第一章 | 蔵人的駄文小説劇場

蔵人的駄文小説劇場

The Beat NatureのMC担当・蔵人 THE S.T.R.F.S.が織り成す小説劇場。過度な期待はしないで下さい。

…き
…びき
いつもの声が僕を呼んでいる。
「響!いつまで寝てるの!」
…ユイさんだ。僕の姉のような存在である、ユイさん。そして、僕はその声の主をハッキリと認識し、どうやら先程は夢で、そしていつもの朝が始まったようだと言うことが分かり体を起こそうとした時、僕は不思議な感覚を覚えた。
…ここは…どこだ?
少なからずいつもの部屋ではないことは確かだ。だけどユイさんはここにいる。それが余計に僕を混乱させて、少し悩んだ。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです。ただ…」
「ただ?」
僕は正直に答えることを選んだ。それは混乱させてしまうかも知れないけれど。
「…ここは、どこですか?」
ユイさんは一瞬意味が分からなかったようだけど、すぐに意味が分かったようで、引きつった笑顔で
「何言ってるの?自分の部屋じゃない?それよりも早く起きて!学校に遅れるわよ?」
「いえ、僕は、本当に分からないんです。昨日までの記憶がないわけじゃないですし記憶喪失なんかじゃないと思います。でも…この場所は分からないんです…すいません…」
僕は謝った。するとユイさんは引きつった笑顔を失い、僕の問いに答え始めた。
「…もしかして…”目が覚めた”の…?」
僕は全く何のことを言っているのか分からず「え…」と返すとユイさんはポツリ、ポツリと口を開く。
「…今のあなたに隠しても仕方がないわよね…実は、ここは精神病棟で、あなたはここに入院してきて、その間、ずっと…”夢”…とでも言うべきかしら?その中で生きて来たの」
益々僕は分からなくなり混乱していると、ユイさんは泣くのを堪えているのか、泣きそうな声で
「あなたの覚えている”現実”は、実は全てあなた”達”が見ていた夢…みたいなもので、私はここであなたのお姉さん代わり、そしてあなたの担当医。あなたは、あなたの母が亡くなりそれによって心を壊してしまったあなたの父から、ずっと暴力を…要するに虐待、を受けていて、毎日毎日殴られ続けて、それはエスカレートして行きついには”シズカ”と…」
僕は”シズカ”と言う名前を聞きすぐにあの屈託のない笑みを浮かべた”彼女”…僕の実の姉の事を思い出した。
「シズカと、あなたを殺そうとして、そこで運良く”近所の少年”から警察に通報が入って来て、それからすぐにあなた達を助けてくれた。…あなたの左腕を見て?」
僕はユイさんの言う通りパジャマ…にしてはブカブカな服の袖を捲り上げて、ソレを見た時僕は驚いた。
「なんだ…これ…?」
腕には火傷や何か刃物で切りつけたような傷、殴られたような痣があった。
ユイさんは声を震わせ、少し涙声になりながら続けた。
「あなた達は、毎日毎日ずっと父から暴力を受けていた。でも、様子がおかしい戸感じた”少年”が通報してくれてそこですぐに警察、そして私達が駆けつけた。もう、お父さんは…人間じゃなかった…」
僕は、段々記憶が蘇ってきそうになったがどこかでそれをブロックしている物があった。何故思い出せないのだろう?思い出そうとすると、頭に鈍い痛みが襲ってくる。頭だけじゃない。体全体にその鈍い痛み、そして異常なまでの熱ささらに鋭い痛みが走った。
僕はつい体を丸めた。
「…ごめんなさい。思い出すのは、辛いでしょう。そして…」
ユイさんの手は僕の左腕の上にあった。
「あなた達も心を壊してしまった…」
ユイさんは目を瞑り優しく続けた。
「あなた達は私達を見てこう言ったの。”お母さんは…どこ…?”って。それがその時に何のことかは分からなかったけど、部屋の中を見てすぐに理解したわ。お母さんが亡くなってしまっていること。それはすぐに遺影があったから分かった。だけど、あなた達は自分にされたことを理解していないのかそしてあなた達のお父さんのほうを見て”お父さん…どこに行くの…?いい子にしてたら、お母さんが帰ってくるって、お母さんはどこにいるの!?”って。その時にあなたのお父さんは初めてその時にやっとことの重さに気付いて最初は暴れたけど、すぐに大人しくなってただ涙を流しながら”ごめんな…ごめんな…”ただそう呟きながら、膝から崩れ落ちて数分後、私達はさらにあなた達の口から驚く言葉を聞いたわ。”お父さんは…どこ…?いい子にするから、お父さんも、お母さんも、早く帰ってきて!お父さんまで…どこに行っちゃったの!?”って」
思い出そうとする度に頭に鈍い痛みが走った。それでもユイさんは続ける。
「それから、この病院に来てもらって、入院することになったの。シズカも一緒にね。二人とも、心を壊して、最初は毎日のように悪夢にうなされていたのか、自然と、自殺未遂まで繰り返していたの。だから…ここに入院している人達はみんな共通点があって、それは一種の催眠術…とでも言うべきかしら?一度”夢”の中に入ってもらって、それで今、みんなは同じ”夢”を見ているわ。だけど、その”夢”から響…あなたは覚めてしまった…」
「何故、そんなことをする必要があったんですか?」
僕の素朴な疑問にユイさんは答える。
「そうしないと、またあなた達は死のうとしてしまう。でも、もう、その必要はないわね。”夢”から目覚めてそれでも冷静でいられるのだから…。もっとも、あなたは特に”夢”の中でも感情をあまり出そうとしなかったけれど…」
「退院…と言うことですか?」
「それがそうもいかないの。まだ、不安定な所は残っているからそれをクリアーしないと、退院は難しいわね。でも、退院できないわけじゃないわ。それに、退院するにはシズカも一緒じゃないと」
「そう…ですか…」
「でも安心して?ずっと退院できないなんてことはないわ。ただまだあなた達の精神状態は不安定で、今社会に出たらまた心を壊してしまう。だから、もうちょっとだけ待ってね?」
僕は静かに頷いた。
そしてユイさんに聞いてみた。
「あの…シズカは…シズカはどこにいるんですか?」
ユイさんは先ほどまでの険しい表情から一転し笑顔で答えてくれた。
「シズカは、あなたと同様に”夢”から覚めてはいるけれど、今は私達の手伝いをしてくれているわ。もちろん響。あなたと同じ部屋に入院しているの」
見渡すと確かにベッドは2人分あった。
「じゃぁ、もしも、よくなったらシズカと共に退院できるんですね?」
「そうね。ただ、まだ2人ともさっきも言ったけど精神的に不安定な部分が多くあるから、すぐにと言うわけにはいかないの」
僕は複雑な表情をしながら、不安がっているとユイさんは続けた。
「安心して?私達がちゃんと支えるから。このまま退院しても私が生活の面倒は見るから。…そうね。取り合えず、今日はゆっくり休むといいわね。今の状態ではまだまだ不安定過ぎる要素もあるし、今日はゆっくり眠って過ごしてね?」
僕は静に頷いた。
「何かあったら、また私のことを呼んで?今日はゆっくり休んでね?」
僕は「分かった」とだけ答えて再びベッドに横になり、ユイさんも病室を出て行った。言われた通り…素直にとても言うべきか、ベッドに横になった。
何もない無機質な部屋にあったのは一台のラジカセとクラシックのCD達だ。
自然と、僕は落ち着きを取り戻す。
さて…これからどうしたものか…。