第二章 | 蔵人的駄文小説劇場

蔵人的駄文小説劇場

The Beat NatureのMC担当・蔵人 THE S.T.R.F.S.が織り成す小説劇場。過度な期待はしないで下さい。

去年は更新が遅れてしまい申し訳ありません。今月は本日と最終月曜日の二回更新です。







ゆっくりと僕は横になっていると、フッと視線を感じた。
視線を送っていた相手はシズカだった。僕の病室の入り口に立っていた。
僕は体を起こした。
「姉さん?」
シズカはいつもの明るい表情をなくし僕にこう聞いてきた。
「響、あなたも夢から覚めたのね?」
僕は答えに困りながらいると、シズカは続けた。
「無理もないわね。今はまだ混乱しているでしょう?…隣に行っていい?」
僕はゆっくり頷いて、シズカは僕のベッドの隣に座った。
「さっきの、ユイさんとの会話、聞かせてもらったの。もっとも、私は最初から”夢”は見ていなくて、ただ心が壊れた状態で、ここに運ばれて来たのよ?だから、ごめんなさい…今の響の気持ちは正直分からないけど、今、あなたが不安に感じることは分かるわ。でも、父親からされてきた事を思い出すと頭が痛くなるでしょう?私は最初の内こそは心を壊してしまっていたけど、すぐに記憶は取り戻せたの。でも…」
シズカは言葉を一瞬詰まらせて、それでもなおも続ける。
「響はずっと父親から暴力を振るわれていて、私は…性的虐待も受けてたのよ。…笑えないでしょ?初めての相手が父親だなんて…。死にたくもなったし、どうしようもない絶望感に襲われたの。だけどね…」
シズカは少しだけ笑顔になって。
「毎回、それを止めに入ってくれたのは響…あなただったのよ?だから、今でもかけがいのない存在なの」
「姉さん…」
「だから、”夢”から覚めてくれたのは本当に嬉しいことなの。響も辛い目にあって心を壊してしまって、それで、今は”夢”から覚めて元気な姿に戻りつつある。それは、私にとってはとても喜ばしいことよ?もっともあなたは元々が優しい子だから、大人しい性格なんだけどね」
そう言ってシズカは少し笑った。
「褒められてるのか、そうじゃないのか分からないね」
僕も少し笑って答えた。
「でもね、響、あなたにはあなたにしか出来ないこともあるの。…それは少し酷な話しかもしれないけれど」
僕は一瞬意味が分からなくなった。
「どう言う…こと?」
シズカは笑顔を消してこう答えた。
「同じく、”夢”から覚めようとしている友達を再び”夢”の中に戻すこと。実は、いつもユイさんと私でやっているんだけど、私達よりもつらい状況で運ばれてきた彼らの心は私達以上に壊れてしまっているかも知れない。それで、少しだけ…少しだけでいいの。響、力を貸してくれない?」
僕は考えた。だけど、シズカの頼みだ。
「…分かった。僕は何をすればいいの?」
シズカは少し笑って。
「まずは、”学校”と言われてる場所でいつも通り友達と接してくれて、彼らが目覚めそうになったら止めて欲しいの。…お願いできる?」
僕は首だけで頷いた。それを見たシズカは安心したような表情でいる。
僕達は2人で色々なことを話し合った。これまでのこと、これからのこと、そして、”学校”と呼ばれている場所がどんな所なのかなど、数限りなく話をした。やはり、シズカといる時が一番落ち着く。何故なら、僕に残された”数少ない家族”だからだ。
シズカは暫くした後に自分のベッドに戻り、ベッドに腰をかけた。
「響…ごめんね…」
僕には謝られる理由が分からなかった。
「何で、謝るの?」
「私が”夢”の世界から脱していないから、こんなことにまで巻き込んで…」
僕は笑顔で答える。
「大丈夫。気にしてないよ?それに、いつかは一緒に退院も出来るだろうし、その時はユイさんの家に住むことになるかも知れないけれどそれでも2人でいることは出来るから、その時は今以上に笑顔でいよう?きっと笑える日が来るよ」
シズカは瞳を潤ませながら…
「響は…いつの間にか私なんかよりもよっぽど強くなったのね…。私は、素直に嬉しい」
「そんなことないよ。姉さんがずっと支えてくれたからさ」
シズカはフッと笑顔になり立ち上がり、僕の目の前に来て軽くデコピンをした。
「いつに間にか私よりも口が達者になったのね」
僕達は2人で笑いあった。
…この時間が、この瞬間がずっと続けばいいのに…。
そこにユイさんが食事を持って入ってきた。
「ご飯よ!今日は暑いこともあって素麺にしてみたの!…ってあなた達…何をしているの!?」
気付けば僕とシズカは手を繋いでいた。
「ち、違うんです!これは…」
ユイさんはため息をつき。
「姉弟なんだか…ちょっとは考えなさいよ?」
シズカは顔を赤くして照れて誤魔化すように。
「な、なんでもないの!ところで、響も私達に手伝ってくれるって!」
ユイさんは微笑んで答えた。
「そう…説明はシズカから受けてるわよね?大丈夫。汚いことじゃないから…」
「僕は、シズカやユイさんの力になれるなら…」
「響…優しいのね。その分だったら、明日は”学校”にも行けそうね」
「それから」とユイさんは続けた。
「絶対に間違った方向には進まないで。お願いだから…少なからず私やシズカは悲しむわ」
“間違った方向”という言葉はまさしく夢の中であの謎の少年から聞かされていた言葉であった。
まぁ、間違ってもその”間違った方向”へは向かうことはないと自分で自分を信じているので大丈夫だと思うけれども、もしもシズカが”間違った方向”へ行ったとしたら、それを救い出すのは僕の役目だ。
そうして、不思議な体験が始まろうとしていた。
いや、導かれたという方が当てはまっていると思う。