梨さんのブログ -74ページ目

夜道

深夜の帰り道。


前方、街頭のない場所からフッと前から青白い光。

闇夜に照らし出される女の頭部…


と書くと、物騒な話だけれども、そのオチはなんてことない。

携帯電話を操作しながら歩く女性の姿でした。


その光を捕捉、さらに照射される頭部を視認、

不意に出現したその怪しげな物体に、驚くよりも早く


「あ、ケータイ操作する人がこっちに向かって歩いている」


と、無駄に動悸を高めることなく正しく認識できてよかった。


頭部であると視認したのと、

それが携帯電話を操作する人のものであると合点したのはきんさ。

人間の思考回路の速さって凄いと思う。


しかし私の場合、なんどきもこのレスポンスの良さが期待される訳でもなく

我ながら惜しまれてならない。



夏休み2

夏休みの課題について、続編。

問題の手芸である。


何が一番簡単で、私にできるのかを考えた末、クッションを作ることにした。

布の四方を直線縫いして、綿を詰めたら完成のお手軽さならきっと大丈夫。

当時は活気のあった商店街の布屋さんで、

楽しい生地選びに調子を良くした私は

ふちにステッチ代わりの赤いボンボンを縫い付けるオプションまで購入。

計画では楽勝と思っていたこのクッション作り。

しかし私の不器用さは、自分で認識しているよりもはるかに酷く、奮闘した。

母は洋裁の専門学校で技術を習得し

結婚するまで妹と洋裁屋さんを営んでいた経験があったので

頼りにし、色々教えてもらったりしていた。

が、私のあまりの要領の悪さに痺れをきらし

途中から仕上げのボンボン縫い付けまでひとりで仕上げてしまった。

O型の母は自分の得意分野では完璧を辞さないらしい。


中綿とカバーは別々で、ファスナーもミシン縫い。

確か当時5・6年生だったかと。

ミシンは確かに学校で足踏みミシンを覚えた。

しかし、自宅の母の嫁入り道具は、ジャガーのプロ仕様工業用ミシン。

こんな立派なできばえ、ぜっっったい、ばれるって。

私がつくってないこと。

手伝いならまだしも、アレは完璧すぎる。


さすがに初めは抵抗しましたが、しょうがないので提出しましたとも。

しばらく教室にみんなの作品が展示されてましたが

その頃の私は小さいこと(?)には気にしない性質だったので

母の作ったそのクッションを誇らしくさえ思っていたような気もする。

恥ずかしい子どもだ。

先生の評価の程は、覚えていない。

やはり、さして気にしてなかったのだと思われる。

先生さぞお困りになった…というより、むしろ苦笑されたことでしょう。

しかしそのクッションは長く家族に愛されました

(母はちゃっかり2組作っていた)。


親ばかというより、母の場合は、当時祖父たちの介護で忙しかったので

悠長に私のヘタレ具合に付き合っていられなかったのだと思われる。


ちなみに、母はひと夏に一着程、ワンピースのデザインや生地選びまで

私にさせてくれ、オートクチュールな一品を作ってくれた。


嬉しかったけど、5・6年生ともなると、なんだかそれが恥ずかしく

学校で皆が着ている既製品をうらやましく思ったりもした。

お年頃とはいえ、母に対し今更ながら申し訳なく思います。


まあ、私はそんな感じでしたが、

がんばれ、子どもたち。

夏休みはまだまだひと月も残っている。

夏休み

学生さんたちは夏休みの真っ最中。

最近の子どもたちの宿題はどんな感じなのかしらん。


私の当時の定番は


1:夏休みの友

2:絵日記

3:工作(アイディア貯金箱は別だったりする)

4:自由研究


なんか少ない気がするが、こんな感じだったと思われる。

学年や担任によって異なり、時には書道や手芸などもあった。

私はこの手芸が恐ろしく苦手で…。


毎朝6:30のラジオ体操。

地域のイベントへの参画。

家の手伝い。


あとは遊んで食べて寝て遊んで遊んで食べて寝て…

ひと月の夏休みが、とてつもなく長く感じられた。


宿題は無理のない程度に前倒しで終わらせ

なるべくは後半、何にも束縛されたくなかった。


なので夏休みの友は一日1ページの課題だったが

2・3ページまとめてやったり。


自由研究、雲の観察とか、物の燃え方なんてことしたのは覚えている。

自宅の階段踊り場で

毛糸やビニールなどの各種素材に火をつけて、燃焼具合を観察した。

今考えるとちょっと軽率な行為のような気がする。

火事にならずに良かった。


友だちと野外基地を作ったのもそんな、

暇をもてあましていた夏休みだったかもしれない。


庭のホルトの木には、ニイニイゼミやアブラゼミ、クマゼミなどが

ところ狭しと並び、それをわしづかみにして(セミ取り網はないことが多かった)

鶏小屋に放ち、鶏がセミをつついて食べる様を面白がって見ていた。


ああ、夏休み、永遠だと思われていたあの時間は一体…。