別件でこの病院に入った”と言うことなんだけど…まだ仮説は仮説にしか過ぎなくて…」
僕は、少し怯えたかも知れない…だけど、ユイさんの次の言葉を聞いて少し、拍子抜けした。
「なんてね。その近所の少年、実はあなたに会いたがっているの。別に、幽霊でもなんでもないわ。ただ、少年が書いてくれた手紙の内容まで覚えててくれたから嬉しくて」
…手紙?
…思い出したように僕は引き出しを開けると、何通も手紙が入っていた。
「これ…」
そう、確かにそれらだ。僕が少年とやり取りをした、確かにその送られてきた手紙を持っていた。
「それが、少年から送られて来たもの…。あなたが送った分は少年が大切に保管していて私たちは見ることが出来ないんだけど[私に聞いてみるといい]って言うのは、私も分からないけれど、その近所の少年と響…だけじゃない。シズカも。少年が言うには小さかった頃、よくその少年と遊んでいたらしいの。…あなたのお母さんと、シズカ、響と一緒に」
ようやく眠っていた記憶が全て浮かんできた。
「響!?どうしたの!?」
「え…」
気付くと僕は震えながら涙を流していた。止まらない。そして次の瞬間、その光景が頭の中で再生された。
僕は言葉にならない叫び声を上げたと思う。
今までにない、恐怖と不安感と絶望感などが僕を襲う。
そう思った瞬間、僕の意識はそこで途切れた。
思い出した記憶は…。
公園で僕とシズカと少年が遊んでいる時、僕の帽子が風で飛ばされてしまった。その帽子を取りに道路に出た僕を何か言葉を発しながら母さんが走ってきて、僕を突き飛ばし、フッと母さんを見ると、母さんがトラックに跳ねられた映像だ。
どれ位飛ばされただろうか?
その日から、父が変わってしまった。
その日から、僕達も変わってしまった。
そうか…僕のせいだ。
僕があの時母さんを殺したんだ。
僕は本当はあの時、死んでいた方がよかったのかも知れない。
そんなことを思っていると僕を呼ぶ声が聞こえる。
「…き、響!」
僕は目を開けるとそこにはシズカとユイさんが心配そうに僕を見つめていた。
僕は今どこにいるのだろう?
「ここは…どこですか?」
「いつもの部屋よ。ただ、嫌な思いをさせてしまってごめんなさい…」
ユイさんは涙ながらにそう言ってきた。
違う。
謝らなければいけないのは僕のほうだ。
僕がいけないんだ。
僕さえいなければ母さんは死なずに済んだ。
「違います。僕のせいなんです。ユイさんは何も悪くありません。ごめんなさい」
シズカは僕の頬を強く引っ叩いた。
「あんたねぇ…そうやって何でもかんでも自分のせいにしないでよ!あんた一人で抱え込まないでよ!どうしてそうやって一人で全部抱え込むの!?」
僕は答えられなかった。
「あんたは善意からかも知れないけど、あんたが全部一人で抱え込んで、辛そうにしてるのを見ると、何で私達に話してくれないのかなって少し寂しい気持ちになるの…もう少し周りを信用してよ…。あんたの考えてることなんてすぐに分かるんだから…。もう少し、周りを…いえ、私達を信じてよ…」
シズカの手は震えていた。
次の瞬間、僕は無意識に言葉を発していた。
「姉さん…また、星を見に行ってもいいかな?」
シズカは黙って頷いた。
僕はボーッとする頭で屋上まで階段で足を運んだ。
相変わらず綺麗な星達が空一面には輝いてそこにいる。
「響、今は分からなくてもいいから聞いて?」
僕は静かに頷いた。
「あなたは優しすぎるのよ。嫌なことから逃げられない性格。昔のことも思い出しては罪悪感に駆られて、どうしようもなくなる。それは悪いことじゃない。でも、それは強さとは違うと思う」
僕は黙って聞いていた。
「本当に強い人間なんて、この世界にはいないのかも知れない。それはそうよ。暴力や恐怖での支配なんて意味を持たないし、崩壊する。逆のことも言える。平和を謳っていたってみんながみんな我慢をしたら我慢の限界が来た時に崩壊する。でも、人って言うのは生きてる間は少なくとも一人じゃいられない生き物だと思うの。最終的には一人になるのに…」
何かを悟ったような瞳でシズカは続ける。
「でも、人は“この人になら自分の全てを預けてもいい”って相手と出会うと、変わると思うの。愛だの恋だのだけじゃなくて、親友や、家族なんかがそう。私にとって、その相手は響、あなたよ」
僕なんかになんの価値があるんだろうか。
「響はまだ分からないかも知れないけど、あなたにはその価値があるの。今は分からないかもしれないけど、いつか分かる時が来るわ」
シズカはそう言って目を瞑り僕の手を握った。
僕は徐々に落ち着きを取り戻した。
僕はシズカのことをちゃんと守っていけるのだろうか?
シズカのために変わることが出来るのだろうか?
考えは尽きない。
そうして、夜は更けて行った。
第六章

…目が覚めるとそこは暗い闇の中だった。
ちょっと前にも来たことのある場所。“あの少年”と出会った場所だ。

…歌は…歌詞は聞き取れないが、確かに優しく、温かい声が耳に入った。

確かに“あの少年”の声だ。

「また僕は呼ばれたのかな?」

僕はそう思い、歌声のする方向へ手探りで足を進めた。

…歌声はただ優しく、ただ優しく聞こえた。だけど、時に悲しそうでもあった。
「何故そんな悲しい声をするのか?」
僕はそう疑問と言葉にならない不安を感じながらもただ足を進めた。
その声は近づこうとも、遠退こうともせず、ただそこにいた。

どれ位歩いたかは分からないけれど、そんなに歩いた記憶はなかった。
むしろその歌声に聞き入ってしまうことが時々あり徐々に歌声の主が僕に気付いたのか悲しみよりも優しさが増して行き、恐らく彼が僕を安心させることを考えたのだと理解するのには時間を要することはなく僕は手探りだったけど足を前に進めた。
その時、気付いたけれど、そこは草原だった。
月明かりも、星明りも、街灯も何もない、ただの草原。だからこそ、彼の光が通常目に見える光よりも明るく感じたのだろう。

…確かに優しいけれど、少しだけ、泣いているような気がした。ただ、僕が「気がした」と思っただけだけど、いや、正確に言うと「泣きそうになっているのを堪えている声」だった。
何故、そんな気がしたのかは分からないけれど、ただ、そんな感じだった。

それから、光が見えてきた所で僕は躓いてしまった。

「あっ」

その時、声が出てしまった。

すると、その声の主は歌うことを中断して、ゆっくりと、僕のところまで歩いてきた。
「やぁ。また来てもらったね」
そう、声の主は言って僕に手を差し伸べた。
僕は一瞬躊躇したけれど、少年の優しい微笑みを見て、その少年はあの時に会った少年であると認識するまで時間は掛からなかった。
僕は少年の手を取り、立ち上がって、少年に「ありがとう」と礼を告げると、少年は優しい笑みを浮かべていた。
「どうしたの?何か嬉しいことでもあったのかな?」
そう少年に言われるまで気が付かなかったけれど、僕は先日会った時とは違う、安心した表情をしていたのかも知れない。それは、少年の笑顔が優しく、それでいてどこか懐かしく温かみのある笑顔だったからだろう。
「いや…」僕は口ごもったけれど、恐らく適当なことを言って少年を誤魔化す事は出来ないと感じ、ありのままに感じたことを語った。
少年はクスッと笑い「つい先日来てもらったばかりじゃないか」と言い、僕も「そうだったね」と返した。
「だけど、君はこの前よりもいい表情をしている。君が僕を覚えていてくれて嬉しいよ。何よりもここに来てくれてね。それに…」
今度は少年が少し考えた表情をした後にいつもりよりも明るい表情をして続けた。
「君は“彼女”のことを再び笑顔にしてくれたね。それが嬉しいんだ。だからこそ、もう二度と会えないかも知れない君に再びここに来てもらった。ありがとう」
その表情を見て、僕は照れくさくて少しはにかんだ表情を浮かべたけれど、すぐに、少年の表情を見て「誰かに似ている」と感じたけれど、その誰かが僕にはその時、分からなかった。だけど確かに“会ったことのある人”の浮かべる表情とそっくりなのだ。
「?どうかした?」
少年は優しく微笑んでいたけれど、僕はその時言葉が見つけらず、また考えた表情を自然と浮かべていたかも知れないけれど、少年は深く聞かず、ただ僕に不思議な言葉をくれた。
「ここに来てもらった理由は、もう一つあって、別にこの前のようなお小言じゃないんだけど…今はまだ分からないけれど、もしも君が何が真実か分からない、と感じることがあったら、彼女達が教えてくれたこと…そして[何が“偽り”で何が“真実”かなんて言うのは人によって真実は星の数ほどあるから、自分の感じた“真実”を信じ、ただ歩いて行けばいい]…と言うことを思い出して?そうすることで大事なものは見えてくるから」
僕は少年が何を言っているのか、今度こそ理解に苦しんだけれど、悪い言葉ではないと感じた。何故なら、その言葉には確かな力強さがあったから。
「それは予言じゃないよね?」そう少年に聞くと、少年は「さぁ?」と答えをはぐらかすわけでもなく、むしろ「想像にお任せします」と言う表情(それこそさっきの少年の言葉を表すかのような表情)を浮かべて、笑顔だけれど、その瞳は確実に嘘・偽りのないものが見えた。
「もしも、道に迷ったらこの言葉を思い出して欲しいんだ。“道は幾通りでもある”と言うことを。…ますます混乱させたらごめんね…」
少年の瞳がどこか涙を浮かべていたように見えた。
…何かを知っているけれど、何も言えない・語れないことが悔しいのか、それとも申し訳ないのか、それは分からない。けれど、何かを知っている。僕はそう感じた。僕は少年に聞いてみた。
「君は、何者なの?」
「それは…」少年は息を呑み、まさかと思う人物の名前を告げた。
「君を見守ってくれている人…ユイさんに聞いてみるのがいいかも…」
少年はとうとう涙をポロポロと流し始めた。
「本当にごめん…言えるのはこれだけなんだ…」そう言って涙を流し続けた。僕はオロオロするばかりで、何と言葉をかけていいのか分からなかったけれど、ただ少年の言った言葉に対して「分かった」と答えた。
それでもなおも少年は「本当に…ごめん…」そう泣いていた。
「僕の方こそ、答え辛いことを聞いてごめんね…」
僕はそう少年に謝った。
少年は涙を拭い、上を見上げた。
「ほら、君を呼んでる。さぁ、“またね”」
そう少年が言い終わるや否や、僕は再び上に引き寄せられる感覚を覚えてそのまま意識を無くした。
第五章

それはその日の夜に突然起こった。
「響…響…!」
ウトウトと眠ろうとしていると、その声の主がシズカだと知った。
起きて「どうしたの?」と聞くと驚くべき答えが返ってきた。
「細井くんが…夢から覚めようとしているの!お願い…手伝って?」
僕はゆっくり身体を起こし、現場に急行した。
そこには、扉を激しく叩いている音が聞こえて、ユイさんは何か注射器のような物を持っているようであった。
そこに到着した僕とシズカを見て一言「行くわよ?」と告げて、病室の鍵を開けた。
細井は今にも泣きそうな顔でこう言った。
「音成さんとお姉さん、ユイ先生!?」
そう一言呟くと、隙を見て僕とシズカで細井を身を嫌々ながら固めて自由を奪うと細井は大人しくなった。その瞬間、ユイさんは手馴れた手付きで細井の首に注射をする。
暫くすると、細井は眠ってしまっていた。
「響、細井くんをベッドに運んでくれる?」
ユイさんに言われた通り僕はベッドまで細井を運んだ。正直、重い。さすがに巨体だけある。
その後、細井を寝かし付けた後、僕達の病室でユイさんからお礼を言われた。「手伝ってくれてありがとう」と。そして
「こんな事になるんだったら、もうちょっとちゃんと説明しなけばいけなかったわよね…」
ユイさんは落ち込み気味に話していたが、僕がまだちょっと戸惑っていることに対してまるで、それが見透かされているようだった。
「でもね」ユイさんは続ける。
「細井くんの精神状態はまだ全く安定してないの。だからこそ、この病院に入院してもらったんだけど、それでもまだまだ安定していなくて…。いずれは夢から覚めてもらってみんなで仲良く退院…卒業と言った方がいいかしら?そうしてもらうつもりだから、だからこれからも響、シズカ、協力してくれる?」
僕達は首を静かに縦に振る。
「じゃぁ、今日はもうこんな時間だし、今日はもう何も起こらないと思うから、明日も学校があるから、ゆっくり休んでね。おやすみなさい」
そう言って、ユイさんは病室を後にした。
シズカも若干戸惑っているようにも見えた。
「姉さん?」
「何?」
「これは正しいことなのかな…?」
「うん…響はどう思った?」
僕は言葉に出来なかったが、それを見てシズカは微笑みながら僕を抱きしめた。
「大丈夫…不安になることなんてないわ。響も彼らと一緒の世界で生きて行きたいでしょ?それはこの作業が必要なの」
そう言われて、少し安心した。
僕は、誰かの死なんて見たくない。特に、身の回りの人達だったならば特に見たくない。
だって、昨日まで笑顔で話していて、今日になって突然さよならも告げることが出来ずにお別れなんて…。そんなことは絶対に嫌だ。
…そう思うのは、僕が子供だからだろうか?ずっと病院にいて、誰かの死に直接触れることなく生きてきたからだろうか?僕には、分からなかった。
すると、シズカは何か察したらしく、微笑みながら僕の手を取り「ねぇ、響…ここの屋上、行って見ない?」
僕はただ頷くしか出来なかった。
僕は一瞬悪い予感がしたから「飛び降りだなんてしないでね…?」と告げると、シズカは笑いながら「私だってまだ死にたくはないわ。ただ、ちょっと今日は晴れてるから星を見に行きたいだけ」そう言って僕の手を引っ張って行った。
途中、ユイさんに会った。
「あら、シズカ、まだ寝てなかったの?それとも、今日は天気がいいから、また見に行くの?」
シズカは手馴れた調子で返す。
「えぇ。響にも大変な思いさせちゃったし…何か綺麗なものを見せてあげたい気分になったのよ」
「ほどほどにして、ゆっくり寝なさいよ~。じゃないと、明日私が起こすのが大変だから」と、笑いながら去って行った。
僕はシズカの手を握りながら、シズカに引っ張られながら屋上へと連れて行かれた。そこには…。
「うわぁ」
思わず、声が出て、僕は笑っていたと思う。
「どう?響?綺麗でしょ?」
シズカは嬉しそうに僕に聞いてくる。
「うん」
それはそうだろう。そこには空満面に綺麗な星達が輝いていて、空全体を覆っているかのようだった。
「私ね、嫌なことがあって、辛いことがあって、[もう嫌だ!]ってなった時、ここの場所に来て、星を見ることにしているの。初めて来たのは入院したてかな?入院したてで、慣れなくて…。周りの人達もみんな優しいんだけど、それでも馴染めなくて…。そんな時に、ユイに連れてきてもらったの。子供の頃、星なんて意識して見てなかったから…。でも、その時、ユイから[どう?触れそうでしょ?でも、この星の中にも、死んでしまっている星は沢山あって、今見ている景色は、現実もだけど、全て幻想かも知れないの。だけど、それは私達の中では現実。それは、見たもの・感じたもの、そのものは確かだから]って。フフッ。まんま覚えてるなんて私記憶力いいなぁ~。それでね、嫌なことも、辛いことも、この星達に比べたら、なんてことはないって思えてね。それで、響にも見せたかったの。ちょっと、横になってみない?」
そう言うと、シズカは寝そべった体勢、大の字に広がって、星を見上げていた。
僕も同じく、大の字に広がる。
そこには広大な星達が沢山広がっていて、まるでさっきの言葉じゃないけど、全てが幻想に感じられてきた。
だけど、嫌なことも、辛いことも、現実。それでも、ここに来れば、また笑って明日を迎えられる。
そう思っても見てもいい気がした。
僕達は色々話したけれど、下らない話しばかりだったような気がする。
そして、暫く会話をしたら、起き上がり、共に病室に戻った。
その時、嫌な予感がしてたのも確かだけど、星達の魅力で、全てがどうでもよくなっていたのかも知れない。
ただしかし悔やんでも悔やまれきれないのがこの後に再会する“あの少年”の言うことを「もっとよく聞いておけばよかった」と言うことである。
少年との再会で、確かにヒントはあったのだ。結果、少年の言う“彼女”に涙を流させることになってしまうのだから。

連続投稿失礼!


意識が戻ると再び知らない天井が目の前にあった。

その部屋はまるで病院の診察室のようで学校の保健室のようでもあったが、何故、僕はここにいるのだろうか?

その時声が聞こえてきた。

「響!」

シズカとユイさんの声だった。僕は段々思い出してきた。

何故倒れたのか?何があったのか?

「姉さん…ユイさん…すいませんでした…ご心配をおかけして…」

僕は先に謝り、こう続けた。

「実は、記憶が全部戻ってきたんです。子供の頃の記憶、それから、ここに来てからの記憶と…」

シズカとユイさんは驚いた顔をして、ユイさんがこう答えた。

「それはね…響…トラウマが脳内の情報をパンクさせてしまったからなの」

「脳内の情報を…ですか?」

「正確に言うと、脳内の情報の許容キャパシティをね。夢から覚めたと思ったけれど、まだ覚めきってなかったんだわ…」

どうやら、僕はそれで倒れたらしい。情けない。

「分かりました。急いで教室に戻りましょう」

ユイさんは首を横に振った。

「いいのよ。今日はもう自分の部屋に戻ってゆっくり休みなさい。そうしないとまた今度はいつ脳内のキャパシティがオーバーするか分からないもの。だから、今日明日は学校を休んでいいわ」

僕は正直その方が怪しまれるんじゃないか?と不安にもなったが、それでまた倒れたら…と言うことを考えたら休むことを選択した。

「シズカ!お願い、響を自分達の部屋まで連れて行って」

シズカは頷きながら「分かったわ。響、行きましょう」

そうしてシズカに連れられて自分の病室まで戻った。

病室に戻った時、シズカはこう聞いてきた。

「ねぇ、響。子供の頃の記憶と、ここに来てからの記憶ってどんな物?」

僕は母が亡くなってから父にされてきたこと、シズカが父にされて来て守ってきたこと、そしてここでユイさんから夢を見させられていたことなどをざっと簡単に話した。

「そう…響、それで脳内の情報量のキャパシティはパンクしてしまったのね。でも、響の言っていることに間違いはないわ。それは確かに私も経験したことだから」

シズカは泣きそうな顔でそう答えた。

僕はあの少年の言葉を思い出して元気に返答した。

「大丈夫だよ、姉さん。いずれはいつかは思い出すものだったのかも知れないし、それがただ今のタイミングで思い出したって言うだけの話だからさ。だって、病院から退院してそれで急に普通の学校に行っている時にこれが現れたら大変なことになってたかもしれない。それは考えると、今のタイミングでよかったんだよ」

僕はポジティブな発言をしたつもりだった。すると、シズカは泣きそうな顔から少し微笑んで「そうね…。今で良かったのかもしれないわね」とそう答えてくれた。正直、嬉しかった。

それから、2人で、父と母のこと、この病院に来てからのことなどを話し合った。

そして気が付けば夕方になり、夕食の時間帯になった。

そして、その日気が付いたことだけれども、病院の食事なのに、やたらと豪華だった。

何故昨日のうちに気付かなかったんだろう?不思議になる自分がいる。

メニューはご飯、味噌汁、焼き鮭、玉子焼き、ポテトサラダ、蜜柑、お茶と言った内容である。

そして、シズカと2人で食べ始めて、シズカは僕が玉子焼きを食べたのを見て「ねぇ、美味しい?どうかな??」と笑顔で聞いてきた。

正直、美味しい。こんなに美味しい玉子焼きを今まで食べたことがない位美味しい。

「美味しいよ!」

シズカはその答えを聞いて「本当に!?」と聴き返した後に笑顔になった。

「実はね、その玉子焼き…私が作ったの!響に喜んで欲しくてね?無理を言って作らせて貰ったの!」

僕は何と言ういい姉を持ったのだろうか。ここまでしてくれる姉も中々いない。いや、シズカくらいじゃないだろうか?

そして、僕はそのシズカの姿を見て更に喜んだ。

僕が喜んでいることを喜んでくれている人がいる。こんなに恵まれた環境でいる自分は何故ネガティブになんてなっていたんだろう?恵まれているじゃないか。少なからず、僕はもう一人じゃない。

そう、実感が出来て単純ながら嬉しくなった。

そして、それを分かったかのごとくシズカも笑顔になって嬉しそうにしてくれた。

この日常が…例え退院したとしてもずっと続けばいいのに…そう感じた瞬間だった。

平穏な日常。これこそが幸せなんじゃないだろうか?

そして、子供時代の埋め合わせじゃないけれども、シズカとはいっぱい子供に戻った頃のように遊びたかった。

まだまだシズカも精神面で言えば不安定であるはずだ。だから、シズカが倒れそうになったら、今度は僕が支える番だ。

そう、考えていたら電話が鳴った。

ケータイ電話…病院でも所持していていいものだったのか。

着信相手は細井からだった。

僕は電話に出た。

「もしもし?」

「あぁ、音成くん…?」

「うん。どうしたの?」

「いや、今日急に倒れたから、大丈夫かな?と思って。何だか普通じゃない倒れ方だったからさ」

「そうだね…心配をかけて申し訳ないね。明日もユイさんから休むように言われたよ」

「その方がいいだろうね…取り合えず、何かあったらユイさんや音成くんにはお姉さんもいるんだから、相談したほうがいいよ?余計なお世話かもしれないけれど…」

細井は遠慮がちに喋っていた。細井は気を使い過ぎる。僕と似ていると言われたこともあったらしい。

そんな細井だから、仲良くなれたのかも知れない。

「大丈夫だよ。余計なお世話なんかじゃないから。うん。ありがとう」

「うん。じゃぁ、お大事にね?」

そうして、電話を切った。

シズカは電話の相手が細井だと気付いていたようでこう言った。

「響…佐々木さんにしろ、細井くんにしろ、いい友達を持ったのね。似たもの同士だから仲良くできるんじゃなくて、響も細井くんも佐々木さんも共通して、人として優しいのよ。優しすぎるとでも言ったほうがいいかしら?だから、その友達をいつまでも大事にしてね?」

その話が終わった後も、シズカとはずっと下らない会話をしていた。

まだ、これから何が起こるのか分からず、夜を迎えた。その日の夜に、自体は急転することを知らずに…。


楽しみにしてくださっている方は少ないと思いますが、久し振りの更新です。


「夢と現実の世界」の第三章です。







そうして、シズカやユイさんと他愛のない会話を続けていた。その一瞬がどうにも幸せに感じられたのは僕だけだろうか?

夜になり、僕とシズカは同じ部屋だと言うことに気付いた。姉弟なのだから当たり前である。

その後もシズカと一緒に下らない会話を2人でずっと話していて、「もうこのまま朝が来なくてもいい」そんな感覚を覚えた。それ位、シズカと一緒にいて落ち着くのだ。

その後も、シズカは僕の言う下らない冗談に沢山笑ってくれた。

その時シズカは「やっぱり…響は優しいのね。こんな私を笑わせようとしてくれるだなんて、私は本当にいい弟ね」

「ついでに言うと」シズカは続けた。「あなたが弟じゃなければ恋愛対象にもなっていたかもしれないし、響は自分に自信がなさ過ぎるのが欠点なんだけどね。少なからず、もうちょっとポジティブに考えたら?」

シズカの言っていることの意味が分からなかった。しかし別に悪意のあるような発言ではなかった。

シズカはそれに気付いたようで「何てね。要するに自分で自分に信じてあげなさいと言う話!今の響は自分に自信がなさ過ぎるのよ!」

何だ、そう言う意味か…。でも、昔から僕の記憶では自分に自信を持てたことは1度たりともなかった。

シズカはそれに気付いたように微笑む。

「父親から私が乱暴を受けていた時に、人が変わったように助けてくれたのは、さっきも言ったけれど響自身なのよ?だから、もっと自分に自信を持って欲しいなぁって」

そうは言われても、今では自分で自分が何を考えているか分からない。それをシズカは見透かした様に。

「最初はそうなのよね。私も、この病院に運ばれてきた来た時は自分が間違っているから乱暴を受けていたんだ思い込んでいたし、特に響達同様に夢を見ていたわけではなかったから、余計にね」

素朴な疑問が頭に浮かんだ。

「姉さんは何故夢を見なかったの?」

「私が夢を見てしまっては響はどうなる?って思ったからかな?」

どこまでも嘘がない声と瞳である。

僕はシズカのことを信じることにした。

その後は色々なことを話したお陰で眠れなかったけれど…。

それでも、充実した時間に感じた。シズカも一時はどうなるかと思ったけれども、元に…僕が知るシズカに戻ってくれたような気がした。

シズカのゆっくりしたリラックスをしたような寝顔を見た瞬間、「これが夢じゃありませんように」とただただ願った。

その時、部屋を見回してみた。

知らない天井…

知らないベッド…

知らない箪笥…

そんな僕の知らない物がそこかしこに存在した。

「本当に、夢じゃないよね…?」

自然とそう呟き、突如としての不安に駆られた。

翌朝…。

目が覚めた昨日から今日にかけてあまり眠れなかったけれど、学校と呼ばれる場所に行くことになった。

やはり寝坊気味でユイさんにたたき起こされたけれど、それもいつもと同じ日常だった。

2人で制服に着替えている時、シズカも僕もお互い後ろを向いていたけれど、自然とシズカが除いてきたりもした。

「いつの間にか大人になったのねぇ~響~」などと言ってからかってきたが僕は少し動揺しながらも「もう。からかわないでよ!」と反論するのが精一杯だった。別に上半身の裸を見られて困ることはないけれど、さすがに、パンツまで見られたりしたら少し恥ずかしいかな…。

そこで着替え終わった後ユイさんが迎えに来て、学校に案内してくれた。

周囲を見渡すと、病室の数は少ない。本当にこの病棟に学校なるところはあるのだろうか?

そう不安になっていると、それはまるで教室のような佇まいで待っていた。

これがどうやら学校のようだ。

中に入ると、いつもの友達、名前の割りに太い体型をした細井、そして僕と同じくらい無口の佐々木が座っていた。

教室に入るなり、細井と佐々木は「音成くん、もう体調の方は大丈夫なの?」と心配してくれた。

この2人は心置きなく何でも話せる親友である。

僕は笑顔で答えた。

「うん。心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから、安心して?別に伝染病とかじゃないみたいだから」

僕は嘘をついた。本当は夢から覚めただけなのに。

そして、この2人も、いずれ夢から覚めるかも知れない。その時は僕達がこの2人を最悪の事態から救わないと…。

「ところで…」普段無口に近い細井が口を開いた。

「昨日、変な夢を見たんだ。知らない部屋で寝ていて、そこでドアから出ようとしていたら先生が入ってきて、再び眠らされるって言う夢なんだけど…。それがどうしても現実味が溢れていて…。そう言う夢って見たことあるかな?」

僕は「ユイさんがやったことだろう」と思いつつ、「いや、ないよ。でも、リアルな夢ってたまに見るじゃない?多分、それだと思うよ?」

細井は納得したようなそうではないような顔をして「うん…夢だよね。きっと…」と答えた。

佐々木は不思議な顔をして聞いていた。

そして、ユイさんが入ってきて、そこで、突然僕は色々な記憶が蘇って来てその情報量に圧倒されて倒れた。

そこで意識は消失する。

去年は更新が遅れてしまい申し訳ありません。今月は本日と最終月曜日の二回更新です。







ゆっくりと僕は横になっていると、フッと視線を感じた。
視線を送っていた相手はシズカだった。僕の病室の入り口に立っていた。
僕は体を起こした。
「姉さん?」
シズカはいつもの明るい表情をなくし僕にこう聞いてきた。
「響、あなたも夢から覚めたのね?」
僕は答えに困りながらいると、シズカは続けた。
「無理もないわね。今はまだ混乱しているでしょう?…隣に行っていい?」
僕はゆっくり頷いて、シズカは僕のベッドの隣に座った。
「さっきの、ユイさんとの会話、聞かせてもらったの。もっとも、私は最初から”夢”は見ていなくて、ただ心が壊れた状態で、ここに運ばれて来たのよ?だから、ごめんなさい…今の響の気持ちは正直分からないけど、今、あなたが不安に感じることは分かるわ。でも、父親からされてきた事を思い出すと頭が痛くなるでしょう?私は最初の内こそは心を壊してしまっていたけど、すぐに記憶は取り戻せたの。でも…」
シズカは言葉を一瞬詰まらせて、それでもなおも続ける。
「響はずっと父親から暴力を振るわれていて、私は…性的虐待も受けてたのよ。…笑えないでしょ?初めての相手が父親だなんて…。死にたくもなったし、どうしようもない絶望感に襲われたの。だけどね…」
シズカは少しだけ笑顔になって。
「毎回、それを止めに入ってくれたのは響…あなただったのよ?だから、今でもかけがいのない存在なの」
「姉さん…」
「だから、”夢”から覚めてくれたのは本当に嬉しいことなの。響も辛い目にあって心を壊してしまって、それで、今は”夢”から覚めて元気な姿に戻りつつある。それは、私にとってはとても喜ばしいことよ?もっともあなたは元々が優しい子だから、大人しい性格なんだけどね」
そう言ってシズカは少し笑った。
「褒められてるのか、そうじゃないのか分からないね」
僕も少し笑って答えた。
「でもね、響、あなたにはあなたにしか出来ないこともあるの。…それは少し酷な話しかもしれないけれど」
僕は一瞬意味が分からなくなった。
「どう言う…こと?」
シズカは笑顔を消してこう答えた。
「同じく、”夢”から覚めようとしている友達を再び”夢”の中に戻すこと。実は、いつもユイさんと私でやっているんだけど、私達よりもつらい状況で運ばれてきた彼らの心は私達以上に壊れてしまっているかも知れない。それで、少しだけ…少しだけでいいの。響、力を貸してくれない?」
僕は考えた。だけど、シズカの頼みだ。
「…分かった。僕は何をすればいいの?」
シズカは少し笑って。
「まずは、”学校”と言われてる場所でいつも通り友達と接してくれて、彼らが目覚めそうになったら止めて欲しいの。…お願いできる?」
僕は首だけで頷いた。それを見たシズカは安心したような表情でいる。
僕達は2人で色々なことを話し合った。これまでのこと、これからのこと、そして、”学校”と呼ばれている場所がどんな所なのかなど、数限りなく話をした。やはり、シズカといる時が一番落ち着く。何故なら、僕に残された”数少ない家族”だからだ。
シズカは暫くした後に自分のベッドに戻り、ベッドに腰をかけた。
「響…ごめんね…」
僕には謝られる理由が分からなかった。
「何で、謝るの?」
「私が”夢”の世界から脱していないから、こんなことにまで巻き込んで…」
僕は笑顔で答える。
「大丈夫。気にしてないよ?それに、いつかは一緒に退院も出来るだろうし、その時はユイさんの家に住むことになるかも知れないけれどそれでも2人でいることは出来るから、その時は今以上に笑顔でいよう?きっと笑える日が来るよ」
シズカは瞳を潤ませながら…
「響は…いつの間にか私なんかよりもよっぽど強くなったのね…。私は、素直に嬉しい」
「そんなことないよ。姉さんがずっと支えてくれたからさ」
シズカはフッと笑顔になり立ち上がり、僕の目の前に来て軽くデコピンをした。
「いつに間にか私よりも口が達者になったのね」
僕達は2人で笑いあった。
…この時間が、この瞬間がずっと続けばいいのに…。
そこにユイさんが食事を持って入ってきた。
「ご飯よ!今日は暑いこともあって素麺にしてみたの!…ってあなた達…何をしているの!?」
気付けば僕とシズカは手を繋いでいた。
「ち、違うんです!これは…」
ユイさんはため息をつき。
「姉弟なんだか…ちょっとは考えなさいよ?」
シズカは顔を赤くして照れて誤魔化すように。
「な、なんでもないの!ところで、響も私達に手伝ってくれるって!」
ユイさんは微笑んで答えた。
「そう…説明はシズカから受けてるわよね?大丈夫。汚いことじゃないから…」
「僕は、シズカやユイさんの力になれるなら…」
「響…優しいのね。その分だったら、明日は”学校”にも行けそうね」
「それから」とユイさんは続けた。
「絶対に間違った方向には進まないで。お願いだから…少なからず私やシズカは悲しむわ」
“間違った方向”という言葉はまさしく夢の中であの謎の少年から聞かされていた言葉であった。
まぁ、間違ってもその”間違った方向”へは向かうことはないと自分で自分を信じているので大丈夫だと思うけれども、もしもシズカが”間違った方向”へ行ったとしたら、それを救い出すのは僕の役目だ。
そうして、不思議な体験が始まろうとしていた。
いや、導かれたという方が当てはまっていると思う。




















…き
…びき
いつもの声が僕を呼んでいる。
「響!いつまで寝てるの!」
…ユイさんだ。僕の姉のような存在である、ユイさん。そして、僕はその声の主をハッキリと認識し、どうやら先程は夢で、そしていつもの朝が始まったようだと言うことが分かり体を起こそうとした時、僕は不思議な感覚を覚えた。
…ここは…どこだ?
少なからずいつもの部屋ではないことは確かだ。だけどユイさんはここにいる。それが余計に僕を混乱させて、少し悩んだ。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです。ただ…」
「ただ?」
僕は正直に答えることを選んだ。それは混乱させてしまうかも知れないけれど。
「…ここは、どこですか?」
ユイさんは一瞬意味が分からなかったようだけど、すぐに意味が分かったようで、引きつった笑顔で
「何言ってるの?自分の部屋じゃない?それよりも早く起きて!学校に遅れるわよ?」
「いえ、僕は、本当に分からないんです。昨日までの記憶がないわけじゃないですし記憶喪失なんかじゃないと思います。でも…この場所は分からないんです…すいません…」
僕は謝った。するとユイさんは引きつった笑顔を失い、僕の問いに答え始めた。
「…もしかして…”目が覚めた”の…?」
僕は全く何のことを言っているのか分からず「え…」と返すとユイさんはポツリ、ポツリと口を開く。
「…今のあなたに隠しても仕方がないわよね…実は、ここは精神病棟で、あなたはここに入院してきて、その間、ずっと…”夢”…とでも言うべきかしら?その中で生きて来たの」
益々僕は分からなくなり混乱していると、ユイさんは泣くのを堪えているのか、泣きそうな声で
「あなたの覚えている”現実”は、実は全てあなた”達”が見ていた夢…みたいなもので、私はここであなたのお姉さん代わり、そしてあなたの担当医。あなたは、あなたの母が亡くなりそれによって心を壊してしまったあなたの父から、ずっと暴力を…要するに虐待、を受けていて、毎日毎日殴られ続けて、それはエスカレートして行きついには”シズカ”と…」
僕は”シズカ”と言う名前を聞きすぐにあの屈託のない笑みを浮かべた”彼女”…僕の実の姉の事を思い出した。
「シズカと、あなたを殺そうとして、そこで運良く”近所の少年”から警察に通報が入って来て、それからすぐにあなた達を助けてくれた。…あなたの左腕を見て?」
僕はユイさんの言う通りパジャマ…にしてはブカブカな服の袖を捲り上げて、ソレを見た時僕は驚いた。
「なんだ…これ…?」
腕には火傷や何か刃物で切りつけたような傷、殴られたような痣があった。
ユイさんは声を震わせ、少し涙声になりながら続けた。
「あなた達は、毎日毎日ずっと父から暴力を受けていた。でも、様子がおかしい戸感じた”少年”が通報してくれてそこですぐに警察、そして私達が駆けつけた。もう、お父さんは…人間じゃなかった…」
僕は、段々記憶が蘇ってきそうになったがどこかでそれをブロックしている物があった。何故思い出せないのだろう?思い出そうとすると、頭に鈍い痛みが襲ってくる。頭だけじゃない。体全体にその鈍い痛み、そして異常なまでの熱ささらに鋭い痛みが走った。
僕はつい体を丸めた。
「…ごめんなさい。思い出すのは、辛いでしょう。そして…」
ユイさんの手は僕の左腕の上にあった。
「あなた達も心を壊してしまった…」
ユイさんは目を瞑り優しく続けた。
「あなた達は私達を見てこう言ったの。”お母さんは…どこ…?”って。それがその時に何のことかは分からなかったけど、部屋の中を見てすぐに理解したわ。お母さんが亡くなってしまっていること。それはすぐに遺影があったから分かった。だけど、あなた達は自分にされたことを理解していないのかそしてあなた達のお父さんのほうを見て”お父さん…どこに行くの…?いい子にしてたら、お母さんが帰ってくるって、お母さんはどこにいるの!?”って。その時にあなたのお父さんは初めてその時にやっとことの重さに気付いて最初は暴れたけど、すぐに大人しくなってただ涙を流しながら”ごめんな…ごめんな…”ただそう呟きながら、膝から崩れ落ちて数分後、私達はさらにあなた達の口から驚く言葉を聞いたわ。”お父さんは…どこ…?いい子にするから、お父さんも、お母さんも、早く帰ってきて!お父さんまで…どこに行っちゃったの!?”って」
思い出そうとする度に頭に鈍い痛みが走った。それでもユイさんは続ける。
「それから、この病院に来てもらって、入院することになったの。シズカも一緒にね。二人とも、心を壊して、最初は毎日のように悪夢にうなされていたのか、自然と、自殺未遂まで繰り返していたの。だから…ここに入院している人達はみんな共通点があって、それは一種の催眠術…とでも言うべきかしら?一度”夢”の中に入ってもらって、それで今、みんなは同じ”夢”を見ているわ。だけど、その”夢”から響…あなたは覚めてしまった…」
「何故、そんなことをする必要があったんですか?」
僕の素朴な疑問にユイさんは答える。
「そうしないと、またあなた達は死のうとしてしまう。でも、もう、その必要はないわね。”夢”から目覚めてそれでも冷静でいられるのだから…。もっとも、あなたは特に”夢”の中でも感情をあまり出そうとしなかったけれど…」
「退院…と言うことですか?」
「それがそうもいかないの。まだ、不安定な所は残っているからそれをクリアーしないと、退院は難しいわね。でも、退院できないわけじゃないわ。それに、退院するにはシズカも一緒じゃないと」
「そう…ですか…」
「でも安心して?ずっと退院できないなんてことはないわ。ただまだあなた達の精神状態は不安定で、今社会に出たらまた心を壊してしまう。だから、もうちょっとだけ待ってね?」
僕は静かに頷いた。
そしてユイさんに聞いてみた。
「あの…シズカは…シズカはどこにいるんですか?」
ユイさんは先ほどまでの険しい表情から一転し笑顔で答えてくれた。
「シズカは、あなたと同様に”夢”から覚めてはいるけれど、今は私達の手伝いをしてくれているわ。もちろん響。あなたと同じ部屋に入院しているの」
見渡すと確かにベッドは2人分あった。
「じゃぁ、もしも、よくなったらシズカと共に退院できるんですね?」
「そうね。ただ、まだ2人ともさっきも言ったけど精神的に不安定な部分が多くあるから、すぐにと言うわけにはいかないの」
僕は複雑な表情をしながら、不安がっているとユイさんは続けた。
「安心して?私達がちゃんと支えるから。このまま退院しても私が生活の面倒は見るから。…そうね。取り合えず、今日はゆっくり休むといいわね。今の状態ではまだまだ不安定過ぎる要素もあるし、今日はゆっくり眠って過ごしてね?」
僕は静に頷いた。
「何かあったら、また私のことを呼んで?今日はゆっくり休んでね?」
僕は「分かった」とだけ答えて再びベッドに横になり、ユイさんも病室を出て行った。言われた通り…素直にとても言うべきか、ベッドに横になった。
何もない無機質な部屋にあったのは一台のラジカセとクラシックのCD達だ。
自然と、僕は落ち着きを取り戻す。
さて…これからどうしたものか…。




起きたら、そこは真っ暗な闇の中だった。
何も見えない。
いつも僕を呼んでくれる声も聞こえない。

ここはどこ?

だけどそこは見たことがないわけじゃない。恐らく、一度は来たことがある場所である。
分からないけれど、何故かどこか懐かしい感じがした。
そんな時、聞きなれない声が聞こえてきた。

…歌?

僕は、声がする方へ探り探り近付いて行った。
するとそこには光が挿していた。
僕は全く怖いとは思わなかった。むしろ、どこか懐かしく、安心する、暖かい感じがした。
光の方からはまだその歌声が聞えて来た。何となくだけど、向こうも僕の存在には気付いているようで、次第に歌声は優しくなっていった。
どんな歌なのかは聞き取れないけれど、それは確かに優しく、そしてどこか力強かった。
光に包まれているその場所へ向かうと、そこには一人の少年が座っていた。年齢は…僕と同じくらいだろうか?
すると、光の中にいる少年が笑顔で僕に話しかけてきた。
「やぁ。久し振り」
僕はその言葉の意味が分からなかったけれど、少年は全く汚れのない綺麗な瞳で僕にそう言った。別に怖くもない。不思議だけれど、その少年に対して優しく、懐かしい感覚さえも覚えたくらいだ。
「僕は君とは初対面だと思うんだけど」
「そうかな?もしかしたら君だけが忘れてしまっているんじゃないかい?」
僕は考えた。だけど、この少年とは初対面だ。だけれど、少年の言葉には嘘はないように感じられる。でも、僕はこの少年を知らない。
「どうしてそう思うのかな?申し訳ないだけど僕の記憶には君は存在しないんだ。でも君の言っていることが嘘だとは思えなくて…」
少年は無邪気な笑顔で答えた。
「そうかもね。もしかしたら、君の記憶には僕は存在しないのかもね。だけど、会うのはこれで初めてじゃないよ?あ、別に僕は君を騙そうとしているんじゃないよ?だけど、君にも分かるででしょ?この場所に来るのが初めてではないことが」
少年は屈託のない笑みでそう言った。不思議と、その少年の言葉を信じてもいいような気がした。
「どうして君はここにいるの?」
「君が僕の事を覚えていないのは悲しいけど、もう一度、君に会いたいと思ったんだ」
僕は少年の言葉の意味が全く分からなかった。すると、笑顔で僕にこう言った。
「大丈夫。僕は幽霊なんかじゃないよ?もしかしたら幽霊かも知れないけれど君を向こうへと誘うつもりもない。ただ…」
「…ただ?」
「もう君と会うことはないかも知れないけど、ただ、もし暇な時でいいんだ。僕がいなくなっても、時々僕の事を思い出して欲しくて、だから僕は今日君にお別れを告げにここに来て、そして君にもここに来てもらった」
僕は益々この少年が言っている言葉が分からなくなったけれど、不思議とその少年の言葉に「嘘」を感じることは出来なかった。

ここに来てもらった?

お別れ?

僕は考えたけれども、全く分からなかった。すると、少年はただ僕に優しく笑った。
「何も思い出せないかも知れない。今は。だけど時々僕の事を思い出して?それから…」
少年は少し言葉につまり、そして少年の顔から笑顔が消えた。だけど怖い顔じゃない。ただ力強く優しい。けれどどこか厳しい表情になった。
「…間違っても君の大事な人を泣かせるようなことはしないで?僕との約束じゃない。僕だけじゃない君の周りの人達、そして”彼女”…その人達の為に何があっても、生きて」
“彼女”?どう言うことだろう?でも、不思議と、その少年の言う”彼女”の表情は浮かんできた。
いつも優しく笑ってくれている”彼女”。それは間違いなく僕の中で大切な人だ。だけど、少年は何故”彼女”の事を知っているのか?
「いいかい?絶対に、”彼女”だけは君が守って?”彼女”は君の大事な存在で、そして」
少年はの言葉は一度途切れて、再び笑顔になり
「”彼女”は”全て”を知っていたんだ。だから、もし彼女から笑顔が消えたら再び君が”彼女”を笑顔にして。だから、絶対に生きて」
その時遠くから声が聞こえて来た。また、聞き覚えのある声。いつも聞いている声。
「お喋りが過ぎたね。君とは会えないかも知れない。だけど時々僕のことを思い出して?そして、この人達を…そして”彼女”のもとに戻ったら、絶対に悲しませないで。それは僕と、そして、”彼女”との約束だから」
そう言い終えると少年は上を見上げた。上からは少し、光が挿しているように感じた。
「ほら、君を呼んでる。みんなの所に戻って、そして、”彼女”がもしも”間違った行動”を取ってしまいそうになったら、この夢の…僕の話をして」
「…君の名前は?」
「僕は…」
聞き取れない声で少年は囁いた。すると、上から僕を呼ぶ声に引っ張られるかのように、僕の意識はなくなっていった。