夏休み2
夏休みの課題について、続編。
問題の手芸である。
何が一番簡単で、私にできるのかを考えた末、クッションを作ることにした。
布の四方を直線縫いして、綿を詰めたら完成のお手軽さならきっと大丈夫。
当時は活気のあった商店街の布屋さんで、
楽しい生地選びに調子を良くした私は
ふちにステッチ代わりの赤いボンボンを縫い付けるオプションまで購入。
計画では楽勝と思っていたこのクッション作り。
しかし私の不器用さは、自分で認識しているよりもはるかに酷く、奮闘した。
母は洋裁の専門学校で技術を習得し
結婚するまで妹と洋裁屋さんを営んでいた経験があったので
頼りにし、色々教えてもらったりしていた。
が、私のあまりの要領の悪さに痺れをきらし
途中から仕上げのボンボン縫い付けまでひとりで仕上げてしまった。
O型の母は自分の得意分野では完璧を辞さないらしい。
中綿とカバーは別々で、ファスナーもミシン縫い。
確か当時5・6年生だったかと。
ミシンは確かに学校で足踏みミシンを覚えた。
しかし、自宅の母の嫁入り道具は、ジャガーのプロ仕様工業用ミシン。
こんな立派なできばえ、ぜっっったい、ばれるって。
私がつくってないこと。
手伝いならまだしも、アレは完璧すぎる。
さすがに初めは抵抗しましたが、しょうがないので提出しましたとも。
しばらく教室にみんなの作品が展示されてましたが
その頃の私は小さいこと(?)には気にしない性質だったので
母の作ったそのクッションを誇らしくさえ思っていたような気もする。
恥ずかしい子どもだ。
先生の評価の程は、覚えていない。
やはり、さして気にしてなかったのだと思われる。
先生さぞお困りになった…というより、むしろ苦笑されたことでしょう。
しかしそのクッションは長く家族に愛されました
(母はちゃっかり2組作っていた)。
親ばかというより、母の場合は、当時祖父たちの介護で忙しかったので
悠長に私のヘタレ具合に付き合っていられなかったのだと思われる。
ちなみに、母はひと夏に一着程、ワンピースのデザインや生地選びまで
私にさせてくれ、オートクチュールな一品を作ってくれた。
嬉しかったけど、5・6年生ともなると、なんだかそれが恥ずかしく
学校で皆が着ている既製品をうらやましく思ったりもした。
お年頃とはいえ、母に対し今更ながら申し訳なく思います。
まあ、私はそんな感じでしたが、
がんばれ、子どもたち。
夏休みはまだまだひと月も残っている。